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54話 レンス編
しおりを挟むどこを探しても、いくら待ってもお母様は帰って来なかった。
お母様が何故いなくなったのかわからなかった。
そんな時お兄様が僕に会いに来てくれた。
「レンス、母上は病気が酷くなって遠くの病院に入院したんだ。いつ退院出来るかわからない。
僕と父上と暮らそう」
そう言って南宮から兄上の住んでいる東宮へ移った。
「お母様は体調が悪いのですか?それなら僕はお母様のそばにずっといてあげたいです」
「レンス、母上は人にうつる病気なんだ。誰とも会う事は出来ない。一緒に手紙を書こうね。返事を書けるかわからないけど、読んではくれると思うんだ」
兄上の言葉を信じて僕はお母様に沢山手紙を書いた。
「会いたいけど我慢していい子で待っています」
「僕は一人で寝ても怖くなくなったよ」
「お兄様の言うことを聞いて良い子にしています」
「お父様は、陛下でした。お母様は知らなかったんだね。いつか会えたら陛下のこと教えてあげるね」
「お母様、僕のこと覚えてくれていますか?」
でも一度も手紙の返事が返ってくる事はなかった。
ある日、お父様が、お母様のことを話してくれた。
「まだ難しい話はレンスが大人になってからするからね」
と言って、話せることだけでもと教えてくれた。
お祖父様に虐待されてお父様に冷たくあたられて、お母様はしてはいけないことをしてしまった。
そして心が壊れてずっと病院に入院していると聞いた。
まだ、僕に会っても分からないかもしれないと言われた
そして僕が12歳になった時、お父様は国王を辞めた。
南の領地に、引っ越すことになったが、
「クロードとレンスは王宮の東宮でずっと暮らしてもいいよ」
と、お父様に言われたが、でも僕はお父様と一緒にいたかった。
そこでお母様に会えることになるとは思わなかった。
お父様は、お母様の本当の病気と罪を教えてくれた。
二人にはショックな事かもしれないが、実はこの屋敷の離れにある診療所に、ユシリスが入院しているんだ」
「母上が?」
お兄様が驚いていた。
「お母様は今どうしているのですか?」
僕は不安だった。
ずっと何処にいるか教えてくれなかった。
お父様が二人にお母様の今の状況を隠さずに教えてくれた。
「ユシリスは、心の病気になっているんだ。だが辛かった記憶は全て忘れていた。今は人形をレンスだと思い込み、人形を世話しながら過ごしているらしい。以前と違ってずっと穏やかで優しい顔をしている」
僕はそれを聞いて、手をギュッと握りしめていた。
「お母様はいつも僕に優しかった。でも本当は兄上のことを凄く気にしていたんだ」
「え?母上が僕のことを?」
二人は驚いていた。
「うん、お母様が窓の外を見ていることがあるんだ。こっそりお母様が見ている目線を探ると、そこには兄上がいるんだ。その時のお母様はとても大切な宝物を見つけた時みたいに嬉しそうなんだ。だから僕はその時の優しい顔のお母様が今も大好きなんだ」
「母上が、僕を見ていた?」
兄上は信じられない顔をしていたが、その目には涙が出ていた。
僕たちはいつかお母様に会いに行こうと誓い合った。
すぐそばにいるのに会いにいけないもどかしさ。
でも、今は会いにいけない。
だって本当は僕は全ての事実を知っているから。
お母様がお父様にしたこと。
お父様がお母様にしたこと。
お祖父様がお母様にしたこと。
兄上がやり直しの人生を今過ごしていること。
そう、僕も最近記憶が蘇ったんだ。
だから、兄上を見ていたらこの人も僕と同じ記憶があるんだとわかった。
前回、お父様が病死、兄上が自殺、そして僕は国王になり宰相になったお祖父様の傀儡として……生きた。
お祖父様はこの国を好き勝手に自分の都合の良い玩具のように扱った。
そして国民は疲弊して、反乱が起きた。
お母様は、お父様が亡くなってからおかしくなった。
突然笑い出したり泣き叫んだりした。
そして気がつけば父に似た男達を愛人にして離宮で好き勝手に暮らし始めた。
国のことに興味がなく、僕やお祖父様のことなどどうでもよかったみたいだ。
僕は何も出来ずただお祖父様の言うことを聞くしかなかった。
力も能力も何もない、ただのお飾りの国王。
そして反乱の時に命を落とした。
もう、あの時のような事は今回は起きない。
お祖父様達は処刑された。
みんなはまだ死んでいない。
お母様はおかしくなったけど、穏やかに生きている。
もう僕はそれだけで十分だった。
今回の人生は、お父様や兄上とも過ごすことができた。
お母様は、今幸せなのだと思う。
嫌な記憶を全て忘れて夢の中で僕を育てている。
多分本当は兄上のことも育てているんだと思う。
小さい頃、お母様と寝ていると、「クロード…」と言って僕の頭を撫でていた時があった。
寝ぼけていたけど、何度かそう言うことがあったので、お母様は兄上のことも、頭を撫でて話しかけたかったんだと今の僕ならわかる。
僕は記憶のことを誰にも話さずこのまま、何も知らないレンスとして生きていこうと思う。
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