上 下
72 / 76

番外編 ダニエルとその子供達③

しおりを挟む
 ネヴァンス侯爵家の屋敷は思った以上に厳重になっていた。
 門に近づいた途端、「勝手に入ることは出来ません」と公爵であるわたしに対しても門前払いだった。

「わたしが誰だかわかって言っているのか?」

 門兵は「申し訳ございません。例えどなたであろうと許可なき者は通さないようにと申しつけられております」
 顔色ひとつ変えないではっきりと言われた。

「これだけしっかりしていれば、これからのダイアナのここでの生活は安心出来るな」

 わたしのその一言に門兵二人は深々と頭を下げてくれた。

「ひとつ頼みがある。アシュアにダニエルが来たと伝えてくれないか?」

「………わかりました、少々お待ちください」


 しばらく門の外で待っていると、「アシュア様がお帰りくださいとのことです、申し訳ありません」と謝られた。

「せめてこの花束だけでも渡してくれないか?」

 自分が公爵の地位にいようと今のわたしは何もできない男でしかない。それを思い知らされながらも「頼む、この花だけはダイアナに渡したいんだ。わたしの名前は出さなくていい、会えなくてもいい、だけどエレファの好きだった花をどうしても今日渡したいんだ」

 渡すのを躊躇って諦めたくせに、今更なのにやはり渡したかった。せめてエレファの想いを届けたかった。

「あら?ダニエル、自分がどれだけダイアナに冷たくしてきたかわかっているくせによく会いに来れたわね」

「アシュア、わかっている。だからわたしからだと言わなくていい、会えなくてもいい。エレファが好きだった花を渡したいんだ」

「エレファを裏切っておいてよく言えたわね?エレファの女としての尊厳を壊しておいて。わたしは貴方を絶対に許さないわ。王妃が許してもね」

「……わかっている、許されるなんて思っていない」

「さっき、王妃からの伝言が早馬で来たわ。貴方が来るとね。ダイアナが貴方が来て喜ぶと思って?あの子はやっと貴方達から離れることが出来て幸せになったのよ?」

「…………帰るよ」

 流石に甘い考えだとわかってはいた。勢いだけで来た。だけど浅はかだった。



「ふぅ……どうぞ、でも会わせないわよ。花を置いたら帰って」


 そっと扉に近づきそっと花束を置いた。そして扉をノックすると中から「はい?」と声が聞こえたので急いでその場を離れた。

 使用人は中から返事が来てから声をかけて扉を開けて中に入る。中にいる人が開けることはない。

 やはりしばらくなにも動きはなかった。

 しばらくして、中からそっと扉が開いた。
 ダイアナは花束を見て驚きながらも廊下を見回してから、少し悩みながら花束を持って部屋の中へ戻っていった。

 
 メッセージカードは入れていない。

 わたしはエレファの好きなかすみ草の他に黄色のスターチスと青い薔薇を入れた花束をダイアナに贈った。

 【かすみ草は『幸福』黄色のスターチスは『愛の喜び・誠実』青い薔薇は『夢かなう・神の祝福』」】

 エレファが好きだった花言葉。それを真似して作ってもらった花束だった。
 
 わたしが隠れている姿をアシュアが見ていた。

「ダニエル、もう帰って。ダイアナとはわたしが話すから。まだ貴方には会う資格はないわ。冷たいかもしれないけどダイアナが会いたいと言わない限り貴方を近づけるつもりはないの」

「わかっている、花束を渡せただけで十分だ、それにあの子の声を聞けたし姿も見れた。アシュア、ありがとう」

 わたしはもう十分だった。
 そしてアシュアはわたしから離れてダイアナの部屋へと向かった。

 そして扉をノックするとまたダイアナの声がかすかに聞こえた。

「はい?」

「アシュアよ、入ってもいいかしら?」

「どうぞ」

 わたしはその声が聞こえた瞬間、唇を噛み締めぐっと手に力を入れた。
 そして、その場から去った。




 屋敷に帰ると、二人が少し緊張気味に迎えに出てきた。

「お義姉様に会えましたか?」

 ジェファの問いに、「会わずに花束だけを置いてきた」と説明した。
 わたしの顔を見てそれ以上は何も聞かないでくれた。

 わたしはこの二人に愛情はないと思っていた。ミリアの子で無理やり跡取りとして作らされた子供。わたしの意思はそこにはなかった。ずっとそう思っていた、いや、そう思い込んでいた。
 ただダイアナを避けるためにこの子達といた、そんな気持ちだった。
 だけど、この子達のおかげで、平常心を保つことが出来ているのだと今更ながら感じた。
 二人の顔を見た瞬間、緊張していた気持ちが安堵に変わっていた。

 わたしは………この子達を愛していたんだ。

 ダイアナのことばかり考えていたけど、この子達は自分の立ち位置を理解し、義姉を虐げでいたことを反省して、いつもこの屋敷でビクビクしながら過ごしていたことに気がついた。

