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新しい恋。
じゅうはち
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朝起きるとサマンサが病室に来てくれた。
わたしはバズールに会ったことを言おうか悩んでいた。
「サマンサ、確か今日はお父様がお見舞いに来てくださると言ってたわよね?」
「はい、ライナ様の体調も少し落ち着いてきたのでそろそろ退院の話が出ています。お医者様と話をすると仰っていました」
「そう、わかったわ、いつも大変なのに来てくれてありがとう」
「いえいえ、大切なライナ様のためですから」
サマンサが笑顔で答えてくれた。
ずっとそばに居てくれるわたしにとってお姉様のような存在でもあるサマンサ。
記憶が曖昧で不安になっているわたしのそばに寄り添ってくれる大切な人。
お父様が病室に来て少し難しそうな顔をしていた。
しばらく黙ってソファに座っていた。
わたしはその姿をベッドの中でそっと見守っていた。
「ライナ、明後日には退院できそうだ。しばらくは我が家でゆっくり過ごそう」
ーー深夜のわたしの行動がバレていなかったことにホッとして胸を撫で下ろした。
「お父様……ありがとうございます。バズールには退院前に会いに行ってもいいですか?」
「……夜中にこっそり会いに行くよりも昼間に行く方がわたしとしても安心だからね」
ーーああやっぱり……
「やはり知っていたんですね」
「君とバズールの病室には護衛をつけているからね。君の行動を見逃したのはカイゼンだ」
「カイゼン?誰ですか?」
「お前が失った記憶の一人だよ、うちで今護衛騎士として働いてもらっているんだ。以前はお前と同じ職場で働いていた人だよ」
「……そうですか……わたしが働いていた……」
しばらく思い出そうと考えていたけど、やはり思い出せない。頭を横に振りため息を吐いた。
「お父様、やはり覚えておりません。わたし、一人でこっそりと行動していたつもりだったのだけど護られていたのですね」
昨日の行動を思い出し、それを見られていたと思うと少し恥ずかしかった。
ビクビクしながら周りをキョロキョロ見回してかなり不審だったと思う。
それを見守ってくれたカイゼンさんと言う人には感謝しかない。
「バズールは列車事故でかなり酷い怪我をした。そして今も意識が戻らない。このまま意識が戻らないかもしれない……だから同じように大怪我をしたライナには伝えられなかった」
「……それでもわたしはバズールに会いたかったです。バズールは……またいつもの口の悪いバズールに戻ります。そしていつものように笑いながらわたしに話しかけてきます。わたしは信じています」
ーー絶対に泣かない。バズールはまた元気になる。信じてあげなきゃ、絶対意識は戻るもの。
「……そうだな、一番仲のいいお前がそう言うのならそうなんだろう……退院前に会いに行ってやってくれ。バズールも本当はお前に会いたいと思っているはずだ」
「はい、ありがとうございます」
お医者様からの診察を受けて退院の許可をもらうことができた。
「明後日は退院しても大丈夫でしょう。ただ無理はしないように。まだ傷口が開いたりするかもしれません。重たいものを持ったりしないでくださいね」
「はい。あ、あの、先生。わたしの従兄弟が入院しているのですが、今は……まだ意識を取り戻していないのです。どうすれば意識は戻るのでしょうか?」
「難しい質問だね、意識を取り戻すのは本人次第だね……まぁ……君の声が届くかもしれない、話しかけてみるのもいいかもしれないね」
「本当ですか?」
「……どうだろう……まぁしないよりマシかな」
お医者様もなんとも言えない顔をして曖昧な返事。わかっていて、でも聞かずにいられなくて……わたしだってどうも出来ないことくらいわかっている。わかっていても足掻きたい、諦めたくない。
お父様にも会う許可をもらったし、バズールのいる3階の病室へと向かった。
「サマンサ、一人で行きたいの。この部屋で待っていてね」
「大丈夫ですか?」
「うん、お願い一人で行かせてちょうだい」
サマンサの不安そうな顔に気付きながらも一人で部屋を出た。
ゆっくりと階段を上がる。
ーーうん、今ならわかるわ。後ろから気配を感じる。夜中は、興奮と緊張で周りのことなど気にしていなかった。冷静に歩く今ならわかる。
