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いち。

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 この塔から身を投げれば………

「やめろ!」
「やめてください!」
「王妃様!」


 わたしは追い詰められていた。

 振り返り精一杯の笑顔で彼らに言った。

「さよなら」

 そしてわたしはそのまま身を投げて………



 何度この夢を見たかしら。
 どんなに苦しくて踠き、抗ってもいつも最後はこの塔に辿り着いてしまうの。

 わたしだけど、わたしではない、もっと大人の女性が悲しそうに振り返る、そしていつも一人の男の人を見て、やはり寂しく微笑んで飛び降りる。

 幼い時はその夢が怖くていつもお祖母様のベッドに潜り込んで一緒に眠った。

 今は泣くことはないけど、慣れることもない。

 ぐっすり眠ることが出来ず広い部屋で眠れぬ夜を過ごすことに慣れてしまった。そう、この夢には慣れることはないけど、その代わりに眠れないことに慣れてしまった。この夢を見た後は眠れなくていつも窓から暗い空を眺めて時間を過ごした。

 わたしの両親は仕事が忙しく、わたしは祖父母に育てられた。この田舎の領地で走り回って友達と湖に行ったり、山小屋で子供たちだけで過ごして冒険をしたりして、のびのびと育った気はする。

 あ、もちろん山小屋には管理人のおじちゃん達が居てお世話はしてくれるし、遠巻きに護衛はいたのでしっかり守ってくれていた。

 そんな幸せな日々はお父様からの手紙で終わりを迎えた。


『王都で社交界デビューをするように』

 わたしももう15歳になった。貴族子女として社交界での交流は欠かせない。

 田舎の領地とは言え、幼い頃から令嬢としての嗜みはしっかり厳しく教育されて来たので身についてはいた。

「お祖母様……わたし二人と離れたくない」
 なんとかこの領地から出なくてもいいようにならないかとお祖父様にも掛け合った。だけどやはりわたしの意見は通らなかった。

「わたし達もお前を手放すのは寂しい。だが本当はもっと前に王都に行かなければいけなかったんだ。それを今まで先延ばしにして来た。これ以上は引き延ばせない」

 お祖父様は申し訳なさそうにわたしを見た。

 お祖母様も「とても寂しくなるわ」と言ってくれたが、「行かなくてもいい」とは言ってくれなかったわ。

 両親にとっての子供は兄様だけ。兄様はずっと手元に置いて一緒に暮らしていた。わたしはずっと祖父母のところに預けられて、誕生日すら祝ってもらったことがない。

 もうわたしのことは忘れているのだろう、それならそれでいいと思っていた。
 ずっと大好きな領地で暮らせるならば十分幸せだと思っていた。

 なのに、わたしが15歳になったことを思い出したのかしら?無理矢理王都に呼び戻すなんて……

 逃げてしまいたい。だけどそうするとわたしを育ててくれた祖父母が今度は責任を問われる。

「はあー、行きたくない」

 何度溜息をついただろう。

「この領地ともしばらくお別れね」

「カレン様、わたしついて行きますから!」

 エマはわたし付きのメイド。5歳年上で執事のビルの娘でずっと一緒に育った。

 わたしにとってはお姉様にみたいな人。

「でも、エマが王都に行くとキースが寂しがるんじゃない?」

「ふふふ、大丈夫です!キースも王都のタウンハウスに移動願いを出しました。大奥様から許可をいただいて向こうでキースは執事見習いをすることになりました!」

 エマは誇らしげに胸を張って言うのでわたしは思わず、ぷっと吹き出した。

「あらあらじゃあラブラブな二人は邪魔者がいなくなってさらに愛を深めるのね?」

「えっ?違いますぅ!カレン様のそばに少しでも気心の知れた人がいる方がいいと思って二人で移動願いを出したんです!」

「わかってるわ、ありがとう。二人がいてくれたら向こうに行くのも少しだけ頑張れそうだわ。それにビルの怖い目がなくなって二人が、こそこそデートしなくていいし、いいことばかりね?」

「父はキースとのことを反対しているわけではないと思うのですが、いつも何かと難癖をつけてきて……ほんと、子離れしないんですよね。わたしももう20歳なのに」

「エマが羨ましいわ、好きな人がいて両思いなんて」

「カレン様もいつか好きな人が出来ます!愛する人と一生を共に過ごしたいと思える人に出会えますよ」

「わたしに……恋が出来るかしら?」

 両親は愛のない夫婦なんだと思う。

 互いに仕事ばかりして唯一共通の関心は兄様のことだけらしい。兄様が爵位を継ぐために二人は兄様の教育にとても熱心だ。

 そう、女の子のわたしにはなんの関心も示さないのは跡取りでもなくなんの価値もないから。

 おかげで結婚に対しても恋愛に対しても全く興味がわかない。

 今のところ婚約者はいないけど、王都に出てこいということは、婚約者探しをするということだ。

 たぶん兄様にとって少しでも役に立つように、実家にとって都合の良い貴族のところに嫁がされるのだろう。

「エマとキースがそばに居てくれるならそれ以上は要らないわ」





 そしてわたしは領地で一緒に遊び一緒に学んだ友人たちと、涙涙でさよならをして王都へと旅立った。
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