9 / 31
9話
しおりを挟む
「俺は……シェリーナにそんな酷いことをしたいなんて思っていない」
体が震えた。
それは怒り、そして悔しさから。
どうして?マーラまで?
アルトが気が付かなかったのは、マーラのせいなのか?
マーラは俺にとっては母親のような人。忙しい母様の代わりにそばにいてくれて気遣ってくれる。
病気をすればずっと看てくれるし、落ち込んでいれば優しく声をかけてくれる。
大好きなマーラ。
マーラがシェリーナの食事の用意をさせなかった?
「……お前は、シェリーナに全く食事の用意をしなかったのか?」
右手を握りしめてギュッと拳をつくった。その手に力を入れることでなんとか暴れ出したくなるのを我慢して耐えた。
「ケイン様に用意するなと言われましたので仕方なく隠れて用意していました」
「えっ?……でもシェリーナは……」
シェリーナが小さな声で俺に。
「アリナとミーネがいない時に……こっそりあの人達が食べるものをくれたの」
シェリーナが指さしたのは料理長と近くにいた料理人達だった。
よく話聞けば、あの二人がマーラに言われシェリーナに酷いことをしていた。
他の使用人達は知ってはいてもマーラが怖くて何も言えなかった。マーラは侍女長であり俺にとって母親的な大切な人だから、彼女の屋敷内での権限は絶対的で逆らうことは誰もできなかった。
それに鬱憤や不満の吐口として貴族令嬢であるシェリーナを使用人如きが酷いことをしても罰せられないと分かり、皆愉しんでいたらしい。
それがおかしいと思わない集団心理が働いていたのは、俺がシェリーナを嫌い疎み、俺を大切にするマーラが過剰に反応して、みんなを煽っていたからだろう。
ケイン様のため。
ケイン様が許可したから。
侍女長のマーラからの命令である。
そう自分たちは何も悪いことはしていない。
マーラは地下牢に入れられた。もちろんシェリーナに対して陰湿なことをしていた他の使用人達も共に。
両親が領地から帰ってくることになった。それまでに調べ上げた内容を俺は事細かく書いた書類を読んだ。
シェリーナに鞭を打っていたのはマーラとアリナとミーネ。
それ以外にもシェリーナの顔を見るたびに罵倒していたメイド達もいた。わざと転ばしたり汚れた服を着せて楽しむ者も。
逆にあまりにもシェリーナに酷いことをすると心配して隠れてシェリーナを庇って食事を持って行ったり、傷の手当てをする使用人達もいたらしい。ただ、表だってシェリーナを助けるとマーラが目を光らせているのでこっそりとしていたらしい。
じゃあ何故その者達はアルトに訴えなかったのか?
それは俺がシェリーナを嫌っていたから。
アルトは俺の忠実な執事としてそばにいてくれた。
アルトもシェリーナへの対しての態度を知っていて受け入れていると思っていたらしい。
報告書が毎日書かれていたことは他の使用人達は知らなかった。
そしてその内容が嘘だらけだったなど知らないアルトは「みんなよくやってくれている」と発言していたらしい。
そう、………「よくやっている」と。だからみんなシェリーナへの態度を容認していると思っていた。
だからシェリーナのことを心配してもこの屋敷で彼女を助け出せる人はいないとみんな思っていた。
庇う使用人達は当主である両親が領地から帰ってきてくだされば……それまで何とかシェリーナを陰で助けようと思っていたらしい。
俺は……何も知らずに、両親の代わりにここで、当主代理として踏ん反り返っていたんだ。
俺なりにこの屋敷を支えているなんて思っていた。
シェリーナがビクビクする姿に苛立ち、少し意地悪をして胸がスッとする。
そんな生活を楽しんでいた。
まさか本当に使用人達から虐待されているなんて知らずに。
「ケイン!」
父様が帰ってきてまず俺の顔を見て「執務室に来なさい」と静かに言われた。
その時は怒られなかった。
「失礼します」
部屋に入ると目に入ったのは……父様の前にアルトが……床に跪いていた。
