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じゅうきゅう。ーー青い薔薇

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 リオネルは寮に戻ると次第に精神は落ち着き、屋敷での出来事に違和感を感じる。そんなことが続いた。

 王太子殿下の同級生でもあり友人でもあったリオネルはその違和感について殿下に相談することにした。

 リオネルなりにいろいろ調べた。だが結局は自分一人では正確な答えが出なかったからだ。

 カレンが屋敷にきても屋敷の使用人達には現れない。カレンを見て苛立ちを覚えるのは公爵夫婦と自分だけ。

「ふうん、興味深いね」
 王太子殿下は何か考えるように聞いていた。




 リオネルは思い出しながら話し始めた。



 カレンに対しての冷たさ。それはキャサリンが来てから特に酷いという。

「ねぇ、どうしてカレンは幼い頃から領地にいるんだい?体調が悪くなるとは?」

「………カレンは幼い頃から何故か王都にいると突然泣き出したり恐怖で叫び出したりするんです……毎日ではないのですが……それで領地で療養してみたところそういうおかしなことがなくなったんです」

「何か原因があるんだろうね」

「わかりません」
 リオネルは首を横に振った。

 何人もの医者に診てもらったが原因がわからなかった。

 祖父母と折り合いの悪い両親だったが仕方なく娘を預けることにした。そして年に数回カレンを王都に呼び寄せて会うことにした。

 本来なら体調を崩す王都に呼び寄せるのはおかしいはずなのに。

 仕事と社交で二人とも忙しいことを理由に領地に会いに行くことは避けていた。それがさらに祖父母との確執になり、カレンはカレンで自分は親から見捨てられたと思っていた。

 それでもたまに会えることをカレンも幼い頃は内心では楽しみにしていたはず。
 上手く親子関係が築けないながらも、どちらも会えばなんとかぎこちないながらも楽しく過ごしていた。

 キャサリンが現れるまでは……

「キャサリンが7歳の時だったね」

「はい、とても明るく誰にでも懐く子です」

 キャサリンは公爵家から少し離れた小さな屋敷に引っ越してきた男爵家の娘。

 キャサリンの男爵家と公爵家は遠縁ということもあり公爵家に男爵夫婦とキャサリンがご機嫌伺いで挨拶に来た。その時に明るく可愛らしい女の子に公爵夫人は目を奪われた。

「とても可愛らしい女の子ね。私にも娘がいるの……だけど一緒には暮らしていないの」
 寂しそうな顔をした公爵夫人にキャサリンの父がご機嫌をとるように手を擦り合わせて言った。

「それならお時間がある時娘を遊びに行かせましょうか?」

「ふふ、そうね、お茶を飲みに来てちょうだい。その時はお菓子でも用意しておくわ」

 そこからたまに遊びに来るようになったキャサリンは、明るく人見知りをしないので公爵夫人はお気に入りになった。

 そして次第に公爵もキャサリンを我が子のように可愛がるようになっていった。逆にカレンに対して冷たい態度をとるようになっていく。

 ある日リオネルは屋敷に戻ったとき、少し距離を置いてキャサリンと両親の様子を見ていた。
 

 キャサリンはいつもニコニコ笑顔で二人に近づくと必ず二人の体を執拗に触れているのに気がついた。

 そう……手を握ったり、大袈裟に抱きついたり。

 リオネルに対してもそうだった。

「まあ!リオネル兄様!キャサリン嬉しい!」
「おじ様、おば様、キャサリンはお二人に会えるのがとても楽しみなの」

 そんなことを言っては手を握ったり抱きついてきたりする。
 すると心がほわっと温かくなり、キャサリンを愛おしく感じる。この子を守ってあげたい。笑顔を見たいと。

 そして懐きもしないカレンに対して少しずつ憎悪にも似た気持ちが湧いて来る。

「カレン様って酷いわ。おじ様とおば様のことが嫌なのかしら?」
「いつも無愛想で心の中では領地に帰りたくて仕方がないのかも」
「向こうで祖父母にたくさん愛されているのね」

 大人の心を惑わす。そして少しずつカレンの悪いところを心に染み込ませていく。

 まるで操るかのように。

 キャサリンに近づき過ぎるとカレンに対して嫌な気持ちになってしまう。カレンが領地にいて目の前にいない時ですらこの屋敷にいるとカレンへの怒りが湧いて来るのだ。

 リオネルはキャサリンが何かをしているのではないかと思うようになった。


 使用人達には変化はない。あるのは常にキャサリンと接触している公爵夫婦。そしてたまに会うリオネル自身だけなのだ。



「どうしてだと思いますか?」
 リオネルが王太子殿下に尋ねた。

「うーん、そのキャサリン本人に魅了の魔法でもあるのか、それとも何か薬でも使っているのか?」

「僕もそう思います。ただ、魔法なんて存在しないですよね?」

「そうだな、そんな世界があったら楽しそうだけどね」

「寮で過ごす間、図書館に通い本を読んで調べてみたんですけど……人を惑わす薬草があるとわかったんです」

「へえ、そんな薬草初めて聞いた」

「それが薔薇なんです」

「薔薇?どこの貴族の屋敷にも咲いているだろう?それならみんな誰かしら魅了されていることになるよね」

「普通の薔薇なわけがないでしょう。その薔薇は青い薔薇と呼ばれ、その薔薇の香油から作られるらしいのです。この国にはない、外国で人工的に作られた青い薔薇なんです。簡単には入手できないと思われます」

「ふうん?魅了の、香油……か?」

「キャサリンが人にやたら触れるのはその香油をつけて魅了しているのだと思います。ただし……そんな強いものではないみたいです。その人の深層心理をつかなければいけない。たぶんうちの両親はカレンが自分達に懐かないで祖父母に懐くことを不満に思っていたのでしょう」

「幼いキャサリンがそんなことを知っていて行ったと?それに君は気付いたのならどうして何もしなかったんだ?」

 ーーー俺は……

「興味がなかったんだと思います、妹に……。カレンは王都を嫌い、家族ともあまり馴染もうとしなかった。俺も両親もたぶん、可愛くないと思っていた。そこに男爵が漬け込んだのでしょう」

 そう俺は妹が可愛いと思っていたはず……だけどキャサリンのように俺を慕って甘えてこない、カレンのことを本当に可愛いとは思っていなかったんだ……

「そう、じゃあ、キャサリンだけが悪いんじゃないんだね」

「男爵がカレンの悪口を娘に話してたんだと思います。その香油も男爵の仕業だと思います。まあ、キャサリンの性格ももちろん災いしているとは思いますが」

「だけどそんなことして何か男爵に得することがあるのか?それに話を聞いているとそのキャサリンっていう子もいい性格を幼い頃からしているね。ズル賢いのかあざといのか……会ってみたいな」

「男爵にとって得るもの……公爵家からの美味しい仕事?キャサリン本人は確かに得るものばかりだけど……」


 公爵家の領地は膨大だ。
 だからそれぞれ分家に領地の運営を任せている。

 祖父母が住む領地は父の従兄弟が管理運営を行なっていた。だから父はあの領地には訪れようとしなかった。何かあれば従兄弟が王都に顔を出しに来ていた。

 何故あんなに仲が悪いのか……

 俺は知っていたが殿下に黙っていた。

「公爵と公爵夫人の結婚にはいろいろ問題があったからね、そこかな?それとも領地の運営をめぐる争い?」

 殿下は知っていたのか……



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