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1話
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「婚約解消?」
お父様からの言葉にわたしは頭が真っ白になった。
わたしは15歳の誕生日の日に父に婚約解消の話を聞かされた。
せめて明日話してくれればいいのに……わざわざ今日話すなんて……お父様には娘に対する優しさなんてないのね。
「……わかりました、受け入れます」
「ではすぐに手続きを行うとしよう」
お父様がわたしと目を合わせようともせずに部屋から出て行った。
ーーお父様、朝起きて早々婚約解消の話……せめて誕生日おめでとうくらい言って欲しかった。
ううん、たぶん忘れているのよね。
だってわたしの誕生日にお祝いなんてしてもらったことないもの。
婚約解消を言ってきたのは、幼馴染のギルス・ローナン第2王子、16歳。
金髪に青い瞳。少し冷たく見える雰囲気だけど本当は優しい人、わたしを好きではなくても無碍にはしないし何かと気にかけてくれていた。
わたしは自分で言うのもおかしいけど、美人だと言われている。
プラチナブロンドの髪に翡翠色の瞳。
公爵令嬢として厳しい教育を幼い頃から受けてきたおかげで学園でも成績優秀。
ただ、笑うことも感情を出すことももう忘れてしまった。
「ジェシカ、お前はフォーダン公爵家の長女だ。いずれは社交界でトップに立たなければいけない。他人に隙を見せるな、弱みを見せれば足を掬われる。
だから笑顔など必要ない」
お父様の厳しい言葉のおかげでわたしは笑うことも泣くこともない。
ううん、心の中ではいっぱい泣いているのに、それを表に出すことすら出来なくなってしまった。
そんな表情の消えたわたしと過ごすのはギルス殿下にとっては苦痛だったと思う。
婚約して3年。
お互い忙しく会うのは月に一度となり、お互いすれ違うことが増えて行った。そんな時彼は本気の恋をした。
彼と同じ学園の同級生で、伯爵令嬢のアンネ・カスタマル様。
二人が見つめ合い微笑み合う姿に嫉妬どころか羨ましいと感じていた。
でも……わたしの誕生日、それも成人となるお祝いの日に……
ーーそれはないわ。
「はあ、お母様のところへ行きたい」
お母様は体が弱く病気がちで、領地で静養している。
年に一回学園が長期休暇の時にしか会えない。
わたしは、中等部を卒業して来月から高等部に入る。
でも……殿下と婚約解消したし、彼とニ年間同じ学園で過ごすことになればわたしもどういう態度を取ったらいいのかわからない。
彼だってわたしの顔なんて見たくないだろう。
「お兄様にお願いしてみようかしら」
お父様に最初に言えば全て却下されるのはわかっている。
お兄様なら……
わたしは時間をみてお兄様の部屋を訪ねた。
「ジェシカ?どうしたんだい?」
「お兄様…」
お兄様は自室で勉強をしていた。
次期公爵当主としての勉強も始まっている。
6歳年上で生真面目、融通はきかないけど、本当は愛情深い人だ。
わたしが5歳の時にお母様が領地へと行ってしまって寂しくて泣き続けるわたしを
「ジェシカ、おいで」
といつも抱っこしてくれた。
そして一人で眠れない時には、お兄様のベッドに潜り込んで絵本を読んでくれた。
「兄様ってあったかい」
小さい頃は怖くて寂しくて眠れない夜はいつもお兄様のところへ逃げていた。
お兄様だって寂しかったと思う。
でもわたしが泣いてばかりだったからお兄様は泣けなかったんだと思う。
お父様は……たぶん公爵としては立派な方なのだと思う。でも……父親としては…とても厳しい人。
優しく話しかけてくれるなんてあるはずもなくいつも怖い顔をしている。
お兄様に思い切ってわたしの気持ちを話してみた。
「お兄様…わたしがギルス殿下と婚約解消したことはご存知ですか?」
「………聞いたよ」
「…わたしは、たぶん、これから先良い縁談が来ることはないと思うのです………それに、殿下とアンネ 様がおられる学園に通うとなると、周りから好奇な目でみられることになります。
殿下達もわたしがいると過ごしにくいと思うのです。
わたしも中等部を卒業しました、出来ればお母様のいる領地で高等部は静かに過ごしたいと思います」
「父上は?話したのか?」
「いえ、まだ何も……先にお兄様に相談してからの方が話が通りやすいと思いました」
「父上は……うん、ジェシカが母上のそばに居てくれるなら僕も安心だ。父上は寂しがると思うけど、僕からも口添えしよう」
ーーお父様が寂しがる?
