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38話

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手紙を出してから数週間。

お父様から返事が来た。

お父様はわたしがこの国で騎士をしていることもカイさんのところでお世話になっていることも知っていた。
カイさんがきちんと連絡を取ってくれていたのだ。

わたしは何もかも捨てて自由に生きているなんて甘いことを思っていたけど、カイさんにも守られてお父様達にも見守られていたのだと気づいた。

『いつかまた会える日を楽しみにしている、幸せになって欲しい』
と書かれていた。

わたしはその手紙を胸にギュッと押し当てて泣いた。
親不孝な娘に会いたいと言ってくれたお父様、心配ばかりかけたお母様にわたしはどんな顔をして会えばいいのだろう。

まだ会いにいくことはできない。いつかわたしが見習いから正騎士になったら、堂々と会いに行きたい。
今のわたしを見て欲しい。そして謝りたい。

ブライス様は帰る前にそっとわたしに会いに来て
「お元気でお過ごしください」
と言ってくれた。

「お父様達に元気にしているとお伝えください」とお願いした。

「居場所がわかってもよろしいのですか?」と聞かれて
「ご存知だったみたいです」と、笑って答えた。



ーーーーー

そして今……見習い騎士から正騎士になった。

一年間必死で頑張ってきた。

短く切った髪は長くなっていた。
染めていた髪もブロンドに戻った。
もう隠れることなくこの国で騎士として生きていける。

男性騎士からのアプローチはあるけど今のところ興味がない。
陛下とはお茶をすることも話すこともない。

わたしが任されている職場では陛下にお会いする機会は殆どない。
わたしは今、国王の住む王宮ではなく官僚や文官が働く執務室などのある場所の見回りや警護が主な仕事になっている。

たまに陛下を遠くで見ることはあるけど、王妃様と仲睦まじく過ごされているようだ。

カイさん曰く
「お互い素直になれなかったんだと思う、オリエがいいスパイスになって、王妃が慌てて陛下に素直になったんだ」
と笑っていた。

ーー王妃様に恨まれなくてよかった。もう絶対に関わらないと心に決めている。

そしてわたしは穏やかな時間を過ごしながら騎士としての生活をしている。



◇ ◇ ◇

文官になって働き始めて一年が過ぎた。

俺の猶予はあと一年間。
それまでに、留学という名の自由を終わらせて王太子として国に戻るかアルク国に残るか決めないといけない。
ブライスからはたまに手紙が届く。

そろそろどちらにするか決めて欲しいと。
側近達は待ってくれている俺の席を空けて。

従兄弟達も俺が帰って来ると思ってくれている。

素直に帰るべきなのだとわかっている。

「この国での生活は俺にとって掛け替えのないものになった。まだもっと勉強したいことは多い……だけど時間はあと少し……」

悩みつつ仕事をしている時に、上司から声が掛かった。

「イアン、アルク国に似た国があるんだが、一度視察に行ってみないか?」

「似た国とは?」

「やはり一度王族が倒され、新しい国王が今の国を統治しているんだが、早く安定した国となり、今注目されているんだ」

「この国は未だに戦いの後を引きずっていますが、その国はもう復興したのですか?」

「ああ、国王にはかなりやり手の側近が付いているようだ。彼が官僚達を上手く操っているし、貴族達も彼には従っているらしい」

「一度国を見てみたいです」

そして俺は数人の上司と共に、『オリソン国』へと向かった。
同じ戦火のあった場所とは思えないほど国は安定していて街並みも綺麗だった。

所々、手が回らないところも見受けられるけどそこは計画の一部にきちんと組み込まれていていずれは工事をすることになっているらしい。

先まで工事計画が立っていて、それを着実にこなしていくことで国を安定させて国民の暮らしの不安を取り除いていた。

「すごいですね」

俺は綺麗に舗装された道を見て感心した。

遠くからの物流が上手く行き来出来るように考えられた道。

人が歩く道と馬車が走る道を分けている。

面倒ではあるがこれが出来ていれば早く物を運ぶことが出来るし、人が怪我をしたり馬車の事故で亡くなる人も減るだろう。

そして視察が終わり、王宮へと向かった。

国王陛下に謁見できるそうだ。

下っ端の文官の俺が会えるなんて思っていなかったので、かなり緊張した。
まだ30歳前の若い国王だった。

優しく見えるが目は笑っていない。鋭い目は俺たちをしっかりと見据えて一人一人を確認していた。

俺に目を向けた瞬間、睨みつけられた。

「君は……イアンと言ったか……少し残ってくれ」

上司は突然の国王の言葉に驚いていたが、何も言えずに俺を置いて出て行った。

「イアン…殿下、貴方の噂は聞いています。平民としてアルク国で暮らして今は文官として活躍しているみたいですね」

「ご存知だったのですか?」

「もちろん、国外の動きや情報は出来るだけ把握しておかなければ何かあってからでは遅いですからね」

「確かに……この国が早く復興した理由は優秀な陛下のおかげなんですね」

「わたしではない。優秀なのはわたしの側近とそれを支える部下達です。わたしは人材に恵まれているのです」

「それは陛下が優秀だから周りがついて来るのでしょう」

「そう言ってもらえるとは…まあ、そう言う事にしておきましょう」
陛下は苦笑した。
だけどお世辞ではなく国を復興させることの大変さを今身をもって頑張っている一人として、本当に陛下の凄さに感心していた。

「貴方に一度会ってみたかった」
陛下は俺に何かを言おうとしたが、やめた。
これ以上話すことはなく俺は
「失礼します」
と言って出て行こうとしたが、ふと足を止めた。

どこかで見たことがある男がこの部屋にいた。

ーー誰だ?気になるが思い出せない。

だがその男が俺を見てニヤッと笑った。

「あ!オリエを……」
大きな声を出しそうになったが慌てて口を閉じた。

「久しぶりだな、殿下」

「やはり、あの時の……」

陛下が俺に声をかけた。

「わたしの一番優秀な側近のカイだ」

「え?この人が?」
俺は何度も殺し屋だと言いそうになったがこの場でそのことを言ってはいけないと思った。

「陛下、俺もイアン殿下と話をしたいからちょっと出てくる。みんな俺の指示通りに適当に仕事を進めておいて」

カイと名乗る男は、軽い言葉でみんなに伝えると俺と部屋を出た。

軽く言った相手は宰相や官僚達などカイ殿よりも偉い人達だ。

その人達にこのカイと名乗る男は、指示していた。

そして、俺は別の部屋に連れて行かれた。

「あんたをこの国に呼んだのは俺だ。この国は凄いだろう?活気があってみんな頑張っているんだ」

「本当にそう思います。俺の国は平和にみえていて、とても豊かで安定しています。でも貴族の横暴な遣り口、貧しい子供達、貧困の問題、課題はまだまだ沢山あります」

「だったら逃げずにあんたが国を変えていかなきゃいけないんじゃないのか?そのために今外に出て勉強してるんだろう?」

「……俺は甘えているんでしょう。外に出て俺がすべきことは見えているんです。でもその一歩を踏み出す勇気がまだありません。本当はわかっているんです、やらないといけないことも……」

「まだ若いんだから、逃げたくもなる。だけど必死でオリエ嬢のために貴族の汚い膿を出して頑張ったんだろう?中途半端で終わらせないで最後まで頑張んなよ」

「わかっています、戻るか悩んでいたくせに本当は戻るしかないとわかっているんです。俺は国王として相応しい人間ではない……それでも国王として頑張っていくしかない……」

「オリエ嬢は俺が預かっている。今この国で女騎士として働いている。会いたいか?」

俺は首を横に振った。

「いいえ、俺はもう 彼女に会う資格はありません」

本当は驚いた。オリエがこの国にいることも騎士になったことも。
でも今どんな暮らしをしているのか知りたいと思う気持ちに蓋をして何も聞かないことにした。
今のオリエが幸せならそれでいい。

「あー、この国に連れ帰ったのは俺だ。だけど俺には嫁も娘もいる。オリエは俺の妹のようなものだ、俺たちはあんたが考えている関係ではない」

俺が立ち去る背中にカイ殿がそう言った。
でも俺は何も返事をしなかった。




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