誰かがわたしを見て護ってくれていることに。
わたしは階段の途中で振り返った。
階段下に私服のわたしと同じくらいの歳の男性がいた。
向こうはわたしを見てにっこりと微笑んだ。
「貴方がカイゼンさんですか?」
違うだろうか?でも彼の笑顔にはわたしへの親しみを感じた。
「はい、ライナ様」
返事をするとわたしの近くに来るために階段を上がってきた。
わたしはそんな彼をじっと見つめながら待っていた。
ーーやはりわからないわ。忘れてしまった本人を見ても何も思い出せない。
「あの……わたしのことをご存知だと聞きました。貴方とはどこで知り合ったのでしょう?」
知っていたけど一応聞いてみた。
「ライナ様とは同じ職場でした。よく顔を合わせていたので話すようになりました」
「そうだったのですね。わたしは働いていた時の記憶がないのです。ですからそこで知り合った人達のことを全く覚えていないのです、不愉快な気持ちになると思いますが申し訳ありません」
彼はわたしが記憶が一部ないこともお父様に聞いて知っているようで優しく微笑みながら言った。
「いえいえ、ライナ様、記憶がなくても貴女が優しいところも気遣いがあるところも根本は変わっていません。それよりも怪我が治ってきていると聞きました。良かったです。事故で運ばれてきた時はみんな真っ青になっていました」
「そう……みんなに心配させてしまったのね……バズールとは知り合い?だったりはするのかしら?」
「バズール様とはパーティーなどでお会いすることがありました。わたしは一応貴族で子爵家の息子なんです」
「まぁそうなんですね。バズールもわたしと一緒に運ばれてきたのですか?」
「……バズール様は……少し遅れて運ばれてきました」
「遅れて?」
「………はい、さぁ、バズール様の病室へ急ぎましょう」
カイゼンさんはこれ以上話したくないみたいでわたしを急かした。
わたしもバズールに会いに行こうと思っていたのを思い出し、先程の遅れて運ばれたと言う言葉の意味を深く考えていなかった。
バズールは病室で静かに眠っていた。
まるで永遠に目を覚ますことがないように……
ーーバズール……わたしは事故でいろんなことを忘れてしまったらしいの。
でもね、貴方のことは忘れていないわ。
お願い、目覚めて。
わたしはバズールの顔にそっと触れた。
わたしはバズールに会ったことを言おうか悩んでいた。
「サマンサ、確か今日はお父様がお見舞いに来てくださると言ってたわよね?」
「はい、ライナ様の体調も少し落ち着いてきたのでそろそろ退院の話が出ています。お医者様と話をすると仰っていました」
「そう、わかったわ、いつも大変なのに来てくれてありがとう」
「いえいえ、大切なライナ様のためですから」
サマンサが笑顔で答えてくれた。
ずっとそばに居てくれるわたしにとってお姉様のような存在でもあるサマンサ。
記憶が曖昧で不安になっているわたしのそばに寄り添ってくれる大切な人。
お父様が病室に来て少し難しそうな顔をしていた。
しばらく黙ってソファに座っていた。
わたしはその姿をベッドの中でそっと見守っていた。
「ライナ、明後日には退院できそうだ。しばらくは我が家でゆっくり過ごそう」
ーー深夜のわたしの行動がバレていなかったことにホッとして胸を撫で下ろした。
「お父様……ありがとうございます。バズールには退院前に会いに行ってもいいですか?」
「……夜中にこっそり会いに行くよりも昼間に行く方がわたしとしても安心だからね」
ーーああやっぱり……
「やはり知っていたんですね」
「君とバズールの病室には護衛をつけているからね。君の行動を見逃したのはカイゼンだ」
「カイゼン?誰ですか?」
「お前が失った記憶の一人だよ、うちで今護衛騎士として働いてもらっているんだ。以前はお前と同じ職場で働いていた人だよ」
「……そうですか……わたしが働いていた……」
しばらく思い出そうと考えていたけど、やはり思い出せない。頭を横に振りため息を吐いた。
「お父様、やはり覚えておりません。わたし、一人でこっそりと行動していたつもりだったのだけど護られていたのですね」
昨日の行動を思い出し、それを見られていたと思うと少し恥ずかしかった。
ビクビクしながら周りをキョロキョロ見回してかなり不審だったと思う。
それを見守ってくれたカイゼンさんと言う人には感謝しかない。