わたしはお兄様の言葉にキョトンとした。
お兄様はわたしの顔を見て、フッと笑う。
「ジェシカには伝わっていないんだろうね」
わたしにはお兄様の言葉の意味がわからなかった。
仕方なく曖昧に笑って返した。
「そんなことより、遅くなったけどジェシカ、誕生日おめでとう。これはプレゼントだよ」
お兄様はわたしの誕生日を忘れてはいなかった。
わたしがずっと欲しいと思っていた……でも誰にも言ったことがなかったのに……隣の国で採れる宝石を使った細かい金細工の施されたブローチをプレゼントしてくれた。
一度お店で見て一目惚れしたけど、お小遣いなど持っていないわたしには買うことができなかった。
見るだけで終わったブローチ。
たぶん一緒に付き添ってくれたメイドから話を聞いたのだろう。
「ありがとうございます、とても嬉しいです」
公爵令嬢と言っても全て与えられるだけで自由に使えるお金なんて一銭もないのだ。
そして、お兄様の口添えのおかげでわたしはお父様に反対されることなくお母様のいる領地へと向かうことができた。
荷物は後で送ってもらうことになり、とりあえず今必要な物を纏めてもらい、汽車に乗り領地へ向かった。
我が国は、馬車の移動が主だが、王都を中心にいくつかの地方へと汽車が走っている。
だから物の流通がしっかりしていて、田舎にいても王都にある物は手に入れることが出来る。
我が公爵領もかなり広い土地で、いくつもの伯爵家や子爵家に領地を一任しているのだが、お父様は広い領地に早くから鉄道を引き、街を活性化させるのに成功している。
おかげでお母様のいる領地も馬車なら1週間はかかるのだが、汽車なら2日もあれば着いてしまう。
駅からは馬車が迎えにきてくれる。
馬車に乗り1時間ほど走るとお母様のいるグリス領に着く。
その土地を任されているのは、お父様の従兄弟で伯爵のブルック・フォーダンおじさま。
お父様と同じ翡翠色の瞳。
そうわたしは苦手なお父様に似ている。たぶん性格も。
おじさまは、家族と屋敷に住んでいる。
お母様はその屋敷の離れに何人かのメイドと暮らしている。
グリス領は自然が多く農業と酪農が盛んな町。
新鮮な空気がお母様の体には合っているようで、こちらで暮らし出してお母様の体調は落ち着いてきている。
わたしもこれからはお母様と共に離れで暮らすことになる。
おじ様には息子のセルジオ18歳とティム16歳がいる。
セルジオ兄様はこの領地の騎士団に入っている。
そしてティムは、わたしが通うことになる学校の一つ上の先輩。
今度から同じ馬車に乗せてもらい学校へ通うことになる。
「ティム、今度からよろしくお願いします」
わたしが頭を下げると
「ジェシカ、こちらこそよろしく。うちの学校は貴族も平民も関係なくみんな仲がいいんだ、慣れないうちは大変だと思うけどみんないい奴ばかりだから心配しないで」
「はい、ありがとうございます」
ティムは人見知りがなく誰とでも仲良くなれる、わたしには羨ましい対人スキルの持ち主だ。
セルジオ兄様はわたしと同じで、人と付き合うのが苦手なタイプで、一見冷たく思われるけど、困っているとそっと手を差し伸べてくれる。
わたしにとってお兄様と同じくらい優しい人。
セルジオ兄様はわたしをチラッと見ると
「ジェシカ、よろしく」
わたしの頭をポンポンと優しく触り、自分の部屋へ行ってしまった。
「ジェシカごめんね、兄さんは相変わらず無愛想だけど歓迎してるんだよ」
「うん、大丈夫だよ。セルジオ兄様のことも好きだもの」
「……よかった、兄さんのこと好きなら……」
お父様からの言葉にわたしは頭が真っ白になった。
わたしは15歳の誕生日の日に父に婚約解消の話を聞かされた。
せめて明日話してくれればいいのに……わざわざ今日話すなんて……お父様には娘に対する優しさなんてないのね。
「……わかりました、受け入れます」
「ではすぐに手続きを行うとしよう」
