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ダイアナとジャスティア④
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ーーきつい!
生まれてこのかた、重たいものなど持ったことがない。こんなに走ったこともない。
「ジャスティア様、そこまで急がなくても大丈夫ですよ?先に医者に診てもらえるはずですから」
一緒に走っている騎士は平然と走っている。
話しかけてきても息が上がることすらない。
そんなことわかっている。だけどあの男の子の顔を思い出すと心配で走らずにいられなかった。
だけど走ったことがないから足が遅い。足がもつれる。
もうダメ!走れない!
そう思っていたら目の前にキースとダイアナが!
二人がわたしの姿に驚いて目を見張っているのがわかった。
思わず立ち止まり、
「貴方達にかまっている暇はなくてよ?」
そう言って騎士に
「急ぐわよ!」と言ってまた走り出した。
ーーもう!なんなのよ!
イチャイチャしてムカつく!
だけど腹が立つよりあの男の子のことが気になって二人のことなんてどうでもよく感じた。
必死で走っていると騎士がわたしの背中を押してくれた。
「ジャスティア様失礼します。あまりにも遅いので後ろから押させてもらいます」
「そんなこと出来るならもっと早くしなさいよ!」
文句を言いながらとにかく押してもらった。
でももう限界。
立ち止まってハアハア言っていると
「失礼致します」
騎士はそう言ってわたしを横抱きに抱えて走り出した。
「きゃっ!あ、な、なに?え、えっ?」
驚いて叫んだけど、落ちそうになって思わず騎士の首に腕を回した。
「しっかり捕まっていてください。走りますから!あの男の子、絶対助かりますよ!」
「な、なによ!あなたたち、最初助けようともしなかったくせに!」
「助けてあげたかったですよ。でも俺たちが手を出せる訳ないです。あの子一人を助けてあげられるほどのお金はありません。慈善で手は出せません。一人助けても周りを見ればもっとたくさん助けないといけない子がいるんです」
「助けられない?」
「言ったでしょう?たくさいるんです。俺たちだって助けたいですよ」
「だからわたしが助けるように態とあんな言い方をしたの?」
「それしかあの子を助けられませんでした。すみません」
「……とにかく早く連れて行ってちょうだい。わたくし走るのもう疲れたわ」
「ジャスティア様の『わたくし』は人に命令する時にしか使わないですよね?それも自分の心を誤魔化している時だけなんですかね?」
「なっ!」
ーーわたしのこと知りもしないのに、何言い出すのよ!
幼い頃から傲慢で我儘。そんなのわかってる。
そのことを意識して人に命令する時たまに『わたくし』と言ってしまう時がある。無意識なのに指摘されるとなんだかムカつくし恥ずかしい。
病院へ着いた。
先に男の子を抱えて走ってきた騎士は廊下の椅子に座っていた。
「どうなったの?」
「まだ診察中です」
「……助かるかしら?」
「わかりません。でもありがとうございます」
「あら?何故貴方がお礼を言うの?」
「俺とこいつは孤児院出身なんです。剣の才能がある奴は、侯爵家が見習い騎士として受け入れてくれるんです。だから俺たちは12歳から侯爵家で騎士として教育されます。文字や数学、歴史、常識的なマナーなども教わります。おかげで生きていくことができます。そんな運良く生きてこられるのはほんの一握りなんです。さっきの子みたいな人生が孤児では当たり前なんです」
「そうなのね。貴方達は護衛をしながら態とそんな子がいそうな場所にわたしを連れて行ったの?」
「…あんな酷い状態の子がいるとは思っていませんでしたが孤児の状況を知って欲しいと思ったのは嘘ではありません。あの子を助けるだけの力がまだ自分たちにはありません。食べ物をたまに届けてやるのが精一杯です」
「……そう」
わたしの知っている世界はみんな幸せそうだ。まだまだ大人の保護を必要としている子達がたくさんいるなんて思わなかった。ましてや孤児院を自ら出て行って小さな子達に少しでも食べる量が増えるようにしているなんて。
「こんなわたくしでも出来ることはあるのかしら?」
誰に聞いているわけでもなくわたしは呟いた。
待っている時間は長かった。
そんな時、キースとダイアナがわたしの前に現れた。
「なんで貴方達がここに来るの?」
心の中がザワザワして少し前の王女の時の気持ちが戻ってくる。思わず声が大きくなった。
「ジャスティア様、ここは病院です」
一緒に来た騎士が声をかけてきた。
「そうだったわ、大きな声を出してごめんなさい」
わたしのこの言葉に二人は少し驚いていた。
ーー何よ、わたしだって謝る言葉くらい知っているわ。
「先ほどは失礼致しました。お怪我はありませんでしたか?」
もう一人の騎士が突然ダイアナに謝った。
「大丈夫です。転んだだけで怪我はありませんでした」
騎士に優しく声をかけた後わたしに振り返った。
「突然すみません。男の子が気になったので追いかけてしまいました。男の子は大丈夫でしたか?」
騎士とダイアナがぶつかって転んだらしい。
なんでよりによってダイアナなの?
