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出て行け!
二人の再会。
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「あの子は……俺の息子?」
体が震えた。
嬉しさと喜びと、そして、まさかという気持ちと。
頭の中が真っ白になりどうしていいのかわからなかった。
このまま、あの二人のところへ駆け出したい。でも体は動かなかった。
遠くからこっそり気付かれないように少しの間眺めて俺はその場を立ち去った。
今、二人に会いにいくことはできない。許されないことだ。
それからは毎日家の前を何度となく通り過ぎるだけの生活を送った。本当はずっと二人を見ていたかった。
あの男の子に話しかけたかった。俺が父親だと。
でもそんな勝手なことはできない。
彼女の笑顔は幸せそうだから。その笑顔を俺が壊すことはできない。
もしかしたら新しい夫がいるのかもしれない。もしかしたら恋人くらいはいるのかもしれない。
近所の聞き込みをすると母子で暮らしていることがわかった。
思った通り隣の領主邸の伯爵夫妻と友人で、敢えて伯爵夫妻が何かあってはいけないと隣に家を建てそこに住まわせているらしい。
伯爵家のお抱えの針子として注文を受けいろんなものを縫っているらしい。
腕前はこの伯爵領では有名で伯爵を通して他の貴族の婦人からも頼まれドレスなども縫っていると訊いた。
妻は確かに言っていた。
『わたしは勉強はできないけど縫い物や絵は得意なの』
だけど俺は知っている。妻は優秀すぎる兄姉のせいで自己肯定感が低いだけで、本当は勉強だって得意だった。
料理だって洗濯だって、家事も全部使用人達に習ってすぐにこなせるようになった。
とても器用で繊細で、人に対して驕らず優しい妻。
そんな妻が子供にとても愛おしそうに笑っていた。
俺はその姿を遠くからこっそり覗き、そして……あの幸せを壊すことも踏み入ることもできず眺めていた。
休暇もあと少しで終わる。
このまま声をかけずに帰ろう。
俺がここに来れたくらいだ。妻の実家はもう居場所を知っているのだろう。
だからこそ俺に伝えなかったんだと思う。
妻を傷つけ不幸にした俺を近寄らせないために。
彼女に会って話をしてから離婚届を出すつもりだった。
でもこのまま家に帰ったら、すぐに離婚届を出すつもりだ。慰謝料は、妻の実家に届けよう。
俺は何も知らないことにしてこのまま消えてしまおう。
最後だ。
最後に……いつもより長く家の方へ視線を向けた。家からは見えない柵のところに立ち、隙間から覗く。
不審者にしか見えないなと思いながら、あと少し。あと少しだけ、家から妻が息子が姿を現さないかと待っていた。
「おじちゃん、ふく、ぬれてる」
足元から子供の声が聞こえた。
ーーえっ?
下を見ると俺の息子が……慣れた俺を見ながら心配そうに話しかけてきた。
ーーいつの間に?
気付かないうちに外に出ていたらしい。
知らない大人に声をかけて何かあったらどうするんだ。思わずそう言いそうになった。
グッと堪えて作り笑いをした。
「ああ、さっき雨が降ったから」
「さむい?」
「寒くはない。大人だからね。ありがとう、心配してくれて」
俺は必死で笑顔を作ったまま話した。
気が緩めば泣いてしまいそうだった。
大の大人が泣くなんて……それも騎士で……そこそこ実力も地位もあるのに…こんな姿を殿下が見たら馬鹿にして笑うだろうな。
『お前が泣く姿なんて想像出来ないよ!』
何故か殿下の笑う顔が浮かんだ。
「おじちゃん、うちにくる?」
「は?」
驚いて息子の顔を見た。
「あったまる?タオルあるよ?」
「知らない人にそんなこと言ったら駄目だぞ」
「え?でもいっぱいおはなし、したから、もうしらないひと、じゃないよ?」
「優しい子だな、早く家に帰りなさい。おじさんももう帰るから」
そう言って息子を家に帰らせた。
あと少し、家の中に入るのを見送ったら立ち去ろう。
玄関に現れた妻。
息子と妻が話をしている。そして俺に視線を向けた。
妻は驚いた顔をして慌てて息子をしゃがんで抱きかかえると家の中へと帰って行った。
俺は……いつも遠くからだったので久しぶりに妻の顔をまともに見た気がする。