お父様がわたしと目を合わせようともせずに部屋から出て行った。
ーーお父様、朝起きて早々婚約解消の話……せめて誕生日おめでとうくらい言って欲しかった。
ううん、たぶん忘れているのよね。
だってわたしの誕生日にお祝いなんてしてもらったことないもの。
婚約解消を言ってきたのは、幼馴染のギルス・ローナン第2王子、16歳。
金髪に青い瞳。少し冷たく見える雰囲気だけど本当は優しい人、わたしを好きではなくても無碍にはしないし何かと気にかけてくれていた。
わたしは自分で言うのもおかしいけど、美人だと言われている。
プラチナブロンドの髪に翡翠色の瞳。
公爵令嬢として厳しい教育を幼い頃から受けてきたおかげで学園でも成績優秀。
ただ、笑うことも感情を出すことももう忘れてしまった。
「ジェシカ、お前はフォーダン公爵家の長女だ。いずれは社交界でトップに立たなければいけない。他人に隙を見せるな、弱みを見せれば足を掬われる。
だから笑顔など必要ない」
お父様の厳しい言葉のおかげでわたしは笑うことも泣くこともない。
ううん、心の中ではいっぱい泣いているのに、それを表に出すことすら出来なくなってしまった。
そんな表情の消えたわたしと過ごすのはギルス殿下にとっては苦痛だったと思う。
婚約して3年。
お互い忙しく会うのは月に一度となり、お互いすれ違うことが増えて行った。そんな時彼は本気の恋をした。
彼と同じ学園の同級生で、伯爵令嬢のアンネ・カスタマル様。
二人が見つめ合い微笑み合う姿に嫉妬どころか羨ましいと感じていた。
でも……わたしの誕生日、それも成人となるお祝いの日に……
ーーそれはないわ。
「はあ、お母様のところへ行きたい」
お母様は体が弱く病気がちで、領地で静養している。
年に一回学園が長期休暇の時にしか会えない。
わたしは、中等部を卒業して来月から高等部に入る。
でも……殿下と婚約解消したし、彼とニ年間同じ学園で過ごすことになればわたしもどういう態度を取ったらいいのかわからない。
彼だってわたしの顔なんて見たくないだろう。
「お兄様にお願いしてみようかしら」
お父様に最初に言えば全て却下されるのはわかっている。
お兄様なら……
わたしは時間をみてお兄様の部屋を訪ねた。
「ジェシカ?どうしたんだい?」
「お兄様…」
お兄様は自室で勉強をしていた。
次期公爵当主としての勉強も始まっている。
6歳年上で生真面目、融通はきかないけど、本当は愛情深い人だ。
わたしが5歳の時にお母様が領地へと行ってしまって寂しくて泣き続けるわたしを
「ジェシカ、おいで」
といつも抱っこしてくれた。
そして一人で眠れない時には、お兄様のベッドに潜り込んで絵本を読んでくれた。
「兄様ってあったかい」
小さい頃は怖くて寂しくて眠れない夜はいつもお兄様のところへ逃げていた。
お兄様だって寂しかったと思う。
でもわたしが泣いてばかりだったからお兄様は泣けなかったんだと思う。
お父様は……たぶん公爵としては立派な方なのだと思う。でも……父親としては…とても厳しい人。
優しく話しかけてくれるなんてあるはずもなくいつも怖い顔をしている。
お兄様に思い切ってわたしの気持ちを話してみた。
「お兄様…わたしがギルス殿下と婚約解消したことはご存知ですか?」
「………聞いたよ」
「…わたしは、たぶん、これから先良い縁談が来ることはないと思うのです………それに、殿下とアンネ 様がおられる学園に通うとなると、周りから好奇な目でみられることになります。
殿下達もわたしがいると過ごしにくいと思うのです。
わたしも中等部を卒業しました、出来ればお母様のいる領地で高等部は静かに過ごしたいと思います」
「父上は?話したのか?」
「いえ、まだ何も……先にお兄様に相談してからの方が話が通りやすいと思いました」
「父上は……うん、ジェシカが母上のそばに居てくれるなら僕も安心だ。父上は寂しがると思うけど、僕からも口添えしよう」
ーーお父様が寂しがる?
