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12話
しおりを挟むベッドで眠り続けてはいたが、わたしは意識だけはあった。
ただ起き上がることも目を開けることも何故かできなかった。
アレック兄様とお兄様が部屋に来ては謝る。
「オリエ、助けられなくてごめん」
「なんであの時俺は声を掛けたんだ、すまなかった」
お母様はわたしの髪を優しく触る。
「オリエ、そろそろ起きる時間ではないの?私たちは貴女が目覚めるのを待っているのよ」
そして隣国に嫁いだお姉様もわたしのために帰ってきてくれた。
「オリエはいつもお寝坊さんね。みんな心配しているわ。わたしに貴女の可愛い笑顔を見せてちょうだい」
お父様は、なんとわたしに優しく話しかけてくる。
「オリエ、すまない。お前をイアン殿下に嫁がせたのが間違いだった。
イアン殿下はお前のことを愛していて婚約解消を絶対に拒否したんだ。幸せにすると約束したのにおまえをお飾りの妻にした。
理由があってもお前にそれを告げることもなかった。早くお前を連れ戻せばこんなことにならなかった。
すまない」
ーー意味のわからない謝罪。
イアン様がわたしを愛していた?
あり得ないわ。
マチルダは毎日わたしの体を綺麗に拭いて着替えさせてくれる。
「オリエ様、今日も綺麗にしましょうね」
その手つきはわたしを労りとても優しい。
時折りわたしの顔にマチルダの涙が落ちてくる。
ーー泣かないで、マチルダ。
わたしは大丈夫だから!
そう言いたいのに体が動かない。
声を出すことも目を開けることもできない。
ブルダはいつも何も言わずにわたしの顔をじっと見ているようだ。
「………オリエ様」
小さくボソッとわたしの名前を呼ぶ。
ーーブルダ、ちょっと怖いわよ!
と、笑いながら言ってあげたいのに……
ギルは毎日学校が終わるとわたしに一日の自分の出来事を話してくる。
「オリエ様、俺さ、今日テストで35点で母さんに怒られたんだ」
ーーもっと勉強しなさい!ここで話すより教科書開いた方がいいわよ!
「好きな子ができたんだ、絶対言わないでね」
ーーうん、話せないから大丈夫。
「父さんが俺の剣術みてくれたんだけど、オリエ様より下手だって言うんだ!失礼だよな!」
ーーいや、わたしの方がどうみても強いし上手だわ!
「なあ、オリエ様早く起きてよ、街探検オリエ様とじゃなきゃ楽しくないんだ。また屋台行って半分こして食べよう!」
ーーわたしも行きたい!
アンドラ様が来ると必ずわたしが立ち上げた職場の子供達のことを話す。
「少しずつみんなの技術が上がってきましたよ」
「少しですが利益が見込めそうです」
「子供達がオリエ様に手紙を書いたと言って持たされました。目が覚めたら読んであげてください。みんな字が書けるようになったことをオリエ様に感謝しております」
ーー子供達に会いたい。
自分の名前が書けるようになっただけで、嬉し泣きをする子、自慢げに見せてくる子、あの可愛い笑顔に会いたい。
わたしはどれだけベッドで眠り続けるのだろう。
意識はあるのに………
全く動けない。
イアン様のことを忘れたいなんて思ったことで罰が当たったのか。
何度も診察をしてくれるお医者様と、お父様との話を纏めると……
わたしはいつ目覚めるのか、もう目覚めることがないのかわからないらしい。
そして、こんな状態になってひと月が過ぎているらしい。
初めは朧げな意識だったが、今では意識だけはしっかりとある状態になっている。
わたしもなんとか動けるようになりたい。
なのに動くことすらできない。
ーーそう言えばいろんな人がお見舞いに来てくれる中、イアン様の姿だけは見当たらない。
わたしは愛されていたとお父様が言っていたけど、やはり間違いだったのだろう。
ーーもう離縁は済んだのかしら?
わたしはこのままどうなるのだろう?
みんなに迷惑をかけて生き続けるのならいっそ死んでしまった方がいいのでは?
なのに体は全く動くことはなかった。
◇ ◇ ◇
オリエが屋敷で階段から落ちて大怪我を負ったと連絡が来たのは、公爵達を捕まえたあとだった。
「オリエが?」
俺はやりかけの仕事を途中で放って屋敷へ駆けつけた。
オリエの頭には包帯が巻かれていた。
長かった髪の毛は、短く切り刻まれ、青白い顔で死んだように眠っていた。
「………オリエ、ごめん」
何度も本当のことを話すことができたはず、結婚した時にジーナのことを話していればこんな大怪我をすることはなかった。
ジョセフィーヌのことだって、本当のことを話して協力して貰えば良かったんだ。
全て俺がオリエに対して非があって本当のことを話す勇気がなかったからだ。
守るなんて言っておきながら傷つけることしか出来なかった。
オリエの父のバーグル公爵は、蹲り泣いている俺の肩に手を置いた。
「イアン殿下に来ていただいたのは、こちらをお渡しするためです」
渡されたのは離縁状だった。
「オリエはジョセフィーヌ様と幸せになって欲しいと言って、離縁を妻に頼んでおりました。私たち家族もそれに賛成し、離縁の手続きを始めていたところです。陛下に謁見して許可も頂いております」
「俺は何も聞いていない……ブルーゼ公爵達を捕まえてから、オリエにちゃんと話して向き合うつもりだった」
「………遅かったのですよ、何度も言いましたよね?きちんとオリエと向き合って欲しいと」
「……わかっていた、でも、言い訳ばかりして逃げていた」
まさかオリエが離縁を進めているとは思っていなかった。
「貴方は王としての素質はあると思います。でもオリエの夫としては最低です。でもわたしも、そんな殿下に嫁がせてしまって本当のことを伝えずにいたので同じです」
「………オリエの状態は?いつ目を覚ます?」
「まだわかりません、頭を強く打ち付けてかなりの血が流れていました。
全身も強く打っています。生きているのが不思議なくらいだと医者に言われました」
「………そうか……今日一晩だけでもここにいることは……無理だよな?」
公爵は首を横に振った。
「もう二度とオリエには会いには来ないでください。貴方がサインさえ書いてくださればオリエは自由になれます。どうかオリエを愛しているならもう解放してあげてください」
「……………」
俺は何も答えられなくて、黙って屋敷を後にした。
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