【完結】あなたとの離縁を目指します

たろ

文字の大きさ
上 下
122 / 156
嫌です。別れません

29話

しおりを挟む
衆人環視の中で巫女が刺殺される。そのような愉快な催しがあったため、場は少々賑やかな事になったらしい。目が覚め、身動ぎをすれば、側に控えていた神職の物から、その後の事をかなり濁した言葉でオユキは伝えられた。
用意された場の外に出れば、傷が治るとはいえ、あくまで問題が無い範囲。

「どれほど気を失っていましたか。」
「一時間ほどでしょうか。」
「それは、随分とご迷惑を。」
「いえ、場を整える、その言い訳もありましたから。」

首から太刀が抜かれた、そこまではオユキも覚えているが、そこから先はこうして目を覚ますまでの記憶が無い。あの状況であれば、それこそ固まった血が喉に残り、まともに言葉も出ないだろうに。
それについては、それこそ意識の無い間に手が入ったのだろう。

「トモエさんは。」
「今は別室で支度をされていますよ。」
「流石に、勝者の表彰、それに普段のままは許されませんでしたか。」

公爵家から、狩猟者として慣れた装い、それについて出された苦言は退けた物の。だからこそ、式典の場ではと言う事だろう。
オユキにしても、こうして目を覚まして起き上がれば、何やらしっかりと飾り立てられているようでもある。寝て皴に、その懸念もあるが、それこそそうならぬように配慮があったのだろう。
ただ、疲労は完全に抜けてはいない。相応に血を流してもいるのだ。それこそ、完全に回復するにはそれなりの時間もいるだろう。
回復の奇跡、それはかけられるものにも負担があるらしいのだから。

「では、早速動きましょうか。」
「もうしばらく、そのままお休みください。やはり場が荒れていますから、今はまだ鎮静の祈りが先に。」
「相応に流血などもありましたしね。」

ただ、休めるのならば有難いと、上体だけを起こして、改めてオユキは体に不調がないかを確かめる。話す分には問題はないが、額や、頬には痛みが残っているし、喉にしても触れれば痛みがある。
そして、疲労以外の体の重さもある。太刀が抜かれた以上、口から以上にそこから流れたのだから、仕方はあるまい。それにしても、今身につけている衣装も、替えはないはずだが。そちらも、手間をかけたらしい。
そんな事を考えているうちに、ノックの音が部屋に響く。そして案内されてはいってきたのは、見知った顔だ。ただ、振る舞いに関しては、稀にしか見ない物ではあるのだが。

「失礼する。場の浄化、それも間もなく終わると報告を受けた故、巫女オユキの支度について伺いに参った。」
「畏まりました。既に目を覚まされてはいますが、やはり疲労は残っておられる様子。」
「この後については。」
「はい、補助は願う事となりますが。」
「流石に、致命傷を負ったのだ。それはこちらも理解している。であるなら、心苦しくはあるが準備を願いたい。」
「畏まりました。」

初めて見る礼装姿のアベルが、こうして雑事を任されたらしい。オユキはそれではと立ち上がり、歩こうとするが、やはりふらつく。この後の式は基本として、添え物であるため支えの補助があれば問題はない。精々言葉をかける時、その時に注意すれば済む。

「ふむ。」

そして、そのオユキの様子にアベルが眉を顰める。

「不安は分かりますが、血が足りない、そう言った物ですから。」
「已むを得まい。すまないが、補助を。」

そして、アベルの背を追い、神職の肩を借りて歩く。どうにも、それだけの動作で息が上がる始末。回復までは、それなりの時間が必要になりそうだ。

「明後日には、祝祷もあるが。」
「それこそ明日の調子を見て、そうとしか。」
「神の名の下に行われた、それは理解の及ぶものではあるが。」
「トモエさんと、それは随分と久しぶりでしたから。」

日程の理解はオユキにもあるが。やはり羽目を外しすぎた。それこそお互いに。それについては、今日この後にでも色々と話し合う事になるだろう。
そもそもオユキとトモエの日程、変える予定に併せて色々と予定が詰まっているのだ。明日の夜は王城、離宮に招かれて晩餐に。そのまま客室に泊り、翌日は。そういう流れだ。
そして、その後は帰還の準備を行いながら、一度まとめて要望のあったものに対してとなっている。
あと六日。それがこの王都にオユキ達が残る時間だ。

そして、案内された先。開会の宣言が行われたその場には、既に人が並んでいる。オユキはこちらだが、参加者の内目覚ましい成果を見せた者、政治的な配慮だが、そちらと共に、アイリスは石舞台の上だ。
動作が多いそれについては、アイリスが引き取っている。オユキは、それこそ添え物として王の傍らに控える事になる。
石舞台の上は、トモエを先頭に、若い騎士が多く並び、あまり記憶に残っていない年少者なども。
これを政治の場、そうすることに難色はあったのだろうが、それを否定もできないのだろう。やむを得ない事ではあるが。
王が今大会の総括、神々への場の感謝、それを修辞たっぷりに述べるのを聞き流しながら、オユキとしてはこの後、巫女としての宣言、それに向けて改めて体を把握しながら、周囲に目を向ける。
ただ、祭り、それとして観戦に来た者達は構わない。それ以外、送り込んだもの達、栄誉を言祝ぐ場に残れなかった参加者たち、そもそも枠を得られなかった者たちに。勿論距離はあり、はっきりと見る事が出来ない物ではある。ただ、参加しただけの者たち、それとは異なる熱量がそこにあるのは見て取れる。観客は限られている、それを考えれば全体としては分からないが、つまるところ成果は芳しくない。
武を磨く事、それを望んでほしいのは、間口を広げるためには、失敗している。それこそ繰り返すしかない、別の手を講じなければいけないとはわかっているのだが。少なくとも、武、その道を求める者達の熱量、それを高められたことを良しとするしかないだろう。表層の目的は、確かにそれで、こうして果たされたのだから。
眼下では、王がそれぞれを誉めるのに合わせて、持祭が持つ盆の上からアイリスが順に取り上げながら、そこに並ぶ者たちに渡している。上から順では無く、下からとなっているのは文化の違いなのだろう。

「そして、栄えあるこの祭りにて、その確かな技を示したマリーア公爵家の狩猟者、トモエ。戦と武技、彼の神より確かに位を認められた二人を、一切傷を負うことなく下したその栄誉を称える物である。今後も一層励み、その技を存分に後に続くものに示すがよい。」
「彼の神の名のもとに。アイリスからトモエに。その確かな功績を称えて。」
「有難く。今後もより一層の精励を。」

そうして、一通り、今回の記念品の授与が終わればオユキの出番となる。言いたいこと、こうして改めて思うところなどもありはするが。今ここで語る言葉はあくまで巫女として。司祭と諮った上で決まったものだ。
そちら、本来の感想については、この後語る機会もある。
未だに重さは残る体ではあるが、椅子から引きはがすように立ち上がり、それを語る。
結果としては、政治の上ではマリーア公爵の一人勝ち。そして、これまで国の剣と盾であった者たち、それを下した身には、当然刺さる視線もある。
幾つかは真っ当な。しかしそうでは無いものも。逆恨み、それが起きるのは当然理解はしていたが、思ったよりも多い。それが己の向上に向けばいいが、そうでなければ。それこそ神の名のもとに裁きが下るだろう。
今この場には、戦と武技、それに並んで法と裁き、これまで目にしたことのない神像が置かれているのだ。

「どうぞ、此度の戦と武技、彼の神の言葉によく耳を傾けていただけますよう。我々はただ神の奇跡を受けるだけではありません。確かな感謝を返す、そうある物です。ならば彼の神は、武の道、その探究こそを求めるのだと、どうか今一度、それを改めて。」

そこまで言い切って、聖印を切る。どうにも、こういった式典、その流れの中ではその行為に明確な意味があるらしく、またも体から何かが抜ける感覚がする。
体の維持に気を張っていたため、それでどうにかなりはしないが、その場をさがり、椅子に座れば、大きく息が漏れる。視界の端、そこは既に暗くなり始めている。血だけではない。マナが扱えるなら、その為の器官が。そんな話を以前カナリアともしたが、確かにそれもあるようだ。
ただでさえ足りていないからだから、更にと、そうなるのだから。

「巫女様。」
「座っていれば、大丈夫です。」
「後一時間もあれば、退席できますので、どうか。」

今は巫女の宣言を受けて国王が改めて総括と、今後の展望を語っている。どうにもこういった話は修辞を多く入れるため、長くなるのは変わらない物であるらしい。
そんな事を思いながら、恐らくこのトモエとオユキの花舞台を喜ぶだろう少年たちに。年長としての矜持で、ただ身を整える事に専念して過ごす。
次回以降は多少の簡略化もあるだろう。そもそもオユキとアイリスの参加については分からないこともある。少年たちが始まりの町、その祭りの日程を基準とするように、今後はトモエとオユキもそうなるのであろう。そのついでに、公爵が整えた場で知らぬ相手と話すこともあるだろうし、トモエは試合を求められるだろう。
オユキにしても、生まれた子への祈り、魔物と戦う、その将来を望まれた子たちへ、その前途に祈りを捧げる事になるだろう。
その辺りは、以前と変わらないらしい。繁忙期、それが分かっているからこそ、その時期は諦めも、用意も整えられるのだから。
しおりを挟む
感想 154

あなたにおすすめの小説

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。 正確には、夫とその愛人である私の親友に。 夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。 もう二度とあんな目に遭いたくない。 今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。 あなたの人生なんて知ったことではないけれど、 破滅するまで見守ってさしあげますわ!

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

処理中です...