【完結】さよならのかわりに

たろ

文字の大きさ
上 下
3 / 93

3話  あなたには幸せになって欲しいの。

しおりを挟む
「セフィル、おろして。わたくしの体に触れないで。サイロを呼んできてちょうだい」

「何故ですか?俺がそばに居て看病します」

「結構よ。婚約解消しようとしているのにどうして?優しくしないで」
 わたくしは大きな声で「サイロ!」と叫んだ。

 少し離れたところで護衛をしているサイロ。彼はどうしたものかと距離を置いて見守っていた。

 どうみてもわたくし達が仲睦まじくしているようには見えないだろうに、婚約者であるセフィルを立てて見守ってくれていたようだ。

 ーーこんな時だけ変に真面目なんだから。

「お嬢様、どうぞこちらへ」

 そう言ってサイロが生真面目な顔をして両手をわたくしに差し出して来た。
 ーーー絶対これセフィルを煽ってる。
 サイロはわたくしの護衛騎士として長年そばに居てくれる兄のような人。

 そしてわたくしの恋心を知っている。だからなのかわからないけど、いつもセフィルに対して揶揄うことばかりしている。

 わたくしは幼子のようにサイロに両手を伸ばした。セフィルは「なんで……」と悔しそうに呟いた。だけどわたくしを抱き抱えていた力が抜け、サイロにわたくしの体を委ねた。

 サイロはわたくしをお姫様抱っこすると「お嬢様、帰ります?」と態と耳元で聞いてきた。
「ええ、お願い」そう言ってサイロの首に手を回しサイロに体を預けた。

 セフィルに振り返ることなく彼の前を去っていく。

 ーーこれでいい。
 セフィルにサイロとの仲を勘違いされてもいい。わたくしが気まぐれで婚約解消したがっていると思われるのが一番だもの。
 でもまさかあんなに抵抗するとは思わなかった。喜んで解消すると思った。

 公爵家の騎士団長より王立騎士団で出世する方が身分も地位も安定すると思うのだけど。
 我が家の公爵の地位はお兄様が継ぐことになるだろうし、わたくしの婿になったら公爵家が持つ余っている爵位をもらうことになるだけ。いいように利用されるのは目に見えているわ。

 それなら愛するリリアンナ様と結婚出来る方を選べばいいのに……わたくしに情でも湧いたのかしら?お情けで結婚なんて惨めでしかないのに……

 サイロが馬車に乗せてくれた。

「お嬢様、顔色がかなり悪いです。屋敷についたらすぐに医者を呼びましょう」

 そう言って先に馬を走らせて去って行った。

 侍女のウエラが少しでも移動中、楽になるようにとクッションを引き詰めてくれたおかげで、屋敷までなんとかだるくてきつい体を誤魔化してやり過ごすことができた。

 だけど自力で馬車から降りることが出来ず、先に帰り待ち構えていたサイロが抱き抱えて部屋まで連れて行ってくれた。

 すぐにお医者様が来た。

「みんな部屋から出て行って」

 わたくしの一言でウエラもサイロも部屋を出て行った。

 お医者様が溜息を吐いた。
「無理をしましたね?あなたの体は無理ができない。本当は動き回るのもキツイはずです」

「わたくしの病はとても珍しいもの。少しずつ体が弱っていき最後は静かに眠りにつく……お母様と同じ病気……黙っていれば他人には気づかれないわ。だから先生、静かに見守って欲しいの」

「あなたのお母様も同じことを言ってお亡くなりになりました。誰にも知られず最後まで普通に過ごされて……わたしの力では助けることが出来ない。だが今もなんとか助からないかと治療法を探しています。最後まで諦めないでください」

「ありがとう、だけどいいの。わたくし、生きていても誰にも必要とされていないのよ?」

 先生が眉根を寄せて悲しそうな顔をした。

「先生、そんな顔をしないでください。わたくしは殿下に婚約破棄をされた女よ。そして今また愛する人がいるのに無理やりわたくしと婚約させられたセフィルを、飽きたと言って捨てようとしているの。わたくしが死んでも悲しんでくれる人はいないわ」

 ーー別に卑屈になってなんかいないの。

 華やかな容姿は冷たい人として見られ、公爵令嬢として自らを律して生きて来たわたくしには友人という者がいない。そして、心許せる人もいない。わたくしを心配してくれる人もいない。

 そうただそれだけ。

 だから心残りはない。あるとすれば……セフィルには幸せになって欲しい。それだけなの……








しおりを挟む
感想 593

あなたにおすすめの小説

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。

ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。 事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。 婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。 美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。 そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……? ――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

処理中です...