「ケイン、お前はアルトの横に立ちなさい」
アルトは床に頭を擦り付けたまま動かない。
俺はそんなアルトの横にビクビクしながら立った。
「報告書は全て読んだ。わたしはシェリーナを大切な娘と思い迎えた。養女にしなかったのは妻がシェリーナにいずれボルト伯爵の地位を返し継いでもらいたいと願っているからだ。それまで私達が後継人となりボルト伯爵の財産管理を請け負っているんだ。あの子は大切にされるべき存在であって虐げていい存在ではない。
たくさんの愛情を受けて幸せになる権利があったのに、二人の不幸な事故のせいでシェリーナは傷つき辛い思いをしてきた」
隣に静かに立っていた母様が俺を見て残念そうに言った。その声は震えていた。
「シェリーナは引き取られた叔父の家で虐待まがいの日々の中暮らしていたわ。その報告を受け証拠を集めてなんとか助け出したの。そしてこの屋敷で幸せに暮らせるように引き取ったつもりだったの」
「シェリーナは虐待されてうまく話したり感情を言葉にするのができなくなっていた。だからケイン、お前に言ったはずだ。シェリーナに声をかけてやってくれ、妹だと思って優しく接してあげてほしいと」
「まさかケインがシェリーナを嫌っていたなんて」
二人は淡々と俺に告げた。
その言葉は叱られるより俺の心を抉った。
だって、知らなかったんだ。シェリーナが前の屋敷でも虐待されていたなんて。
優しくしろって言われたけど、シェリーナはまともに話さないし俺の顔を見るとビクビクするし。
体が震えた。
それは怒り、そして悔しさから。
どうして?マーラまで?
アルトが気が付かなかったのは、マーラのせいなのか?
マーラは俺にとっては母親のような人。忙しい母様の代わりにそばにいてくれて気遣ってくれる。
病気をすればずっと看てくれるし、落ち込んでいれば優しく声をかけてくれる。
大好きなマーラ。
マーラがシェリーナの食事の用意をさせなかった?
「……お前は、シェリーナに全く食事の用意をしなかったのか?」
右手を握りしめてギュッと拳をつくった。その手に力を入れることでなんとか暴れ出したくなるのを我慢して耐えた。
「ケイン様に用意するなと言われましたので仕方なく隠れて用意していました」
「えっ?……でもシェリーナは……」
シェリーナが小さな声で俺に。
「アリナとミーネがいない時に……こっそりあの人達が食べるものをくれたの」
シェリーナが指さしたのは料理長と近くにいた料理人達だった。
よく話聞けば、あの二人がマーラに言われシェリーナに酷いことをしていた。
他の使用人達は知ってはいてもマーラが怖くて何も言えなかった。マーラは侍女長であり俺にとって母親的な大切な人だから、彼女の屋敷内での権限は絶対的で逆らうことは誰もできなかった。
それに鬱憤や不満の吐口として貴族令嬢であるシェリーナを使用人如きが酷いことをしても罰せられないと分かり、皆愉しんでいたらしい。
それがおかしいと思わない集団心理が働いていたのは、俺がシェリーナを嫌い疎み、俺を大切にするマーラが過剰に反応して、みんなを煽っていたからだろう。
ケイン様のため。
ケイン様が許可したから。
侍女長のマーラからの命令である。
そう自分たちは何も悪いことはしていない。
マーラは地下牢に入れられた。もちろんシェリーナに対して陰湿なことをしていた他の使用人達も共に。
両親が領地から帰ってくることになった。それまでに調べ上げた内容を俺は事細かく書いた書類を読んだ。
シェリーナに鞭を打っていたのはマーラとアリナとミーネ。
それ以外にもシェリーナの顔を見るたびに罵倒していたメイド達もいた。わざと転ばしたり汚れた服を着せて楽しむ者も。
逆にあまりにもシェリーナに酷いことをすると心配して隠れてシェリーナを庇って食事を持って行ったり、傷の手当てをする使用人達もいたらしい。ただ、表だってシェリーナを助けるとマーラが目を光らせているのでこっそりとしていたらしい。
じゃあ何故その者達はアルトに訴えなかったのか?