何年も経っているのに妻はやはり美しく可愛らしい人だった。
体が震えた。
嬉しさと喜びと、そして、まさかという気持ちと。
頭の中が真っ白になりどうしていいのかわからなかった。
このまま、あの二人のところへ駆け出したい。でも体は動かなかった。
遠くからこっそり気付かれないように少しの間眺めて俺はその場を立ち去った。
今、二人に会いにいくことはできない。許されないことだ。
それからは毎日家の前を何度となく通り過ぎるだけの生活を送った。本当はずっと二人を見ていたかった。
あの男の子に話しかけたかった。俺が父親だと。
でもそんな勝手なことはできない。
彼女の笑顔は幸せそうだから。その笑顔を俺が壊すことはできない。
もしかしたら新しい夫がいるのかもしれない。もしかしたら恋人くらいはいるのかもしれない。
近所の聞き込みをすると母子で暮らしていることがわかった。
思った通り隣の領主邸の伯爵夫妻と友人で、敢えて伯爵夫妻が何かあってはいけないと隣に家を建てそこに住まわせているらしい。
伯爵家のお抱えの針子として注文を受けいろんなものを縫っているらしい。
腕前はこの伯爵領では有名で伯爵を通して他の貴族の婦人からも頼まれドレスなども縫っていると訊いた。
妻は確かに言っていた。
『わたしは勉強はできないけど縫い物や絵は得意なの』
だけど俺は知っている。妻は優秀すぎる兄姉のせいで自己肯定感が低いだけで、本当は勉強だって得意だった。
料理だって洗濯だって、家事も全部使用人達に習ってすぐにこなせるようになった。
とても器用で繊細で、人に対して驕らず優しい妻。
そんな妻が子供にとても愛おしそうに笑っていた。
俺はその姿を遠くからこっそり覗き、そして……あの幸せを壊すことも踏み入ることもできず眺めていた。
休暇もあと少しで終わる。
このまま声をかけずに帰ろう。
俺がここに来れたくらいだ。妻の実家はもう居場所を知っているのだろう。
だからこそ俺に伝えなかったんだと思う。
妻を傷つけ不幸にした俺を近寄らせないために。
彼女に会って話をしてから離婚届を出すつもりだった。
でもこのまま家に帰ったら、すぐに離婚届を出すつもりだ。慰謝料は、妻の実家に届けよう。
俺は何も知らないことにしてこのまま消えてしまおう。
最後だ。
最後に……いつもより長く家の方へ視線を向けた。家からは見えない柵のところに立ち、隙間から覗く。
不審者にしか見えないなと思いながら、あと少し。あと少しだけ、家から妻が息子が姿を現さないかと待っていた。
「おじちゃん、ふく、ぬれてる」
足元から子供の声が聞こえた。
ーーえっ?
下を見ると俺の息子が……慣れた俺を見ながら心配そうに話しかけてきた。
ーーいつの間に?
気付かないうちに外に出ていたらしい。
知らない大人に声をかけて何かあったらどうするんだ。思わずそう言いそうになった。
グッと堪えて作り笑いをした。
「ああ、さっき雨が降ったから」
「さむい?」
「寒くはない。大人だからね。ありがとう、心配してくれて」
俺は必死で笑顔を作ったまま話した。
気が緩めば泣いてしまいそうだった。
大の大人が泣くなんて……それも騎士で……そこそこ実力も地位もあるのに…こんな姿を殿下が見たら馬鹿にして笑うだろうな。
『お前が泣く姿なんて想像出来ないよ!』
何故か殿下の笑う顔が浮かんだ。
「おじちゃん、うちにくる?」
「は?」
驚いて息子の顔を見た。
「あったまる?タオルあるよ?」
「知らない人にそんなこと言ったら駄目だぞ」
「え?でもいっぱいおはなし、したから、もうしらないひと、じゃないよ?」
「優しい子だな、早く家に帰りなさい。おじさんももう帰るから」
そう言って息子を家に帰らせた。
あと少し、家の中に入るのを見送ったら立ち去ろう。
玄関に現れた妻。
息子と妻が話をしている。そして俺に視線を向けた。
妻は驚いた顔をして慌てて息子をしゃがんで抱きかかえると家の中へと帰って行った。
俺は……いつも遠くからだったので久しぶりに妻の顔をまともに見た気がする。
何年も経っているのに妻はやはり美しく可愛らしい人だった。
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