【完結】あなたとの離縁を目指します

たろ

文字の大きさ
上 下
12 / 156
離縁してください

【12】

しおりを挟む
「シルビア様、お客様です」

 ビルが申し訳なさそうに部屋に顔を出した。

「………だれ?」

 あの事件から人に会うのが怖くて部屋の中から出られない。自分がこんなに弱いなんて思わなかった。
 どんなに貧しくてもどんなに人に馬鹿にされても堂々と生きてきたつもりなのに……

 アレックと結婚してから人の悪意の中に晒されて過ごすことが増え、自信を失くしてしまった。

「メイカー公爵がお見えになっております」

「団長……」

「わかりました。ジュリに着替えを手伝ってもらいたいの。お願いできるかしら?」

「かしこまりました」

 ジュリが心配そうにわたしに話しかけてきた。

「大丈夫ですか?男の人にお会いするのはまだ無理なのでは?」

「心配かけてごめんなさい。一生部屋の中だけで暮らし続けることはできないもの。それに団長なら……多分大丈夫だと思うの」

 団長に職を失ったら雇ってもらおうと考えていたくらいだもの。

 仕事場にも迷惑をかけているわよね……

 屋敷の中ではいつもシンプルなワンピースを着て過ごすのだけど、公爵閣下にお会いするには失礼なので他所行きのワンピースに着替えた。

 ドレスって苦手なのよね。わたしはこれくらいでちょうどいい。

 我が家の客室で団長にお会いするのは初めてかもしれない。

「団長お待たせしました」

「突然すまない……シルビア…顔色が良くないな」

「すみませんご心配をおかけしました。部屋の中ばかりで過ごしていたから……体調はずいぶん良くなってきました」

「そうか……ならお前の淹れたお茶を飲みたい」

「はい、すぐに」

 ーー久しぶりにお茶を淹れるわ。

 なんだか不思議、毎日執務室でお茶を淹れてお菓子を作って、事務仕事もしていたのに……あの頃のことが嘘みたいに今のわたしには……何もない。

「どうぞ団長」

「美味いな」
 団長は無骨な騎士たちとは違い紅茶の飲み方も優雅で絵になる。さすが国王陛下の従兄弟だなとぼんやり考えていた。

「シルビア?どうした?」

 ぼんやりと考え込んでいたわたしに声をかけてきた団長。心配そうに顔を覗かせた。

「すみません……最近人に会ってないし話すこともなくて……」
 ーーどんな話をすればいいのかわからなくて。

「まだ人が怖いか?」

「若い男性が怖い……ですがそれ以上に悪意がとても怖いです」

「守ってやれなくてすまなかった。あの事件の犯人たちは捕まえている。そしてお前に嫌がらせをした第二部隊の騎士と事務の職員も捕まえた。噂を流したのはその二人からだった」

「どうして……あっ、ううん、理由はアレックとの結婚ですか?身の程知らずに貧乏伯爵の娘が侯爵家の優秀な子息であり、王女様の大切な騎士と結婚したから……」

「シルビア、お前はうちの部隊にとって優秀で大切な同僚だ。お前がいなくてみんな困ってる、事務もうまく回っていないし、俺は毎日不味いお茶を飲まされるし、毎日の楽しみのお菓子もないんだ」

「お茶は誰が淹れてるんですか?」

「手が空いた奴らだ。あれは酷い、シルビアにも飲ませてやりたいよ」

「なんだか想像できそうな味ですね?」

「そうだな、渋いだけで深みもないし甘味なんて全く感じない。同じ茶葉なのに何が違うんだろうな」

「我が家はお客様にお茶を淹れる使用人すらいなかったからわたしの役目だったんです。だから必死で美味しいお茶の淹れ方を研究しました」

「シルビアはなんでも真面目に取り組むからな、貴重な存在だ」

 団長にお代わりのお茶を淹れてゆっくりとした時間が過ぎていった。

「主犯はまだ捕まっていない……」

「えっ?主犯?」

「お前に嫌がらせをしたり悪意を持って行動した奴らに命令した人がいる。主犯はわかっている、ただ簡単には捕まえられない。アレックはその人を見張っている、もう二度とお前に手を出さないように」

「アレックはもうここ最近この屋敷に帰ってきておりません……あんな事件があって醜聞が広がりわたしのせいで恥ずかしい思いをしているのではと思っていたのですが」

「噂は広がっていない。あの時助けた俺とミゼル、ライナとリゼしか第二部隊では知らないはずだ。アレックにはもちろん伝えた。ただ……ソニア殿下はご存知であの人が悪意を持って噂を広めようとするかもしれないからバライズ殿下に脅してもらった」

「……脅す?」
 なんだか物騒な言葉が出た。

「まぁ簡単に言えばシルビアの事件は誰も知らない身内だけで解決させた。そのことを知っている奴がいればそれはその事件に絡んでいる奴だろうと俺はみている、と殿下がソニア殿下に話したんだ。ソニア殿下は今のところアレックにしかあの事件のことは言っていない」

「……ソニア殿下がご存知…」

「ああ、アレックに知らせる前にソニア殿下が楽しそうにお前の事件を耳に入れたらしい」

「楽しそうにですか?」
 ーー嫌な気分……あの事件が楽しい?どれだけ怖かったか…気持ち悪かったか……思い出したくないのに、忘れられなくて……苦しいのに。

「アレックに伝えていなかった?……のですか?」

「お前を助け出した4人だけで動いた。出来るだけ知る人は増やしたくなかった。
 だからアレックにすぐ知らせることはできなかった。ソニア殿下が近くにいるからな。なのにソニア殿下は襲われたことも失敗だったことも全て知っていたんだ、そして俺たちが知らせる前にアレックに話したんだ」

「主犯は……」
 名前は口に出さなかった。団長も敢えて名前は言わない。だけど、二人の愛にわたしはじやまなそんざいだから?

「アレックは……お前が襲われたことを知ってかなり憤慨している。だが、だからこそ屋敷に帰ってはきていない。
 次に何をされるかわからない。
 あいつはシルビアのそばに自分がいるのが一番危険だと思っているし、俺もそう思う。アレックはソニア殿下のそばを離れず、何もできないように数人の近衛騎士と護衛をしながら監視をしているところだ。
 ソニア殿下はアレックたちの行動が監視とは思わずにアレックが屋敷に帰らずシルビアを放置しているので今はご機嫌だ。だから今は何もしてこないはずだ」

「アレックが帰ってこないのはわたしを守るため……?そんな……わたしが嫌いなのでは?」

 頭の中が混乱していた。

 だって、アレックとソニア殿下は愛し合っているはずだもの。わたしは邪魔者で……離縁して……

 それにもうわたしの醜聞が広まっていて、歩き回ることすらできないと思っていたのに、団長たちは噂が広がらないように抑え込んでくれていたの?

「わたし………外に出ることが出来るのですか?男の人は怖い……でも……一生外に出られないと思っていました……わたしのせいでアレックが恥ずかしい思いをしている、わたしのせいでアレックは屋敷に帰ってこないと……わたしは世間から後ろ指をさされるんだと思っていました」

 男の人に襲われた。もう貴族の世界では醜聞でしかない。アレックにはもちろん侯爵家にも迷惑をかける。
 実家のお父様たちにも辛い思いをさせてしまうと思っていた。

「お前は何もされていない。忘れろとは言えない。だが、俺もアレックもバライズ殿下もシルビアを守る。だからゆっくりと時間をかけていいから元気になれ。俺はお前の美味しい紅茶を飲みたいんだ」

「………はい」

 少しだけ……心が軽くなった。

 わたしはまだ必要とされていて、わたしのことを想ってくれる人がいた。

 恥ずかしくて顔を上げられない………涙が溢れて止まらなかった。



しおりを挟む
感想 154

あなたにおすすめの小説

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。 正確には、夫とその愛人である私の親友に。 夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。 もう二度とあんな目に遭いたくない。 今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。 あなたの人生なんて知ったことではないけれど、 破滅するまで見守ってさしあげますわ!

あなたの愛が正しいわ

来須みかん
恋愛
旧題:あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~  夫と一緒に訪れた夜会で、夫が男友達に私の悪口を言っているのを聞いてしまった。そのことをきっかけに、私は夫の理想の妻になることを決める。それまで夫を心の底から愛して尽くしていたけど、それがうっとうしかったそうだ。夫に付きまとうのをやめた私は、生まれ変わったように清々しい気分になっていた。  一方、夫は妻の変化に戸惑い、誤解があったことに気がつき、自分の今までの酷い態度を謝ったが、妻は美しい笑みを浮かべてこういった。 「いいえ、間違っていたのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」

釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません

しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。 曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。 ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。 対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。 そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。 おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。 「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」 時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。 ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。 ゆっくり更新予定です(*´ω`*) 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

処理中です...