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11話

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王太子妃から言われた言葉……

『ジェシカ、わたしはみんなとは違うわ。貴女の記憶は全く戻っていないの?』

妃殿下の問いにわたしは何も答えることができなかった。

『しばらく考えてみてね』

妃殿下にそう言われてから、ずっと考えているけどわからない。

お兄様に聞いてみようと思ったけど、お忙しそうで捕まらない。

ティムは知っているのかしら?

マリーナとティムに聞いてみようか悩んでいた時、久しぶりにお父様が他の領地の視察から帰ってきたので
話す機会がなくなってしまった。

「お父様、お帰りなさいませ」

お父様は相変わらず怖い顔をしていたが、お母様の顔を見ると少し柔らかく微笑んだ気がする。

「貴方お帰りなさい」
お母様はもちろんお父様が帰ってきてくれて嬉しそう。

わたしはどう接したらいいのかわからずお父様から逃げようと部屋へ行こうとしたら

「あら?久しぶりにみんなで夕食をいただきましょう」

お兄様も忙しい中急いで屋敷に戻ってきた。ティムやマリーナ、そしてセルジオ兄様も揃いみんなで食卓を囲んだ。

お母様が常に柔かに微笑んで話してくださるので和やかな雰囲気で食事の時間が進んだ。

「ジェシカは妃殿下にお茶に誘われたらしいな」

お兄様が話を振ってきた。
わたしはドキッとしながらも

「はい、久しぶりにお話ができて楽しい時間を過ごすことができました」

「妃殿下はとてもジェシカを可愛がっていたからな」

「優しくしていただきました………
……あ、あの、わたし……何か忘れてしまったことがあるのでしょうか?」

ーー妃殿下に言われた言葉、考えようとすると頭が痛くなって思考が停止してしまう。

わからない……何か大切なことを忘れているのかもしれない。

「どうしてそんなことを聞くんだい?」

お兄様が優しく聞き返す。

「妃殿下に言われました。少しは記憶を取り戻したのかと」

「くだらん、そんな話はやめろ」

突然大きな声でお父様が言った。
とても不機嫌な顔をしてわたしを冷たく見つめていた。

「申し訳ありません」

「何故謝る?お前に非があるのか?何故そんなにオドオドしているのだ」

お父様はわたしに畳み掛ける様に怖い声で言ってくる。

「わたし……」
こんな時どう答えればいいのかわからなくなる。謝罪もできない、かと言って他になんと言えばいいのだろう?

「貴方そんなキツイ言い方をしなくても…」
お母様がやんわりとお父様に言った。

「ジェシカ、もう食事も済んだことだしマリーナ嬢と部屋に戻りなさい」
お兄様がわたしに部屋に戻るように促してくれたのでわたしはホッとして
「失礼します」
と言って席を離れた。

ーーふう、わたしの言った言葉があんなに空気を悪くするなんて…

「マリーナ嫌な思いをさせてごめんなさい」

「大丈夫だよ、ジェシカは何か忘れていることに気がついたの?」

「ううん、何も……でもそのことを考えようとすると頭が痛くなって辛いの」

「そうなのね、じゃあ考えなければそんな辛い思いをしなくていいの?」

「うん、でも本当に何か忘れているのなら知りたい、そう思っているの」

「……そうだよね、知りたいよね」

「マリーナ……?」

「わたしは……たぶん少しだけど知っているの」

「え?マリーナと会ったのはわたしが領地に移り住んでからが初めてなのに?」

「ジェシカ、貴女は12歳の時にも同じように領地で暮らしていたの。わたしはその時やっぱり今みたいにティムとわたしと三人で仲良く遊んでいたわ。もちろんゼルジオ様も一緒に」

「………?わたしが領地に?12歳?わたしはその頃たぶんギルス殿下の婚約者になっていたのではないかしら?」

「殿下の婚約者になる前……半年くらい住んでたの」

「わたしが?そんな……覚えていないわ、だってわたしはあの頃……王子妃教育が忙しくて……え?その前?何をしていたんだろう?」

ーーわからない、考えようとしたらやっぱり頭が痛い、締め付けられるように頭が痛くて……

「ジェシカ?大丈夫?」

蹲って頭を抱えるわたしにマリーナが必死で呼んでいるのにわたしは何も答えられない。


ーーーーー

目が覚めたら自分の部屋のベッドの上にいた。

「ジェシカ目が覚めた?よかった」

マリーナの目が赤い。

「ごめんなさい、心配かけて」

「わたしがいけなかったの」

「違う、わたしは本当に知りたいと思っているの。なのに頭が痛くなって……心配かけてごめんね」

わたしは2時間ほど眠ってしまっていたようだ。

外はもう暗くなっていた。

マリーナは落ち込んでしまって笑顔がぎこちなかった。
わたしも話しかけづらくてその日はお互い黙ったまま眠りについた。

ーー明日は普通でいよう。




ーーーーー

夢を見た。



大好きなお母様と暮らしている夢を。

少し幼いティムやマリーナと森にピクニックに行ったり馬に乗って遠出をしたり、庭でお茶をして話したり、とても楽しい毎日。

そこには少し若い兄様がいた。

「ジェシカ、危ないから走り回ったらダメだよ」
そう言ってわたしを捕まえて抱きしめる。
わたしは
「セルジオ!」と言いながら彼の腕から逃げて

「ねえ、一緒にあそこまで走りたいわ」と、彼の手を引いて湖の方へと二人で走り出した。

「ねえ、ボートに乗りましょうよ」

「わかった」
兄様はわたしの顔についていた髪を優しく触りながら

「乗ろうか?」と言って二人でボートに乗った。

綺麗な景色に感動しながらも、二人っきりでいられることにドキドキして自分が誘ったくせにどうしていいかわからない。

「怖いの?」
兄様がわたしの顔を覗き込む。

「怖くはないわ、ただ……」

「ただ?」

「セルジオと二人でいると、何を話していいのかわからなくて黙っていたの」

「ふうん、俺はジェシカといるだけで幸せだよ」

「ほんと?」

「うん、ジェシカの怒った顔も拗ねた顔も可愛いしね」

「わたしってそんな顔しかしてないの?」

「ククッ、自覚ない?」

「セルジオが、いつも他の女の子といるからじゃない!」

「別にいるわけじゃない、勝手に話しかけてくるんだ。俺が好きなのはジェシカだけ」

「ほんとうに?怒ってばかりのわたしのこと嫌いにならない?」

「うーん、怒ってる顔も可愛いけど俺は笑ってるジェシカが好きだな」

「わたしも、わたしにだけ優しいセルジオが好き。そしてこのグリス領が好きだわ、ずっとこの領地で暮らしたい」

「ジェシカは来年からは王都に戻って学園に通わないといけない、俺もあと二年したら士官学校を卒業して騎士になる。だからそれまで待ってて。迎えに行くから」

「うん、約束だよ?忘れないで」


ーー約束……わたしは初めてセルジオとキスをした。
軽く口を触れるだけの口づけ。

約束したの、忘れないでねって。


なのにわたしは忘れてしまった。

この夢も目が覚めればまた忘れてしまう。

夢の中で何度も忘れてはダメだと自分に言っているのに、目が覚めるとわたしの世界にいるのは愛してるセルジオではなくセルジオ兄様だった。













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