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13話

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わたしは未だに寝たきりのまま。

意識はあるのに体が動かない。

誰かに伝えたい。わたしが意識があることを。

毎日朝と晩になるとアレック兄様が会いに来ている。

「オリエ……」
わたしとの幼い頃の思い出の話をしてくれる。

兄様は今はバーグル領で騎士をしているが、子どもの頃は同じ敷地内で暮らしていた。

兄様はお父様の弟の息子で私の従兄。

叔父様は、バーグル領を任されていたが、アレック兄様とミルナ姉様はお祖母様達と暮らしていた。

だからよく行き来をしていた。
2歳年上の兄様はわたしを妹のように可愛がってくれた。

でも学園の中等部を卒業すると、バーグル領へと行ってしまった。

それからはなかなか会うこともなくなり、わたしが今回実家に帰ってきてやっとゆっくりと会えたのだった。

一緒によく池の魚を獲って怒られたこと。

兄様と同じ服を着たいと泣いて、兄様のお下がりの服を着て一緒に剣を振り回していたこと。

兄様が学園に行き出してからは、寂しくて兄様の行き帰りの馬車に乗って、別れる時にまた泣いたこと。

わたしって兄様っ子だったのよね、大好きでいつもくっついて離れなかった。

王子妃教育が本格的に始まった8歳の頃は、よく叱られて兄様のところに行って泣いていたわ。

実のお兄様は7歳年上で、優しいし大好きなんだけど、やはり年の近い兄様に懐いていたし話しやすかった。

兄様は眠り続けるわたしの頭を撫でながら、「ごめん」といつも言って部屋を出て行く。

兄様の声はいつも優しい、なのに泣きそうな声で話しかけてくる。

『兄様の所為ではないの』
何度もわたしは兄様に向かって言っているのに声は届かない。


ーーーーーー


わたしのベッドに突然不審者が現れた。

たまたま護衛騎士達は交代の時間で部屋から離れていた。

「へぇ、本当に眠ったままだ」

気持ち悪い聞き慣れない声。

その男はわたしの頬を舐めた。

ーーやめて!気持ち悪いじゃない!

「ああ、時間があるなら犯したい、処女だと聞いた、殺すにはもったいない」

ーー犯す?殺す?

死にたくはないけど死んだ方がマシよ!犯されるくらいなら!

「さあ、誰か来る前にしっかり依頼の仕事をしないといけないな。胸を刺されるのと首を切られるのどっちがいい?」

ーー返事が出来ないわたしに何を聞いているの?

ーーどちらも嫌よ!死ぬならこのままゆっくりと自然に死にたいわ。

わたしは動かない体をなんとか動かそうと必死になった。
せめて声だけでも!
何か方法はないの?

「恨むならあんたを何度も殺そうとした依頼主を恨むんだな、まあもう依頼主は処刑されるけど、それでもあんたを殺そうとするなんて女の執念は怖いよな」

ーーわたしを何度も殺そうとした?
そんなことされた覚えはないのに?

そ、それよりもわたしは殺されるんだ……

「ぐあっ」

ーーえっ?

「オリエに何をするんだ!」

ーーこの声は?

「オリエ、大丈夫か?」

「………ん…」

ーーあ、声が……!





◇ ◇ ◇

離縁状を渡されてから2週間後、離縁は承認された。

そしてジョセフィーヌとも離縁した。

ジョセフィーヌは、恋人の騎士と共に王家が持っている王都から遠く離れた田舎街で静かに暮らすことになった。


「イアン様、わたしのせいですみませんでした。ご迷惑をおかけいたしました」

ジョセフィーヌは俺がオリエと離縁した原因の一つだと何度も謝った。

原因は全て自分自身だ。

俺がオリエと向き合わなかったからだ。

陛下は俺に一言。
「お前はオリエと話し合う機会はいくらでもあったはずだ。諦めろ」

何も言い返せなかった。


執務室に帰ると、ブライスは……

「殿下、さあ仕事をしましょう」

机の上には山盛りの書類があった。

「さあ、仕事だ」
言葉だけは勢いがあるが、声は弱々しかった。

俺は黙々と仕事をするしかなかった。

ジーナ達の事件の報告書も書かなければならない。





◇ ◇ ◇

イアン様はわたしの初恋だった。
わたしは公爵令嬢で、イアン様の横に並ぶに相応しい。だから婚約者として選ばれるのはわたしだと思っていた。
なのに選ばれたのはわたしより5歳も年下の3歳のオリエ様だった。

「何故?同じ公爵令嬢ならわたしの方が相応しいのに……」

お父様もかなり怒っていた。

バーグル公爵家は三人の子供がいた。
長女のマーシャル様はわたしよりも5歳年上。
だからイアン殿下の婚約者として選ばれることはない。
隣国の侯爵家の嫡男と婚約をしていた。

長男のライル様はもちろん関係ない。

5歳も年下のオリエ様はもちろん選ばれるなどあり得ないだろうと思っていた。

わたしは同じ年で公爵令嬢、イアン殿下の婚約者に選ばれるのはわたししかいないと思っていた。
なのに、筆頭公爵家のオリエ様が選ばれてしまった。

悔しくて泣いた。
ずっと好きだった。

でもイアン様はオリエ様を可愛い妹としかみていないようだった。
流石に恋愛対象ではない。

学生の時も彼の近くには常に令嬢達がいた。

彼は一定の距離感ではあったけど常に令嬢達と仲良くしていた。

わたしにも婚約者はいた。
でもイアン様と思い出が欲しかった。

わたしはイアン様に友人として近づいた。
恋愛感情などない、仲の良い友人として、互いに気の合う友達になれた。

周囲はそれを誤解していた。

「卒業までこのままでいませんか?
学生の間だけ、貴方のお時間を少しだけわたしにもらえませんか?わたしの学生時代の良い思い出となります」

「互いに恋愛感情はないから気楽でいいかもしれないな」
イアン様はわたしを愛していないのだとはっきりと言った。
『わたしは貴方をずっと愛しています』

そう言いたかったのに……それでも彼の横に居られるだけで幸せだった。
彼の視線が13歳のオリエ様に向けられるまでは……

イアン様は本人も気づいていない。
オリエ様への熱い視線に。
オリエ様が私たちを見ている時だけ、仲の良いフリをする。普段は一定の距離を保っているのに、オリエ様から見える場所にいると、わたしに近づき優しい笑顔をくれる。

一番欲しいこの笑顔はオリエ様がいるから、わざとわたしに微笑むだけ。
彼女の気を引きたくてわたしに微笑む。

とても惨めだった。
それでも、既成事実さえ作って仕舞えば彼はわたしを娶らざるを得なくなる。

何度もこの体で彼を懐柔しようとした。
でも彼は一度もわたしを抱いてくれなかった。
ううん、キスすらしてくれない。

最後まで友人関係が続いただけだった。
周りから恋人だと思われていたのをそのまま気楽だからと、そう思わせていただけだった。

それでも恋人として学生の間過ごせたのだから諦めればよかったのだ。

なのに彼からの別れの言葉を聞いて、思わず本心が出てしまった。

「学生の時の軽い遊びはお終いだ」

「遊びだなんて嘘よ、わたしは貴方を愛しているの」

「悪いが学生の間だけの約束だったはずだ」

「でも愛してくれていたでしょう?オリエ様とお会いすることもあまりなかったはず……だったら婚約解消してわたしと婚約してくれてもいいでしょう?」

「悪いが学生の時の軽い遊びだ、本気ではなかった、君だってそう言っていただろう?
お互い婚約者のいる身だ、遊びだと!もう終わりだ」

「酷い!わたしは本気だったのに!遊びだと言えば貴方が付き合ってくれると思っていたの、でも付き合えばいずれはわたしを愛してくれると思っていたの」

「すまない、遊びにのった俺も悪い。だが君と結婚することはない、結婚するのはオリエなんだ」

それでも「この関係を終わらせたくない」彼に告げた。
「ごめん」
彼は卒業と同時にわたしを完全に切った。

でも彼を忘れられないわたしは婚約解消をした。

お父様はわたしの気持ちを知って、出来る限り王家に働きかけてみると言ってくれた。

オリエ様が婚約解消してくれればわたしがイアン様の横にいられる。
わたしはまだ希望を捨てていなかった。

なのにイアン様はオリエ様と結婚した。
許せなかった。

イアン様はわたしの執着を王妃になりたいからだと思った。
違う、貴方を愛しているからなの!

ずっとずっと好きなのに……わたしを愛してくれないイアン様。
苦労すらしないで当たり前のようにイアン様の横にいるオリエ様。

わたしの憎しみはオリエ様に向かう。

わたしはオリエ様を亡き者にしてやりたい。

何度となく殺そうとしたが、イアン様達はオリエ様を守り、なかなか殺せなかった。

そして、ジョセフィーヌ様が側妃になった。
でもどんなにイアン様がジョセフィーヌ様を大事にしていてもわたしにはわかる。

全くジョセフィーヌ様のことなんかみていない、愛していない。

彼の瞳に映るのはいつもオリエ様だけ。

彼のオリエ様を見つめる瞳はとても優しい。

わたしも彼の瞳にずっと映っていたい。

狂おしいほどの心の渇き。
彼の愛が欲しい。

オリエ様を殺してしまいたい。

そして今日わたしはオリエ様を殺そうとした罪で処刑される。

いつかは捕まることはわかっていた。
だから、最後にわたしは暗殺者に頼んだ。

わたしが処刑される日にオリエ様を殺して欲しいと。

今日わたしが死ぬ日。

それはオリエ様も死ぬ日。
















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