それは俺がシェリーナを嫌っていたから。
アルトは俺の忠実な執事としてそばにいてくれた。
アルトもシェリーナへの対しての態度を知っていて受け入れていると思っていたらしい。
報告書が毎日書かれていたことは他の使用人達は知らなかった。
そしてその内容が嘘だらけだったなど知らないアルトは「みんなよくやってくれている」と発言していたらしい。
そう、………「よくやっている」と。だからみんなシェリーナへの態度を容認していると思っていた。
だからシェリーナのことを心配してもこの屋敷で彼女を助け出せる人はいないとみんな思っていた。
庇う使用人達は当主である両親が領地から帰ってきてくだされば……それまで何とかシェリーナを陰で助けようと思っていたらしい。
俺は……何も知らずに、両親の代わりにここで、当主代理として踏ん反り返っていたんだ。
俺なりにこの屋敷を支えているなんて思っていた。
シェリーナがビクビクする姿に苛立ち、少し意地悪をして胸がスッとする。
そんな生活を楽しんでいた。
まさか本当に使用人達から虐待されているなんて知らずに。
「ケイン!」
父様が帰ってきてまず俺の顔を見て「執務室に来なさい」と静かに言われた。
その時は怒られなかった。
「失礼します」
部屋に入ると目に入ったのは……父様の前にアルトが……床に跪いていた。
「ケイン、お前はアルトの横に立ちなさい」
アルトは床に頭を擦り付けたまま動かない。
俺はそんなアルトの横にビクビクしながら立った。
「報告書は全て読んだ。わたしはシェリーナを大切な娘と思い迎えた。養女にしなかったのは妻がシェリーナにいずれボルト伯爵の地位を返し継いでもらいたいと願っているからだ。それまで私達が後継人となりボルト伯爵の財産管理を請け負っているんだ。あの子は大切にされるべき存在であって虐げていい存在ではない。
たくさんの愛情を受けて幸せになる権利があったのに、二人の不幸な事故のせいでシェリーナは傷つき辛い思いをしてきた」
隣に静かに立っていた母様が俺を見て残念そうに言った。その声は震えていた。
「シェリーナは引き取られた叔父の家で虐待まがいの日々の中暮らしていたわ。その報告を受け証拠を集めてなんとか助け出したの。そしてこの屋敷で幸せに暮らせるように引き取ったつもりだったの」
「シェリーナは虐待されてうまく話したり感情を言葉にするのができなくなっていた。だからケイン、お前に言ったはずだ。シェリーナに声をかけてやってくれ、妹だと思って優しく接してあげてほしいと」
「まさかケインがシェリーナを嫌っていたなんて」
二人は淡々と俺に告げた。
その言葉は叱られるより俺の心を抉った。
だって、知らなかったんだ。シェリーナが前の屋敷でも虐待されていたなんて。
優しくしろって言われたけど、シェリーナはまともに話さないし俺の顔を見るとビクビクするし。
755
お気に入りに追加
1,138
あなたにおすすめの小説

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。
鍋
恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。
キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。
けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。
セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。
キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。
『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』
キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。
そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。
※ゆるふわ設定
※ご都合主義
※一話の長さがバラバラになりがち。
※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。
※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?
ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」
その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。
「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】
佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。
異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。
幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。
その事実を1番隣でいつも見ていた。
一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。
25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。
これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。
何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは…
完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。

愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!
風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。
結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。
レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。
こんな人のどこが良かったのかしら???
家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる