54 / 110
52話 元陛下編
しおりを挟む
そして、陛下は国王を退位することになった。
王弟が、国王になることになった。
クロード殿下とレンス殿下は、王位継承権の順位が第三位と第四位になった。
第一位は新国王の長男、第二位は次男になった。
元陛下、ジョシュア・レイナード様は、王家が所有する南の領地を任されて、領主として過ごすことが決まっている。
温暖な土地で作物がたくさん採れる、豊かな場所で温泉もあり療養にも良い場所である。
領主として過ごす屋敷の離れには診療所が作られている。
もちろん領地の人達も診療出来るように、解放された診療所で医師の数も多く雇っている。
入院用の部屋数も多く、税金収入の多いこの領地だから出来るのだが、安い料金で診療をしてもらうことが出来るらしい。
そして、その診療所の最上階には、特別室がいくつか作られている。
王族やそれに近い人が入院するための特別室だ。
◇ ◇ ◇
ジョシュアは、退位して、領地に着くとすぐに特別室へと急いだ。
「久しぶりだね、ユシリス」
ジョシュアは、ユシリスを慈愛のこもった眼差しで見た。
「だあれ?わたし今レンスのお世話が忙しいの」
ユシリスはお人形の服を脱がせていた。
「今からお風呂に入れてあげるのよ」
優しくそっと脱がせる姿は、我が子を慈しみ大事に育てている母親そのものだった。
「そうか、お風呂に入れてあげると喜ぶだろうね」
「うん!そうなの。わたしも一緒にお風呂に入るのよ」
ユシリスは人がいるのも構わずに服を脱ぎ始めた。
ジョシュアは慌てて部屋の外へ出ると、看護師に声をかけた。
「ユシリス様はご自分で好きな時にお風呂に入られます。危ない事はしないので大丈夫です。わたし達も常に誰か見ていますので安心してください」
「ユシリスを頼む。これからは毎日会いにくるつもりだ、何かあったら知らせて欲しい」
「かしこまりました」
ジョシュアは、屋敷に戻ると
「誰かレンスとクロードを呼んできてくれ」
と頼んだ。
「父上、お呼びですか?」
「二人にはショックな事かもしれないが、実はこの屋敷の離れにある診療所に、ユシリスが入院しているんだ」
「母上が?」
「母上は今どうしているのですか?」
レンスは不安そうにしていた。
この二年半、わたしはレンスと向き合って過ごした。
クロードはレンスと仲良くしていたが、わたしはレンスを避けていたので、今更どう向き合えばいいのかわからなかった。
だがレンスは、とても素直で、優しい子だった。
わたしから捨て置かれていたのに、恨む事なくわたしを父親として受け入れてくれた。
ユシリスのことは12歳になるので、隠す事はせずある程度話せることだけは伝えている。
ただずっと何処にいるかは知らせていなかった。
レンスは母親の愛情をたくさん貰って育ったので素直で優しい子になった。
クロードは巻き戻しているので、中身は大人。
全てを知り、受け入れて、今はわたしと共にこの南の領地へついて来てくれた。
クロードは、エリーゼにはっきりと、
「貴方ともう一度やり直す事は出来ません」
と断られていた。
初めはショックで塞ぎ込んでいたが今は、
「あの忌まわしい事件を回避して、エリーゼが生きているんだ。僕の前回のエリーゼを失った悲しみや苦しみに比べれば、生きて幸せになっているだけで嬉しいんだ。隣に居られない事は残念だけどね」
と、かなり寂しそうにしていた。
二人には母親の今の状況を隠さずに伝えた。
「ユシリスは、心の病気になっているんだ。だが辛かった記憶は全て忘れていた。今は人形をレンスだと思い込み、人形を世話しながら過ごしているらしい。以前と違ってずっと穏やかで優しい顔をしている」
レンスはそれを聞いて、手をギュッと握りしめていた。
「母上はいつも僕に優しかった。でも本当は兄上のことを凄く気にしていたんだ」
「え?母上が僕のことを?」
クロードもわたしも驚いた。
レンスだけを可愛がってクロードのことを見ようともしなかったユシリスが気にしていた?