わたしはお兄様の言葉にキョトンとした。
お兄様はわたしの顔を見て、フッと笑う。
「ジェシカには伝わっていないんだろうね」
わたしにはお兄様の言葉の意味がわからなかった。
仕方なく曖昧に笑って返した。
「そんなことより、遅くなったけどジェシカ、誕生日おめでとう。これはプレゼントだよ」
お兄様はわたしの誕生日を忘れてはいなかった。
わたしがずっと欲しいと思っていた……でも誰にも言ったことがなかったのに……隣の国で採れる宝石を使った細かい金細工の施されたブローチをプレゼントしてくれた。
一度お店で見て一目惚れしたけど、お小遣いなど持っていないわたしには買うことができなかった。
見るだけで終わったブローチ。
たぶん一緒に付き添ってくれたメイドから話を聞いたのだろう。
「ありがとうございます、とても嬉しいです」
公爵令嬢と言っても全て与えられるだけで自由に使えるお金なんて一銭もないのだ。
そして、お兄様の口添えのおかげでわたしはお父様に反対されることなくお母様のいる領地へと向かうことができた。
荷物は後で送ってもらうことになり、とりあえず今必要な物を纏めてもらい、汽車に乗り領地へ向かった。
我が国は、馬車の移動が主だが、王都を中心にいくつかの地方へと汽車が走っている。
だから物の流通がしっかりしていて、田舎にいても王都にある物は手に入れることが出来る。
我が公爵領もかなり広い土地で、いくつもの伯爵家や子爵家に領地を一任しているのだが、お父様は広い領地に早くから鉄道を引き、街を活性化させるのに成功している。
おかげでお母様のいる領地も馬車なら1週間はかかるのだが、汽車なら2日もあれば着いてしまう。
駅からは馬車が迎えにきてくれる。
馬車に乗り1時間ほど走るとお母様のいるグリス領に着く。
その土地を任されているのは、お父様の従兄弟で伯爵のブルック・フォーダンおじさま。
お父様と同じ翡翠色の瞳。
そうわたしは苦手なお父様に似ている。たぶん性格も。
おじさまは、家族と屋敷に住んでいる。
お母様はその屋敷の離れに何人かのメイドと暮らしている。
グリス領は自然が多く農業と酪農が盛んな町。
新鮮な空気がお母様の体には合っているようで、こちらで暮らし出してお母様の体調は落ち着いてきている。
わたしもこれからはお母様と共に離れで暮らすことになる。
おじ様には息子のセルジオ18歳とティム16歳がいる。
セルジオ兄様はこの領地の騎士団に入っている。
そしてティムは、わたしが通うことになる学校の一つ上の先輩。
今度から同じ馬車に乗せてもらい学校へ通うことになる。
「ティム、今度からよろしくお願いします」
わたしが頭を下げると
「ジェシカ、こちらこそよろしく。うちの学校は貴族も平民も関係なくみんな仲がいいんだ、慣れないうちは大変だと思うけどみんないい奴ばかりだから心配しないで」
「はい、ありがとうございます」
ティムは人見知りがなく誰とでも仲良くなれる、わたしには羨ましい対人スキルの持ち主だ。
セルジオ兄様はわたしと同じで、人と付き合うのが苦手なタイプで、一見冷たく思われるけど、困っているとそっと手を差し伸べてくれる。
わたしにとってお兄様と同じくらい優しい人。
セルジオ兄様はわたしをチラッと見ると
「ジェシカ、よろしく」
わたしの頭をポンポンと優しく触り、自分の部屋へ行ってしまった。
「ジェシカごめんね、兄さんは相変わらず無愛想だけど歓迎してるんだよ」
「うん、大丈夫だよ。セルジオ兄様のことも好きだもの」
「……よかった、兄さんのこと好きなら……」
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