キースは何も言わずダイアナのそばで見守っていた。わたしが言葉の攻撃をしたらどうするのかしら?
もちろんダイアナを守りわたしは我儘を言って意地悪をするだけの女になるのよね。
今までのわたしならそうしていた。でも今のわたしは王女ではない。
お父様に見捨てられ、お義母様に助けてもらっているだけの人……惨めだわ。
「まだ診察中よ、うちの騎士が迷惑かけたようね、謝罪するわ」
「ジャスティア様、責めたくて来たわけではありません」
「わかっているわ、でもこんなにたくさんの人がいると迷惑になるわ、結果がわかったら連絡するから」
ーー帰って、こんな惨めなわたしをキースに見られたくないの。
「……あ、ごめんなさい、そうですね。帰ります」
二人はすぐに帰って行った。
騎士達は話しかけることもなく病院の待合室は静かだった。
しばらく待ち続けた。
「もう大丈夫です」
診察室から出てきたお医者様が疲れた顔をして出てきた。
わたしの顔を見るなり「あ……」と言って頭を深々と下げてきた。
「男の子はどうなったの?」
「栄養失調と小さな体で無理して働いてきたので体の中はボロボロです。しばらくは入院させて治療を行なっていきたいと思いますがよろしいですか?」
「入院費はわたしが払うからきちんと治るまで診てあげて、じゃあわたくしは帰るわ」
「男の子に会って帰られませんか?」
お医者様の言葉に「わたくしがそんな小汚い子に会えと?」と一瞥して去った。
◇ ◇ ◇
「先生、あの方とここでお会いしたことは忘れてください」
ジャスティアが去った後、男の子を連れてきた騎士は医者にジャスティアと会ったことを無かったことにするように頼んだ。
「あんな姿初めて見ましたよ。夜会では人一倍煌びやかなドレスを着てたくさんの人を侍らせて傲慢なお姿しか知りませんでした。男の子を心配してお待ちになっていたんですよね?しかも、髪の毛が乱れているのも気にもしないで」
医者はジャスティアの姿に驚きながらも好意的に受け取ってくれた。
「わたしは先程のお方の名前すら聞いておりません。治療費をしっかり払ってくだされば誰だろうと関係ありませんから」と態と言った。
「ありがとうございます。男の子をよろしくお願い致します」
騎士はまた後で来ると言って帰ることにした。
そっと病室を覗き「よかったな、助かって。俺に助けるだけの力がなくてすまない。もっとみんなが少しでも楽に生きていけるように頑張るからお前も頑張って、生きてくれ」
騎士は目を赤くして病室を出て行った。
◇ ◇ ◇
「キース様…あの男の子は助かりますよね?」
「ジャスティア様が居るから大丈夫だ。あのお方なら何があっても強引に助けてしまうさ」
「はい……」
思わずあそこに行ってしまったけど行かなければよかった。ジャスティア様の傷ついた顔が頭から離れない。
わたしの前ではいつも強い言葉しか言わない人だった。でも目を逸らさず話してくれる。わたしの存在を認めて話してくれる。だから嫌いになれなかった。
同じように母を亡くし義母がいる。
なのにわたしは義母にも父にも愛されなかった。
異母弟妹とも仲良くなれなかった。
彼女は王妃様に愛され父親にも愛された人。なのに愛を求めた人。
彼女は全て表に出した。わたしは出さなかった。それだけ。心の中の叫びは同じだったのかもしれない。
◆ ◆ ◆
【イアンとオリエの恋 ずっと貴方が好きでした】
新しい話を更新しました。
生まれてこのかた、重たいものなど持ったことがない。こんなに走ったこともない。
「ジャスティア様、そこまで急がなくても大丈夫ですよ?先に医者に診てもらえるはずですから」
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だけど走ったことがないから足が遅い。足がもつれる。
もうダメ!走れない!
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「急ぐわよ!」と言ってまた走り出した。
ーーもう!なんなのよ!
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だけど腹が立つよりあの男の子のことが気になって二人のことなんてどうでもよく感じた。
必死で走っていると騎士がわたしの背中を押してくれた。
「ジャスティア様失礼します。あまりにも遅いので後ろから押させてもらいます」
「そんなこと出来るならもっと早くしなさいよ!」
文句を言いながらとにかく押してもらった。
でももう限界。
立ち止まってハアハア言っていると
「失礼致します」
騎士はそう言ってわたしを横抱きに抱えて走り出した。
「きゃっ!あ、な、なに?え、えっ?」
驚いて叫んだけど、落ちそうになって思わず騎士の首に腕を回した。
「しっかり捕まっていてください。走りますから!あの男の子、絶対助かりますよ!」
「な、なによ!あなたたち、最初助けようともしなかったくせに!」
「助けてあげたかったですよ。でも俺たちが手を出せる訳ないです。あの子一人を助けてあげられるほどのお金はありません。慈善で手は出せません。一人助けても周りを見ればもっとたくさん助けないといけない子がいるんです」
「助けられない?」
「言ったでしょう?たくさいるんです。俺たちだって助けたいですよ」
「だからわたしが助けるように態とあんな言い方をしたの?」
「それしかあの子を助けられませんでした。すみません」
「……とにかく早く連れて行ってちょうだい。わたくし走るのもう疲れたわ」
「ジャスティア様の『わたくし』は人に命令する時にしか使わないですよね?それも自分の心を誤魔化している時だけなんですかね?」
「なっ!」
ーーわたしのこと知りもしないのに、何言い出すのよ!
幼い頃から傲慢で我儘。そんなのわかってる。
そのことを意識して人に命令する時たまに『わたくし』と言ってしまう時がある。無意識なのに指摘されるとなんだかムカつくし恥ずかしい。
病院へ着いた。
先に男の子を抱えて走ってきた騎士は廊下の椅子に座っていた。
「どうなったの?」
「まだ診察中です」
「……助かるかしら?」
「わかりません。でもありがとうございます」
「あら?何故貴方がお礼を言うの?」
「俺とこいつは孤児院出身なんです。剣の才能がある奴は、侯爵家が見習い騎士として受け入れてくれるんです。だから俺たちは12歳から侯爵家で騎士として教育されます。文字や数学、歴史、常識的なマナーなども教わります。おかげで生きていくことができます。そんな運良く生きてこられるのはほんの一握りなんです。さっきの子みたいな人生が孤児では当たり前なんです」
「そうなのね。貴方達は護衛をしながら態とそんな子がいそうな場所にわたしを連れて行ったの?」
「…あんな酷い状態の子がいるとは思っていませんでしたが孤児の状況を知って欲しいと思ったのは嘘ではありません。あの子を助けるだけの力がまだ自分たちにはありません。食べ物をたまに届けてやるのが精一杯です」
「……そう」
わたしの知っている世界はみんな幸せそうだ。まだまだ大人の保護を必要としている子達がたくさんいるなんて思わなかった。ましてや孤児院を自ら出て行って小さな子達に少しでも食べる量が増えるようにしているなんて。
「こんなわたくしでも出来ることはあるのかしら?」
誰に聞いているわけでもなくわたしは呟いた。
待っている時間は長かった。
そんな時、キースとダイアナがわたしの前に現れた。
「なんで貴方達がここに来るの?」
心の中がザワザワして少し前の王女の時の気持ちが戻ってくる。思わず声が大きくなった。
「ジャスティア様、ここは病院です」
一緒に来た騎士が声をかけてきた。
「そうだったわ、大きな声を出してごめんなさい」
わたしのこの言葉に二人は少し驚いていた。
ーー何よ、わたしだって謝る言葉くらい知っているわ。
「先ほどは失礼致しました。お怪我はありませんでしたか?」
もう一人の騎士が突然ダイアナに謝った。
「大丈夫です。転んだだけで怪我はありませんでした」
騎士に優しく声をかけた後わたしに振り返った。
「突然すみません。男の子が気になったので追いかけてしまいました。男の子は大丈夫でしたか?」
騎士とダイアナがぶつかって転んだらしい。
なんでよりによってダイアナなの?
キースは何も言わずダイアナのそばで見守っていた。わたしが言葉の攻撃をしたらどうするのかしら?
もちろんダイアナを守りわたしは我儘を言って意地悪をするだけの女になるのよね。
今までのわたしならそうしていた。でも今のわたしは王女ではない。
お父様に見捨てられ、お義母様に助けてもらっているだけの人……惨めだわ。
「まだ診察中よ、うちの騎士が迷惑かけたようね、謝罪するわ」
「ジャスティア様、責めたくて来たわけではありません」
「わかっているわ、でもこんなにたくさんの人がいると迷惑になるわ、結果がわかったら連絡するから」
ーー帰って、こんな惨めなわたしをキースに見られたくないの。
「……あ、ごめんなさい、そうですね。帰ります」
二人はすぐに帰って行った。
騎士達は話しかけることもなく病院の待合室は静かだった。
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医者はジャスティアの姿に驚きながらも好意的に受け取ってくれた。
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「ありがとうございます。男の子をよろしくお願い致します」
騎士はまた後で来ると言って帰ることにした。
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騎士は目を赤くして病室を出て行った。
◇ ◇ ◇
「キース様…あの男の子は助かりますよね?」
「ジャスティア様が居るから大丈夫だ。あのお方なら何があっても強引に助けてしまうさ」
「はい……」
思わずあそこに行ってしまったけど行かなければよかった。ジャスティア様の傷ついた顔が頭から離れない。
わたしの前ではいつも強い言葉しか言わない人だった。でも目を逸らさず話してくれる。わたしの存在を認めて話してくれる。だから嫌いになれなかった。
同じように母を亡くし義母がいる。
なのにわたしは義母にも父にも愛されなかった。
異母弟妹とも仲良くなれなかった。
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