上 下
57 / 63

56話

しおりを挟む
俺は休みの日にいつもの昼食会の後、久しぶりにメイに呼び出された。

メイの足は治っていて、実家から戻り今は仕事に通っている。


街中の喫茶店でメイは待っていた。

「アラン様お久しぶりです」

メイはいつも通り明るかった。

俺は紅茶を頼むと、メイはこの店のチョコレートケーキと紅茶を頼んだ。

「待たせて悪かった。今日はどうした?」

「……ずっと迷惑かけたのにお礼も言えなかったので、きちんと言っておきたかったんです」

「お礼?」

「ええ、元婚約者のことでご心配をおかけしたし……ゆっくりお礼も言えなかったし……恋人のフリをしてなんてバカなことも言ったし…」

「ああ、そんなことも言ってたな」

「アラン様忘れてましたね?」

「だってもうマークのことは解決したしね、メイの体調も落ち着いたから安心してたよ」

メイは怪我をしてしまい実家に帰っていたし、俺も寮を出て新しい生活が始まって、メイのその言葉はもうなかったことになっていた。

「……わたし仕事に戻ったのですが婚約が決まりました。わたしの3歳年上の伯爵家のトールです、お父様にももう21歳になるのだからそろそろ落ち着きなさいと言われて決心しました」

「そうか、おめでとう、よかったな」

メイは少し寂しそうにしながら、窓の外を見た。

「アラン様は寮を出られて今は以前の屋敷で暮らしていると聞きました」

「エイミーに聞いたの?そうなんだ、今は気楽でいいよ、みんな知っている人ばかりだしね」

「わたし……アラン様がイーゼ様に時折見せるあの優しい笑顔に驚いたんですよ?」

俺はメイが何を言い出したのかわからずキョトンとした。

「メイ?俺がイーゼ嬢に優しい笑顔をしているというのか?お前目でも悪くなったのか?」

メイは外を見ていたが俺の顔を見て苦笑した。

「アラン様、応宮内で貴方がイーゼ様と話しているのを見ました。どんなに女性と話していても作り笑いしかしないアラン様がイーゼ様とはとても楽しそうにしています、彼女が去った後、貴方はイーゼ様の後ろ姿を愛おしそうに見ているのをわたしは知っています」



「‥だってわたしも貴方を見ていたから」
彼女は俺に聞こえないくらい小さな声で何かを呟いた。

「俺が愛おしそう?何かの間違いだろう?イーゼ嬢は確かに話しやすいしさっぱりしているし、話していて楽しい。最近はよく屋敷にも遊びに来るから気兼ねなく話せる人だと思っている、でも特別な感情なんてない」

俺は意味のわからないメイの言葉に驚いた。

「そんな大きな声で言い訳してる……そんなアラン様を見たのは初めて……
さあ、わたしはアラン様にお礼が言えたし、そろそろ帰ります」

メイは、俺に笑顔で

「今日はご馳走していただいていいかしら?」
と聞いたので

「もちろんだ、またメイの結婚式には声をかけてくれ、是非お祝いを贈るから」

メイは席を立ち俺の顔を見ずに

「その時はぜひ」
と言って手を振ると帰って行った。

俺はメイから言われた言葉の意味を考えていた。

俺がイーゼ嬢と楽しそう?

ああ、確かに彼女と話すのはいつも楽しい、他の女のように気持ち悪い視線を寄越さないし、香水臭くない。

後ろ姿を愛おしそうに見ている?

ただ、彼女の帰る姿を偶々見送っていただけなのに…

俺は溜息を吐いて紅茶を飲み干して喫茶店を出た。
















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

処理中です...