「ジェファ、エリーナ、ここに座りなさい。わたしは父親として愚かだった。周りを見ることもできず子供達の心を傷つけて踏み躙って……すまない。お前達を可愛がっているふりをしていつもダイアナのことしか見ていなかった。……ダイアナを傷つけながら暮らし、ダイアナがわたしから離れてしまったら今度はお前達のことを見ようともしなかった……」

 ふと二人を見ると俯き体が小刻みに震えていた。

「すまなかった……やっと気がつくなんて……遅すぎたと分かっていても、伝えておきたい」

 二人のそばに行き二人の肩に手を置いた。

「わたしはお前達を愛していたんだ。とても大切な息子と娘なんだ」

「……………お父様?」
 エリーナが涙いっぱいの目でわたしを見つめた。

 ジェファは俯いたままだった。

 そして二人がわたしに抱きついて……泣き出した。

「わたしは要らない子ではないの?生まれてきてもよかったの?」

「当たり前だ、エリーナが生まれてきてくれてとても嬉しいよ」

「ほんとぉに?」

「もちろんだ、こんなお父様だけど一緒に暮らしてくれるかい?」

「はい!」
 エリーナは泣きながらも必死で笑顔を作ろうとしてくれた。
 ジェファはただ泣き続けた。

 ダイアナのこともずっと分かっていて、どうすることもできずわたしと共に存在を無視して過ごしてきたジェファ、わたしのせいで姉を虐げされられて後悔や懺悔の気持ちが今も続いている。

「ジェファ、ダイアナが以前、お前達を大切にしてほしい、と言われたんだ。なのにわたしはダイアナを不幸にしておいてお前達を可愛がることに罪悪感を感じて優しく出来なかった。だけど今ならわかる。ダイアナはお前達には自分と同じ辛い目にあって欲しくないと思っているんだと。ずるいかもしれない、だけどお前達と本当の家族になりたい」





「お父様、こちらの書類ですが、少し計算がおかしいところがあるので報告書をもう一度精査したいた思います」

 16歳になったジェファはわたしの片腕として仕事をこなすようになっていた。いつかは公爵の地位を譲りわたしは領地で一人で暮らすつもりだ。
 エレファが好きだと言ったかすみ草が沢山咲く場所で。

 夏季冷涼な気候を好んで生育するかすみ草。エレファが好きな場所は高冷地で夏でも涼しい環境でそよ風を運び、初夏から晩秋にかけて「満天の星」を思わせる無数の花々を咲かせる、わたしはそこで一人エレファを想いながら生きていこうと思う。

「お父様、結婚するまではわたしのそばに居てくださいね」エリーナはわたしの気持ちに気がついているのか、いつもそう言って甘えてくる。

 まだ11歳の可愛い娘を残して去るわけにもいかず苦笑いをしながらもわたしは二人のそばでダイアナのことを思いながら暮らし続ける。

わたしの贖罪は、この子達を大切に育てること。後悔と罪悪感を感じながら。





◆ ◆ ◆

ミリア編をこの後書くつもりです。

あと少しだけお付き合いくださいね。

たぶん数日後になると思います……


そして【子供ができたので離縁致しましょう】の

『終わり。の続き。』を書きました。短めの1話ですが。もしよければ読んでみてくださいね。







 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

【完結】何度時(とき)が戻っても、私を殺し続けた家族へ贈る言葉「みんな死んでください」

リオール
恋愛
「リリア、お前は要らない子だ」 「リリア、可愛いミリスの為に死んでくれ」 「リリア、お前が死んでも誰も悲しまないさ」  リリア  リリア  リリア  何度も名前を呼ばれた。  何度呼ばれても、けして目が合うことは無かった。  何度話しかけられても、彼らが見つめる視線の先はただ一人。  血の繋がらない、義理の妹ミリス。  父も母も兄も弟も。  誰も彼もが彼女を愛した。  実の娘である、妹である私ではなく。  真っ赤な他人のミリスを。  そして私は彼女の身代わりに死ぬのだ。  何度も何度も何度だって。苦しめられて殺されて。  そして、何度死んでも過去に戻る。繰り返される苦しみ、死の恐怖。私はけしてそこから逃れられない。  だけど、もういい、と思うの。  どうせ繰り返すならば、同じように生きなくて良いと思うの。  どうして貴方達だけ好き勝手生きてるの? どうして幸せになることが許されるの?  そんなこと、許さない。私が許さない。  もう何度目か数える事もしなかった時間の戻りを経て──私はようやく家族に告げる事が出来た。  最初で最後の贈り物。私から贈る、大切な言葉。 「お父様、お母様、兄弟にミリス」  みんなみんな 「死んでください」  どうぞ受け取ってくださいませ。 ※ダークシリアス基本に途中明るかったりもします ※他サイトにも掲載してます

処理中です...