「うん、母上が窓の外を見ていることがあるんだ。こっそり母上が見ている目線を探ると、そこには兄上がいるんだ。その時の母上はとても大切な宝物を見つけた時みたいに嬉しそうなんだ。だから僕はその時の優しい顔の母上が今も大好きなんだ」
「母上が、僕を見ていた?」
クロードは信じられない顔をしていたが、その目には涙が出ていた。
今までどんなに母親からの愛情を求めても得ることが出来なかった。なのに本当は、息子への愛情を持っていた。
わたしもクロードも驚いた。
ユシリスはわたしの所為で、クロードへの愛情を上手く伝えることが出来ずにいたのだろう。
頑なに彼女を拒み続けた。
自分が彼女と一度は関係を持ったのに、ヴィクトリアを忘れることが出来なかった。
なのに酔ってユシリスを抱き、レンスが生まれたのに誰の子かわからないと拒絶して過ごした。
毒を盛られていたことに気がつき、さらに彼女への不信感は募っていった。
だが全てはわたしの浅はかな行動が、彼女を傷つけ彼女の心を壊してしまったのだ。
今更謝り許しを請うても、彼女の心は壊れてしまったので何も分からない。
わたしは、この領地で彼女が静かに過ごせるように、この場所を一生安定した領地として守り抜く。
そう決めてこの場所へ来た。
王弟が、国王になることになった。
クロード殿下とレンス殿下は、王位継承権の順位が第三位と第四位になった。
第一位は新国王の長男、第二位は次男になった。
元陛下、ジョシュア・レイナード様は、王家が所有する南の領地を任されて、領主として過ごすことが決まっている。
温暖な土地で作物がたくさん採れる、豊かな場所で温泉もあり療養にも良い場所である。
領主として過ごす屋敷の離れには診療所が作られている。
もちろん領地の人達も診療出来るように、解放された診療所で医師の数も多く雇っている。
入院用の部屋数も多く、税金収入の多いこの領地だから出来るのだが、安い料金で診療をしてもらうことが出来るらしい。
そして、その診療所の最上階には、特別室がいくつか作られている。
王族やそれに近い人が入院するための特別室だ。
◇ ◇ ◇
ジョシュアは、退位して、領地に着くとすぐに特別室へと急いだ。
「久しぶりだね、ユシリス」
ジョシュアは、ユシリスを慈愛のこもった眼差しで見た。
「だあれ?わたし今レンスのお世話が忙しいの」
ユシリスはお人形の服を脱がせていた。
「今からお風呂に入れてあげるのよ」
優しくそっと脱がせる姿は、我が子を慈しみ大事に育てている母親そのものだった。
「そうか、お風呂に入れてあげると喜ぶだろうね」
「うん!そうなの。わたしも一緒にお風呂に入るのよ」
ユシリスは人がいるのも構わずに服を脱ぎ始めた。
ジョシュアは慌てて部屋の外へ出ると、看護師に声をかけた。
「ユシリス様はご自分で好きな時にお風呂に入られます。危ない事はしないので大丈夫です。わたし達も常に誰か見ていますので安心してください」
「ユシリスを頼む。これからは毎日会いにくるつもりだ、何かあったら知らせて欲しい」
「かしこまりました」
ジョシュアは、屋敷に戻ると
「誰かレンスとクロードを呼んできてくれ」
と頼んだ。
「父上、お呼びですか?」
「二人にはショックな事かもしれないが、実はこの屋敷の離れにある診療所に、ユシリスが入院しているんだ」
「母上が?」
「母上は今どうしているのですか?」
レンスは不安そうにしていた。
この二年半、わたしはレンスと向き合って過ごした。
クロードはレンスと仲良くしていたが、わたしはレンスを避けていたので、今更どう向き合えばいいのかわからなかった。
だがレンスは、とても素直で、優しい子だった。
わたしから捨て置かれていたのに、恨む事なくわたしを父親として受け入れてくれた。
ユシリスのことは12歳になるので、隠す事はせずある程度話せることだけは伝えている。
ただずっと何処にいるかは知らせていなかった。
レンスは母親の愛情をたくさん貰って育ったので素直で優しい子になった。
クロードは巻き戻しているので、中身は大人。
全てを知り、受け入れて、今はわたしと共にこの南の領地へついて来てくれた。
クロードは、エリーゼにはっきりと、
「貴方ともう一度やり直す事は出来ません」
と断られていた。
初めはショックで塞ぎ込んでいたが今は、
「あの忌まわしい事件を回避して、エリーゼが生きているんだ。僕の前回のエリーゼを失った悲しみや苦しみに比べれば、生きて幸せになっているだけで嬉しいんだ。隣に居られない事は残念だけどね」
と、かなり寂しそうにしていた。
二人には母親の今の状況を隠さずに伝えた。
「ユシリスは、心の病気になっているんだ。だが辛かった記憶は全て忘れていた。今は人形をレンスだと思い込み、人形を世話しながら過ごしているらしい。以前と違ってずっと穏やかで優しい顔をしている」
レンスはそれを聞いて、手をギュッと握りしめていた。
「母上はいつも僕に優しかった。でも本当は兄上のことを凄く気にしていたんだ」
「え?母上が僕のことを?」
クロードもわたしも驚いた。
レンスだけを可愛がってクロードのことを見ようともしなかったユシリスが気にしていた?
