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バズール編④

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 ライナがシエルと喧嘩をしたと聞いた。

 そして……ライナは頬を叩かれた。頬を腫らして仕事を早退して屋敷へと帰ってきたと聞いた時はシエルのところへ殴りに行こうとした。

 だが、父上に止められた。

「バズールはライナと従姉妹だが、婚約しているのはシエルだ。……お前が喧嘩を売りに行くのは違う」

 俺以上に実は父上は怒っていた。俺を止める時も手は握り拳になっていて机を何度も叩いてグッと我慢しているのがわかった。
 娘がいない両親はライナのことを娘のように可愛がっている。

「いいか、シエルが婚約破棄される時言い逃れできないように証拠をしっかり集めておけ。そして証言も必要だ。さらにそこの伯爵家の娘のリーリエとか言う小娘。
 ライナに対して悪口を言って回っていると噂を聞いた。いずれ叩き潰す、だがライナはまだシエルが好きなんだ、勝手にわたし達が動くことはあの子の心を壊しかねない……だから悔しいが今は動くな、わかったな」

 俺は「わかりました」と口では言いながらシエルの奴どうやって懲らしめようか考えていた。
 自分の婚約者に、しかも俺の大事なライナに手を挙げた時点であいつの将来はもう終わっている。


 ーーーーー

「バズール様がお見えになりました」

「久しぶりね」
 ライナは頬を叩かれた後伯爵家のメイドを辞めて今は屋敷でゆっくりと過ごしていた。

「のんびりしすぎて太ったんじゃない?」
 俺は軽口をたたいた。

「レディにその言葉は禁句よ!」

「疲れ切った顔より今のふくよかな顔の方がいいと思う」

「疲れ切ってたかな?」

「うん、まぁ、見てて可哀想だった」

 ーー思わず素直に気持ちを伝えた。

「そっかあ……もう気分はスッキリしたの。グジグジと悩んでいたけど婚約解消することにしたの。お父様も了解してくれたわ、シエルのおじ様にももう伝えてあるの」

「これからどうするの?」

「うーん、とりあえずしばらくはお父様のお仕事を手伝おうかと思っているの」

 ライナの父親は外国から食品やお酒の輸入販売をして国内で成功を収めている。だから男爵家なのにライナのところは裕福な家庭なのだ。

 本当はシエルがいずれは婿に入り継いでもらうことになっていたけど、リーリエに懸想しているシエルとの結婚はあり得ない、なのでライナは新しい婿を探すことになる。

「婿探しと、とりあえずは社交界デビューよ!」

 ライナは空元気でそう言ったがかなり落ち込んでいるのがわかった。

 俺は以前シエルに「ライナを幸せにしなければ俺が貰うから」と伝えていた。

 だから俺がライナは貰う。そのためなら伯爵家の当主なんて弟に譲ってもいい。
 俺が欲しいのは地位や名声じゃなくライナなんだから。





 ーーーーー

 そしてライナの社交界デビュー。

 ライナの父親がシエルの代わりにエスコートをすることになった。

 国王両陛下にご挨拶をしたライナは父親とファーストダンスを踊った。
 ーー俺に踊る権利が有れば……せめてエスコートの権利だけでも勝ち取りたかった。

 まだ正式に婚約解消はしていないのにシエルはライナを迎えにくることはなかったらしい。
 まだシエルは解消されることは知らないはずだ。なのに迎えにこなかったということは……ドタキャンするつもりだったのだろう。

 その後、俺はライナのそばに行った。

「ライナ様お手をどうぞ」

 ファーストダンスは無理だけど、踊る権利くらい欲しい。ライナには平然と見えてるだろう。だけど内心断られたらと、ドキドキしながらライナに手を差し出した。

「ふふ、ありがとうございます」
 ライナは頭を下げてお礼を言うと二人で踊り始めた。

 ーーかっこいい事何か言いたいのに、何も言えない。

 それでもライナと踊れて嬉しすぎて俺は調子に乗ってしまった。

 俺はライナの手を離すのが嫌で3回も続けて踊った。ライナはクタクタになっていたけど、文句も言わず俺と踊り続けてくれた。

 周りの令嬢達がライナに冷たい視線を向けていることに気がついて、俺はそいつらを睨みつけた。

 ライナは俺の従姉妹なんだ。

 いくら婚約者がいても親戚なんだから文句は言わせない。
 逆に男達の視線はライナに向かっていた。

 本人は気が付いていないが、綺麗で明るいライナは昔から人を惹きつけた。無自覚で笑顔を振り撒くので、勘違いされ男に惚れられてしまうライナ。

 リーリエのようにあざとい訳ではない。
 人を貶めるようなこともしない。

 ただ、自然に人が集まってくる、優しくて明るい。腹黒の俺にとっては眩しい存在だ。



「そう言えば……」と言ってライナにリーリエの話をした。

 リーリエは男子の前で「バズール様にとても冷たい態度をとられて辛かった」と涙ながらに男子に話していた。

 だが成績優秀で口もたつ生徒会長の俺に誰も逆らえずその話を聞いた男子達は俺に何も言えなかった。
 リーリエは俺に仕返し出来なくて、いつもの儚げな顔が俺の前でだけ、鬼のように不細工な顔で睨んでいた。

「鬼のように不細工って何?」
 ってライナが笑いながら聞いた。

 ライナの可愛い笑顔に俺は癒される。

「想像してみて」
 と言ったらライナは真剣に必死で考えていた。

 その顔がとても可愛らしかった。

 ライナの笑顔を曇らせるシエルのことも意地悪なことしかしないリーリエのこともいずれ必ず仕返ししてやると心に誓う。



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