【完結】さよならのかわりに

たろ

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8話  元婚約者との再会

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 リリアンナ様の突撃から数日。

 家令にお父様に連絡を取りたいと伝えたのに梨の礫。

 わたくしが馬鹿にされるのはいい。もうすぐこの国を去るのだから。だけどあんな人がセフィルの愛する人だったなんて……幸せになって欲しい。そう思っているのに……

 本気で愛した人だから。

 セフィルとの出会いは偶然。彼は覚えていないかもしれない。

 2年前のことだった。

 殿下に婚約破棄されて居場所がなく社交界にも出ることが出来なくなって……それでもどうしても断れないお茶会に出席しないといけない時、わたくしはいつも王城の庭園へと一人で向かう。

 わたくしと一緒に出席するパートナーなどいない。どうせ一人なら顔だけ出せば後は時間を潰して早めに屋敷へ帰る。

 そのつもりで庭園を歩いていた。

 そんな時心無い男性がわたくしの腕を掴んだ。

「へぇ、殿下に婚約破棄され惨めに一人でこんなところを歩いているんですね」
 ニヤニヤ笑う男は、伯爵家の次男であまり評判が良くない人だった。近づいてくるとかなりのお酒の匂いがした。

 酔っ払ってわたくしに絡んできたのだ。

「おやめください」
 わたくしが手を振り払おうとするとさらに力をこめて握って離さない。

 ーー嫌だ!気持ち悪い。

 だけど男の人の力はとても強くて振り払えない。さらに酔っているのでわたくしに手を出すことが後で問題になるとは考えてもいない。

「殿下に捨てられた気の毒な令嬢を、今夜一晩可愛がってやるんだ。ありがたく思え」

 そう言ってわたくしの腕を掴み引き摺って王宮内の控え室へと連れて行こうとする。

 その場所は、連れ込み部屋と言われ、一晩だけの遊びをしたい未亡人や独身男性達の遊びの部屋。

 そんなところへ行きたくない。必死で抵抗するも女の力では無理だった。周りの男性達はニヤニヤと笑い見守るだけで、助けてはくれない。
 みんな酔っていたし、そこは淫らな場所。

 このままでは中に連れ込まれる。
 そう思った時、「おやめください、嫌がっているでしょう」と男性の手からわたくしを引き離してくれたのがセフィルだった。

 彼は騎士として夜会の護衛に当たっていた。仕事だから助けてくれたのかもしれない。

 それでも自分より地位のある令息に対して注意をすることを危ぶまれる騎士は多い。見て見ぬ振りをする。

 だけどセフィルは地位は同じでも自分よりも目上の人に対して堂々とした態度でわたくしを助けてくれた。

 彼にとっては仕事で当たり前のことかもしれない。わたくしにとっては……感謝しても足りないくらい嬉しかった。

 人の好奇な目に晒されながら一年以上過ごしてきたわたくしには彼の行動は心打たれた。

「助けてくださってありがとうございます」

 引き摺られ髪の毛が乱れ、疲れ切ったわたくしを見て「失礼致します」そう言ってエスコートして女性用の控え室へと案内してくれた。

 すぐにメイドが来て髪の毛を整えてくれた。終わって部屋の外へ出るとセフィルは待っていてくれて「馬車まで送らせていただきます」と言ってくれた。

 それは彼にとっては些細なことかもしれない。だけどわたくしの心には彼の心遣い、優しさがとても嬉しくて、忘れられない日になった。

 それからは何度か王宮で行われる夜会にだけは出席するようになった。ひと目彼の姿を見たくて……これがわたくしの遅い初恋だった。

 殿下との婚約は幼い頃、公爵令嬢であるわたくしと第一王子である殿下の政略的な婚約で結ばれたものでそこに愛などなかった。

 王太子妃になるための教育は8歳になると始まった。お母様を亡くし一人屋敷で暮らすわたくしにとって王太子妃教育はたくさんの人達と接することができる唯一の日々だった。

 学園に通うことは許されず、ひたすら王城へと通う日々。振り返ればわたくしの人生の半分は王宮で過ごした日々だとも言える。

 お父様に会いに来たこの王城の中を歩きながら、セフィルに会った初めての日のことや殿下とそれなりに会話をした日々、毎日通った幼い頃からの思い出を思いだしながら道を歩く。

 道のすぐ横には庭園へ続く道がある。ふと立ち止まり庭園へと目を向けた。

 初めてセフィルと出会った場所。もちろんそんな風に覚えているのはわたくしだけだけど。

 しばらく立ったままで、「あっ」と我に返りお父様のところへ向かおうとした時、「ブロア?」とわたくしの名を呼ぶ声が聞こえた。

「殿下………」

 一瞬声が出なくて固まってしまった。だけど気を取り直してスカートを持ち深々と頭を下げた。

「王太子殿下にご挨拶申し上げます」

「ブロア、そんな堅苦しい挨拶はやめてくれ」
 殿下は苦笑いをした。



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