「うん、母上が窓の外を見ていることがあるんだ。こっそり母上が見ている目線を探ると、そこには兄上がいるんだ。その時の母上はとても大切な宝物を見つけた時みたいに嬉しそうなんだ。だから僕はその時の優しい顔の母上が今も大好きなんだ」
「母上が、僕を見ていた?」
クロードは信じられない顔をしていたが、その目には涙が出ていた。
今までどんなに母親からの愛情を求めても得ることが出来なかった。なのに本当は、息子への愛情を持っていた。
わたしもクロードも驚いた。
ユシリスはわたしの所為で、クロードへの愛情を上手く伝えることが出来ずにいたのだろう。
頑なに彼女を拒み続けた。
自分が彼女と一度は関係を持ったのに、ヴィクトリアを忘れることが出来なかった。
なのに酔ってユシリスを抱き、レンスが生まれたのに誰の子かわからないと拒絶して過ごした。
毒を盛られていたことに気がつき、さらに彼女への不信感は募っていった。
だが全てはわたしの浅はかな行動が、彼女を傷つけ彼女の心を壊してしまったのだ。
今更謝り許しを請うても、彼女の心は壊れてしまったので何も分からない。
わたしは、この領地で彼女が静かに過ごせるように、この場所を一生安定した領地として守り抜く。
そう決めてこの場所へ来た。
162
お気に入りに追加
4,844
あなたにおすすめの小説

愛されなかった公爵令嬢のやり直し
ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。
母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。
婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。
そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。
どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。
死ぬ寸前のセシリアは思う。
「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。
目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。
セシリアは決意する。
「自分の幸せは自分でつかみ取る!」
幸せになるために奔走するセシリア。
だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。
小説家になろう様にも投稿しています。
タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

虐げられた皇女は父の愛人とその娘に復讐する
ましゅぺちーの
恋愛
大陸一の大国ライドーン帝国の皇帝が崩御した。
その皇帝の子供である第一皇女シャーロットはこの時をずっと待っていた。
シャーロットの母親は今は亡き皇后陛下で皇帝とは政略結婚だった。
皇帝は皇后を蔑ろにし身分の低い女を愛妾として囲った。
やがてその愛妾には子供が生まれた。それが第二皇女プリシラである。
愛妾は皇帝の寵愛を笠に着てやりたい放題でプリシラも両親に甘やかされて我儘に育った。
今までは皇帝の寵愛があったからこそ好きにさせていたが、これからはそうもいかない。
シャーロットは愛妾とプリシラに対する復讐を実行に移す―
一部タイトルを変更しました。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません
天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。
私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。
処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。
魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした
ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。
彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。
しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。
悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。
その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

【完結】領主の妻になりました
青波鳩子
恋愛
「私が君を愛することは無い」
司祭しかいない小さな教会で、夫になったばかりのクライブにフォスティーヌはそう告げられた。
===============================================
オルティス王の側室を母に持つ第三王子クライブと、バーネット侯爵家フォスティーヌは婚約していた。
挙式を半年後に控えたある日、王宮にて事件が勃発した。
クライブの異母兄である王太子ジェイラスが、国王陛下とクライブの実母である側室を暗殺。
新たに王の座に就いたジェイラスは、異母弟である第二王子マーヴィンを公金横領の疑いで捕縛、第三王子クライブにオールブライト辺境領を治める沙汰を下した。
マーヴィンの婚約者だったブリジットは共犯の疑いがあったが確たる証拠が見つからない。
ブリジットが王都にいてはマーヴィンの子飼いと接触、画策の恐れから、ジェイラスはクライブにオールブライト領でブリジットの隔離監視を命じる。
捜査中に大怪我を負い、生涯歩けなくなったブリジットをクライブは密かに想っていた。
長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。
新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。
フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。
フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。
ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。
========================================
*荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください
*約10万字で最終話を含めて全29話です
*他のサイトでも公開します
*10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします
*誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです

【完結】婚約破棄されたから静かに過ごしたかったけど無理でした
かんな
恋愛
カトリーヌ・エルノーはレオナルド・オルコットと婚約者だ。
二人の間には愛などなく、婚約者なのに挨拶もなく、冷え切った生活を送る日々。そんなある日、殿下に婚約破棄を言い渡され――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる