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37話

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わたしは次の日だけは仕事を休んだ。
サボったわけではない。
軟禁された部屋が寒くて風邪をひいて寝込んでしまった。
「ぐしゅっ、あー、鼻が痛い」

鼻水をかみすぎて、鼻がヒリヒリする。

やっと熱が下がったので明日からは仕事に行くつもり。陛下にはもう二度とお茶に誘われても会わないつもりだ。

夜、カイさんが仕事から帰ってきて、寝ているわたしの部屋に顔を出した。

「オリエ、陛下にはしっかり苦言を言っておいたからな。もう二度とお前に変なことを言わないし、仕事の邪魔もしない。もし何かしたら次は王の座から引き摺り下ろす」

ーーカイさんって何者?でも、カイさんがこう言うのだから信用するしかない。

「カイさん、ありがとうございます、わたしもう少し寝ますね」

安心したのかまた眠たくなってわたしは眠りについた。


ーーーーー

「オリエ、せっかく自由に生きられるようになったのに、ごめんな。アイツは国王になって自由に生きることが出来ない。だからお前に惹かれたのかもしれないな、教養があって美しい、なのに自由でお前は輝いて見えるから……アイツを国王にして閉じ込めたのは俺なんだ。俺が国王になりたくないばかりに義弟を国王にしてしまった。俺の手は汚れすぎて王にはなれない。オリエのことはちゃんと守るから……安心して好きに生きろ」

わたしは夢の中で、優しく話しかけるカイさんの声を聞いた。
話の内容は覚えていないけど、カイさんの声が心地良くて眠りながら微笑んでいたようだ。


ーーーーー

今朝は風邪もすっかり治って仕事へと出かけた。

先輩達に、「大丈夫なの?」と心配されたけど
「元気です!ご迷惑をおかけしました」とペコっと頭を下げて謝り、仕事に就いた。

王宮内の見回り中、ブライス様達に出会って、通り過ぎた。
わたしは護衛騎士として客に対してお辞儀をした。

わたしは髪の毛の色もブロンドから茶色の髪に染めているし、髪の毛も肩までの長さにバッサリと切っているので、わたしが元王太子妃だと気づいたのはブライス様だけだった。
まあ、ドレスを脱ぎ捨て騎士服になっているわたしに興味を持ってジロジロ見る人はあまりいない。

何も言わずに通り過ぎる客。肩の力が抜けてホッとした。
なのにわたしの背後から声がかかった。

「ちょっと君!」

わたしと先輩は、振り返って声の方へと向きを変えた。

「は、はい」
ドキドキしながら返事をした。
このなかにわたしが見知った顔はブライス様だけ。他の人はたぶん文官だと思う。今まで顔を合わせることはなかったはず。

「これ落としたよ」
ハンカチを落としていたみたいで、拾ってくれただけだった。

「ありがとうございます」
わたしは目線を合わせないようにハンカチを受け取ると頭を下げて先輩のところへ戻ろうとした。

ブライス様は表情を変えずにわたしをみていた。

「オリエ、大丈夫?」

先輩がわたしの名前を呼んだ。

「……オリエ?」

文官達は私をマジマジと見つめて

「あ……オ、オリエ様?」

「は?誰のことでしょう?わたしはこの国の人間ですが?」

わたしは堂々と嘘をついた。

「人違い……でした、すみません」
文官は、間違いを謝罪して今度こそ立ち去って行った。

わたしは小刻みに震える体を隠して、先輩に笑顔で

「行きましょう」と言うと先輩は何か言いたそうにしていたけど敢えて何も言わないでいてくれた。

ーーこの国でわたしはもう生きていけないのかしら?

やっと自由を手に入れたのに。

わたしは家に帰ると、手紙を書くことにした。

逃げてばかりの人生をそろそろ終わりにするために、両親に自分の今を伝えることにした。

今いる国のこと、平民になり女騎士として暮らしていることを全て書いた。

もし連れ戻されても仕方がない。覚悟の上で手紙を書いた。


◇ ◇ ◇

俺は今文官として働き出した。

安宿の一部屋を住まいにして、仕事に励んだ。

まだ新しいこの国は、問題だらけだ。
それでもみんな助け合いながら問題を解決して、前へ進もうとしていた。

俺は技官として土木や建築などの促進、簡単に言えば壊れた建物を作り直したり道を整備する部署に配属された。
下っ端の俺は街に出て、とにかく歩いて回る。
争いでダメになった建物は多い。
道もボコボコだ。
どこから手をつけていくか見て周り決めていくのが俺たちの仕事だ。
予算は限られている。
その中で優先順位を決めて、町を再構築させていくのだ。

たかが文官一人の仕事なんて大したことが出来る訳ではない。
それでも、俺が「ここを先に手を入れれば流通が良くなる」と意見を言えば、それをみんなが一緒に考えて受け入れてくれる。
その時のなんとも言えない達成感が気持ち良くて俺はこの仕事に夢中になった。

王太子として働いている時は、もっと大きな採決をして人を動かして大きな成果を出してきた。
でも、目の前で変わっていく実感はなかった。
いつも紙の上で全てが完結していた。

今は自分の足で動いて周り、見て納得して、そしてそれが成果となっている。

とにかく毎日ドロドロになるくらいぐったりとして宿の部屋に帰る。
おじちゃんが俺の食事をいつも用意してくれていて、遅くなっても温めて出してくれる。

おばちゃんは「ほら汚い、風呂に入りなさい!」と言って俺のために湯を温めてくれている。洗濯物もおばちゃんがいつもしてくれる。
二人は俺にとって親みたいな人達だ。

俺の親は国王と王妃、尊敬はしていても親として接することはなかった。
常に敬語を使い、頭を下げて、他人のように過ごしてきた。

おじちゃんとおばちゃんのように親しく話すことなどなかった。
俺は、このままこの国で平民として下っ端の文官で一生を暮らすのもいいかもしれないと思うようになった。

たまに女達が俺に言い寄って来る。

でも、もう女は懲り懲りだ。
適当にかわしていたらその気になって擦り寄って来るので、最初から冷たくあしらうことにした。

「イアンは女が嫌いなのか?」

「お前、一晩くらい相手してやれよ!」

同僚達は、女なんて適当に遊んで捨てればいいと言うけど俺はもういい加減な態度を取ることはしない。
話かけられて返事をするだけでその気になる。
ならば冷たくしておくほうが楽だ。

「俺は好きになった女だけでいい」

「本当堅いな。そんなんじゃ人生楽しくないだろう?」

「俺は今は仕事が楽しいんだ、いつか好きな人が出来たらその時は大切にしてやりたいんだ」

「ふうん、イアン、真面目なのもいいけど損な性格だな」

同僚は呆れながら俺をみた。








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