「バズールは列車事故でかなり酷い怪我をした。そして今も意識が戻らない。このまま意識が戻らないかもしれない……だから同じように大怪我をしたライナには伝えられなかった」
「……それでもわたしはバズールに会いたかったです。バズールは……またいつもの口の悪いバズールに戻ります。そしていつものように笑いながらわたしに話しかけてきます。わたしは信じています」
ーー絶対に泣かない。バズールはまた元気になる。信じてあげなきゃ、絶対意識は戻るもの。
「……そうだな、一番仲のいいお前がそう言うのならそうなんだろう……退院前に会いに行ってやってくれ。バズールも本当はお前に会いたいと思っているはずだ」
「はい、ありがとうございます」
お医者様からの診察を受けて退院の許可をもらうことができた。
「明後日は退院しても大丈夫でしょう。ただ無理はしないように。まだ傷口が開いたりするかもしれません。重たいものを持ったりしないでくださいね」
「はい。あ、あの、先生。わたしの従兄弟が入院しているのですが、今は……まだ意識を取り戻していないのです。どうすれば意識は戻るのでしょうか?」
「難しい質問だね、意識を取り戻すのは本人次第だね……まぁ……君の声が届くかもしれない、話しかけてみるのもいいかもしれないね」
「本当ですか?」
「……どうだろう……まぁしないよりマシかな」
お医者様もなんとも言えない顔をして曖昧な返事。わかっていて、でも聞かずにいられなくて……わたしだってどうも出来ないことくらいわかっている。わかっていても足掻きたい、諦めたくない。
お父様にも会う許可をもらったし、バズールのいる3階の病室へと向かった。
「サマンサ、一人で行きたいの。この部屋で待っていてね」
「大丈夫ですか?」
「うん、お願い一人で行かせてちょうだい」
サマンサの不安そうな顔に気付きながらも一人で部屋を出た。
ゆっくりと階段を上がる。
ーーうん、今ならわかるわ。後ろから気配を感じる。夜中は、興奮と緊張で周りのことなど気にしていなかった。冷静に歩く今ならわかる。
誰かがわたしを見て護ってくれていることに。
わたしは階段の途中で振り返った。
階段下に私服のわたしと同じくらいの歳の男性がいた。
向こうはわたしを見てにっこりと微笑んだ。
「貴方がカイゼンさんですか?」
違うだろうか?でも彼の笑顔にはわたしへの親しみを感じた。
「はい、ライナ様」
返事をするとわたしの近くに来るために階段を上がってきた。
わたしはそんな彼をじっと見つめながら待っていた。
ーーやはりわからないわ。忘れてしまった本人を見ても何も思い出せない。
「あの……わたしのことをご存知だと聞きました。貴方とはどこで知り合ったのでしょう?」
知っていたけど一応聞いてみた。
「ライナ様とは同じ職場でした。よく顔を合わせていたので話すようになりました」
「そうだったのですね。わたしは働いていた時の記憶がないのです。ですからそこで知り合った人達のことを全く覚えていないのです、不愉快な気持ちになると思いますが申し訳ありません」
彼はわたしが記憶が一部ないこともお父様に聞いて知っているようで優しく微笑みながら言った。
「いえいえ、ライナ様、記憶がなくても貴女が優しいところも気遣いがあるところも根本は変わっていません。それよりも怪我が治ってきていると聞きました。良かったです。事故で運ばれてきた時はみんな真っ青になっていました」
「そう……みんなに心配させてしまったのね……バズールとは知り合い?だったりはするのかしら?」
「バズール様とはパーティーなどでお会いすることがありました。わたしは一応貴族で子爵家の息子なんです」
「まぁそうなんですね。バズールもわたしと一緒に運ばれてきたのですか?」
「……バズール様は……少し遅れて運ばれてきました」
「遅れて?」
「………はい、さぁ、バズール様の病室へ急ぎましょう」
カイゼンさんはこれ以上話したくないみたいでわたしを急かした。
わたしもバズールに会いに行こうと思っていたのを思い出し、先程の遅れて運ばれたと言う言葉の意味を深く考えていなかった。
バズールは病室で静かに眠っていた。
まるで永遠に目を覚ますことがないように……
ーーバズール……わたしは事故でいろんなことを忘れてしまったらしいの。
でもね、貴方のことは忘れていないわ。
お願い、目覚めて。
わたしはバズールの顔にそっと触れた。
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