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14話

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結局わたしの記憶は戻ることはなかった。

忘れたくなかったはずの記憶。

思い出したい。

マリーナに聞くべき?ティム?お母様?お兄様?

みんな少し困った顔をする。

だから誰に聞けばいいのかわからなかった。

明日には領地に帰る。
お兄様とお父様、お母様とわたしの四人で最後の食事を摂ることになった。

ティム達は少し前にもう帰ってしまった。

本当はみんなで帰る予定だったけどお母様の体調が悪くなり二人だけ予定を伸ばしていたのだ。

お父様はお母様がいる時は、いつもは不機嫌そうにしているのに少し柔らかい顔つきになる。
おかげで食事の間も緊張しなくて済む。
お兄様は来年には結婚式をすることになっている。

お母様はなんとか体調を整えて結婚式に参加したいと言っていた。
そしてわたしの婚約についても話が出た。

「ジェシカは好きな人と結婚してほしいわ」
お母様はもう無理強いはしないと言ってくれた。

お兄様も「ジェシカ、今は好きな人はいないのか?」
と聞かれたが、ふと頭に浮んだ人はいたが
「いません」と答えた。
だって好きって言うかただ気になっただけの人なのだから。

お父様は二人の話をただ黙って聞いていた。

そして食事が終わり、わたしは久しぶりに夜の庭園を散歩していた。

ガサッ。

音がなった方を振り向くとそこにはお父様が立っていた。

「お父様?」

何か言いたそうにしていたお父様がわたしを見てため息を吐いた。

「ハー…………」

ーーため息を吐きたいのはわたしの方なのに……

そう思いながら「どうなさいました?」と仕方なく聞いてみた。

「ジェシカに話がある」
ぶっきらぼうな言葉にビクッとした。

「話し?」
「ああ」

わたしはそばに使えていた侍女と護衛騎士達を下がらせた。
お父様も人払いをした。

わたしとお父様は近くのベンチに座った。


「………………」

「………………」

お互い何も話さずに黙っていた。
わたしは自分の手を意味もなく触ったりスカートを握ったりして落ち着かない気持ちをなんとかしようとしてやり過ごしていた。

「…………お前が記憶をなくしたのは全てわたしの責任だ」

「…えっ?」
まさかお父様からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。
どう言うことなのだろう。

「妻が体調を崩して領地で静養をすることになった時、お前も本当は一緒に連れて行く予定だった。
 だが仕事が忙しいわたしは屋敷にいてやれない、そうするとジャックスが一人になってしまう。だから幼いお前も屋敷に残すことにしたんだ。
でもお前は母親を恋しがってよく泣いた。
そんなお前を王宮に連れていって少しでもわたしと一緒に過ごせばなんとかなると思ったんだ。仕事中は侍女達がお前の面倒をみていた。
 いつの間にかお前はギルス殿下と一緒に遊ぶようになった。
とても楽しそうにしている姿を見てホッとしたんだ」

確かに……お父様はよくお兄様がお勉強で忙しい時わたしを王宮に連れて行ってくれた。
そしてお父様の仕事中そばでよく遊んでいたんだった。

「だから殿下からお前と婚約をしたいと打診された時迷ったが受け入れたんだ。
 殿下は本当は他国の王女と婚約することになっていた。王女は幼い頃から殿下の婚約者候補だったから自国で王子妃教育も受けられていたんだ。
 だが好きな人がいるからと婚約を嫌がった。王女は泣いて嫌がりそんな我儘を父親の国王は受け入れて、婚約の話をなかったことにして欲しいと言ってきたんだ」

「はい聞いております」

「殿下はお前を望んでいた、わたしもお前が幸せになれると思っていたんだ」

「お父様?」
お父様は後悔しているのだろう、苦痛に満ちた顔をしていた。

「まさかお前があんなに泣いて嫌がると思わなかった」

「わたしが嫌がったのですか?」

「そうだ、お前は泣いて抵抗した。
『わたしはセルジオが好き、いつかセルジオと一緒になろうと約束したの』と言ったんだ」

「お前はわたしと揉めて出て行こうとした。
止めようとしてお前は階段から落ちた。そしてセルジオとのことを全てお前は忘れてしまったんだ」

「セルジオ兄様?
わたしが……?
兄様ではなくてセルジオ?と呼んでいたのですか?」

「目が覚めたお前はセルジオのことを忘れて、抵抗することなくすんなりとギルス殿下との婚約を受け入れたんだ」
お父様は一度話すのをやめて躊躇った。

「……………どちらにしろ王家からの婚約の打診を受け入れてしまって今更断ることは出来なかった。お前の記憶がなくなったことをいいことに………わたしはジェシカとセルジオのことは知らなかったことにして、そのまま婚約を続けさせたんだ」

お父様はわたしを見ることはなかった。
ずっと地面を見続けていた。

「だがあんなに成績優秀なお前なのに王子妃教育が一向に進まなかった。サボっているわけでもない、必死でやっていると報告は来ていた。なのに身が入らない、このままではお前の立場が危うくなる。周りに嘲笑われてしまう。
貴族令嬢としての立ち場を盤石にしないといけないのに。わたしは仕方なくお前に厳しいことを言った」


『他人に隙を見せるな、弱みを見せれば足を掬われる。だから笑顔など必要ない』


「わたしが酷いことを言えば、お前の落ち込む姿に気がつき仲の良い王太子妃殿下達がお前を大事にするのはわかっていた、そうすればお前も妃殿下達の思いに答えて頑張るだろうと思ったんだ」

ーーなんてわかりにくいお父様の優しさ。わたしは何も言えなかった。

「……だがお前は感情をなくしてしまった。わたしは愚かだ、お前に厳しくすることで守っていたつもりだった。後悔してももう遅かった、すまなかった。
 さらに殿下とお前の仲は昔のように笑い合う二人ではなくなっていたようだ、殿下は別の女性に心を移しお前のことを蔑ろにし始めた。
 陛下とも話し合ってお前が成人してしまう前に婚約を解消したんだ。
 殿下はかなり抵抗したがわたしはこれ以上ジェシカを傷つけたくなかった。わたしが一番お前を傷つけておきながら……すまなかった」

「殿下との婚約解消の経緯はわかりました。でもわたしが兄様を好きだったなんて……わたしは兄様とそんなにお会いしたことはないと思います。
 今回婚約解消をしたので領地に行きましたが……」

ーーあっ……

『「ジェシカ、貴女は12歳の時にも同じように領地で暮らしていたの。わたしはその時やっぱり今みたいにティムとわたしと三人で仲良く遊んでいたわ。もちろんゼルジオ様も一緒に」

「………?わたしが領地に?12歳?わたしはその頃たぶんギルス殿下の婚約者になっていたのではないかしら?」

「殿下の婚約者になる前……半年くらい住んでたの」

「わたしが?そんな……覚えていないわ、だってわたしはあの頃……王子妃教育が忙しくて……え?その前?何をしていたんだろう?」』

そう言えばマリーナが言ってたわ。わたしが12歳の頃半年間領地で暮らしたと……

「わたしは半年ほどお母様のもとで暮らしましたよね?」

「お前が学生になって仕舞えば領地の母親になかなか会いに行けなくなる。だから半年間領地へ行っていたんだ」

「あ、頭が痛い……」
わたしは思い出そうとしたらやはり激しい痛みが。

なのに心の中では
ーー思い出して!忘れたくない!

と叫んでいる。

「ジェシカ、大丈夫か?」
遠くでお父様の声が聞こえた。










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