【完結】さよならのかわりに

たろ

文字の大きさ
上 下
36 / 93

36話  もうお会いすることはございませんわ。

しおりを挟む
「殿下、わたくしは今動けないのでこれ以上お話しは出来かねますわ」

 そろそろ限界……普通に話してはいても意識が飛びそうな程キツい。

 平然としているのももう無理みたい。

 そう思っていた時、殿下の回収にやってきた2人の影。

「出てくるのが遅かったのでは?」

 以前わたくしについていた二人が、わたくしの顔を見て軽く頭を下げた。そして二人が殿下の脇にそれぞれ手を回しがっしりと捕まえて引きずるように連れて行こうとした。

「お前達!不敬だぞ!手を離せ!触るな!退け!何をする、おいやめろ!」

「殿下、うるさいですわ。あなたは静かに連行されればよろしいのです」

「ふざけるな!ブロア、お前が素直についてくればいいんだ!」

 影にがっつり捕まえられているのにまだ元気がおありみたい。なかなかのしぶとさね。

「わたくしは婚約破棄された身分ですわ。もう王家と関わり合うことは許されておりませんの。婚約破棄した時に書いた書類を殿下は読まれていないのですか?」

「書類?なんだそれは?」

「ブロア・シャトワとは婚約を破棄したことにより王家と関わることを禁ずる、という文言を見落とされていたのでしょうか?
 これは陛下が取り決めたことですわ。悪女として名高いわたくしの所為で王家が醜聞にならないようにと接近禁止を命じたのですわ。
 わたくしを断つために王家に関わらないようにと陛下が態々文面に取り入れられたのだと思いますわ」

「だからブロアはあまり僕の前に現れなかったのか?」

「わたくしはあなたと婚約破棄致しましたのでもう王城へ行く予定はありませんし……それに別に必要もないのに何故あなたにお会いしないといけないのでしょう?ふふっ、あり得ませんわ。
 これ以上無意味な会話をしても仕方がないので……お二人とも殿下をさっさと連れて行ってくださいな」

 殿下は大騒ぎしながらもなんとか出て行った。

「ふっー……とても疲れたわ」

 目を閉じてしばらくじっとしていたらヨゼフが恐る恐る部屋に入ってきた。

「お嬢様、お助けできなくて申し訳ありませんでした。外で待っていろと言われて何も出来なくて……」
 ヨゼフが項垂れたまま頭を上げない。

 ヨゼフはただの庭師。それも平民。そんな彼に王太子殿下の言葉に逆らうことなど出来るわけがない。

「ヨゼフに何事もなくてよかったわ。巻き込んでしまってごめんなさいね」

「とんでもないです。お嬢様は何も悪くありません。連れていかれずに済んでよかったです」

「ありがとうヨゼフ……ごめんなさい。わたくし暫く横になりたいの。先生にもそう伝えておいてもらえるかしら?」

「わかりました。何か御用がある時はいつでもお声をかけてください」

 ーー殿下に逆らってヨゼフが部屋に入ってこなくてよかった。

 もし彼が入ってくれば殿下は不敬だと言って彼を切り捨てていたかもしれない。もしわたくしがヨゼフの命を乞えば、わたくしはやはりまたあの王宮で囚われたまま働き続けていたかもしれない。

 この体では役には立たないのだけど、彼の自尊心は満足できたかもしれないわね。

 殿下は多分ヨゼフが飛び込んで何かしら言うであろうと思い、扉の前に立たせて待たせていたのだろう。わたくしの弱みに漬け込みたくて。
 殿下はそんな人だ。いつも人の弱いところを突いて人を責めたり小馬鹿にしたりする。

 
 ふと考えてしまう。
「陛下は……殿下をどうするのかしら?」

 この後の殿下の処遇の結果がわかる頃にはもうこの世にはいないかもしれないわね。

 陛下はわたくしがもうこれ以上殿下と関わらなくてもいいようにと婚約破棄の時に幾つかの取り決めをしてくれた。どうみても殿下有利にしか見えない婚約破棄だったけど、本当はわたくしにとっては有利なものだった。

 そして殿下にとってはこの数年は、ある意味テスト期間だったのだと思う。

 そして……陛下はどう判断を下されるか……

 ーー疲れたわ。とりあえず傷が癒えるまでわたくしは自由に動けない。
 もう誰もわたくしに会いに訪れはしないだろうけど、警戒しておくことも必要かもしれない。

 そう思いながら意識を手放した。









「ブロア様……」

 ヨゼフが心配で何度もブロアの様子を見るため病室に顔を出していると先生が病室に戻ってきた。

「先生、ブロア様の容態は……もう無理して移動はやめた方がいいのでは?」

「ヨゼフもわかっているだろうがブロア様は気力だけで生きながらえているんだ。せめて最後は海を見せてやりたい。そのためにわたしはついて来たんだ。ヨゼフもわたしもブロア様が生まれた時からずっと成長を見守ってきたんだ。最後まで見届けてやろう」

「………なんで…ジェリーヌ様がお亡くなりになって次はブロア様まで……先生、治せないのですか?先生はずっと治療薬を探されていたでしょう?わたしがあの公爵家でいろんな薬草を栽培していたのもあなたの指示なんでしょう?」

「ブロア様の症状は思った以上に進行が早い。わたしが見つけた治療薬では治せない。進行を遅らせるのが精一杯なのに、酷い怪我を負った。そのため体力が弱り病気が進行し始めているんだ」

「神は何故あんなお優しいお方に辛い人生ばかりをお与えになるのか」

 ヨゼフは大粒の涙を流した。




しおりを挟む
感想 593

あなたにおすすめの小説

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。

ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。 事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31

夫は運命の相手ではありませんでした…もう関わりたくないので、私は喜んで離縁します─。

coco
恋愛
夫は、私の運命の相手ではなかった。 彼の本当の相手は…別に居るのだ。 もう夫に関わりたくないので、私は喜んで離縁します─。

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。 婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。 美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。 そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……? ――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

処理中です...