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31話

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「初めまして、エリーゼ・バセットでございます」

わたしはマリーナ様と今回、初めて対峙した。

マリーナ様は、わたしより2つ年上の殿下と同じ年だったので、今は12歳だ。

栗色の髪、ブラウンの瞳、愛らしい顔。

でもどこか人を馬鹿にした雰囲気は、18歳の時の彼女と変わらない。

持って生まれた性格はやはり小さい時から現れているなと実感した。

「わたしはマリーナ・ハウエルよ。貴女見かけない顔ね」

「はい、最近王都に戻って来ましたがずっと領地で過ごしていました」

という設定でいこうと、先生に言われた。

「へぇ、そうなの。エレンとカイラとは知り合いなの?」

「はい、何度かお会いしたことがあります」

二人はわたしを見てにっこりと微笑んだ。

「ふうん」
と言って、わたしの姿を頭から足先まで、舐めるように見てからプイッと目を逸らした。

そして、ふっと小馬鹿にしたように笑って
「大したことないわね」
と小さく吐き捨てた。

わたしは拳をギュッと握りしめて、ぶん殴るのを我慢した。
孤児院生活が長いので、友達の喧嘩を止めるためには一発ぶん殴らないと終わらないので、よく殴っていた。
これ、男の子の喧嘩の仲裁の時のみで、基本わたしはそんなことはもちろんしない。

でも、マリーナ様には一発食らわせてやりたくなった。

それをグッと我慢してわたしは貼り付けた笑顔で

「ハウエル様、お隣に座ってよろしいでしょうか?」
と聞いて確認してから空いていたので仕方なく隣に座った。

「エリーゼ、そのブローチ素敵ね」

カイラが話を振ってくれた。

「ありがとう。わたしの瞳の色に合わせて用意してくれたみたいなの」

その話を聞いてマリーナ様はわたしのブローチをじっと見つめて「ふうん?」と言った。

「それ本物なのかしら?そんな大きな石、見たことないわ。イミテーションなのではなくて?」
と言って今度は鼻で笑った。

わたしはこれが本物だとわかっていた。

だって前回の時は常にドレスや宝石など当たり前のように身につけていた。
特に王太子殿の婚約者になってからは、恥ずかしくない身なりを整えなくてはいけなかったので、身につけるもの一つ一つ自分でこだわって選んでいたので見る目には自信がある。

「公爵令嬢ならば見る目も養わなくてはいけませんわ、ハウエル様?」

わたしは紅茶をいただきながら、彼女を見て柔かに微笑んだ。

「何よ!それが本物だとでも言うの?」

マリーナ様は私をキッと睨み、今度は馬鹿にしたように笑い出した。

「貴女噂によれば領地に住んでいたのでは無くて孤児院にいらしたとか?」
この人は知っていてわたしに話しかけたのね。


「はい?なんのことでしょう?わたしは貴女と同じ公爵令嬢です。
わたしに対して何か言うということは公爵家に対して言っているのと同じですわ。
貴女はバセット公爵家に喧嘩を売るつもりなんですか?」

わたしは前回の時の氷姫の異名を思い出して、なんの感情もない無表情でマリーナ様に問うことにした。

「何よ!たかがちょっと聞いただけじゃない!喧嘩なんて貴女の方がよっぽど下品だわ」


「そんな大きな声で叫んでいる貴女の方がよっぽど下品だと思いますわ」
カイラがボソッと言うと、マリーナ様は顔を真っ赤にして震え出した。

そして持っていたジュースの入ったグラスをカイラにかけた。

バシャッ!

「エリーゼ、どうして庇ったの!」

わたしはカイラの前に慌てて立った。
頭からジュースが流れてきてドレスもジュースまみれになった。

「だってカイラの洋服が汚れたら嫌だもの」
わたしが笑って言うと、

「やっぱり孤児院出身の子ね。汚れても平気なのよ。喉が渇いたならそのドレスにかかったジュースでも飲んだらいいのよ、ふん」
と言って
「気分が悪い、帰るわ」
と、さっさと謝りもせずに席を立った。



「エリーゼ、大丈夫か?」

そこに現れたのは、殿下だった。

「大丈夫です。少し濡れただけですから」

わたしは頭からびしょ濡れになって汚れているドレスを見て、後で手洗いして綺麗にしなきゃいけないなと考えていた。

「すぐに着替えを用意するから部屋へ戻ろう」

殿下はわたしの手を引っ張った。

わたしもぼうっとしていた所為か、思わずそのままついて行ってしまった。
すぐに殿下と一緒にいるなんて!と思ったがこの手をサッと振り払えなかった。

わたしと殿下の姿をマリーナ様は凄い形相で睨みあげていたので、怖すぎて振り払うことも出来なかった。

初めて繋いだ殿下の手は温かかった。

でもこの手はマリーナ様のもの。
わたしはこの手で抱きしめてもらったことも頭を撫でてもらったこともない。
もちろん手を繋いでもらうこともなかった。

お互いいつも人一人分の距離が開いていた。

それがわたしと殿下のそのままの関係だ。

今はただドレスが汚れてみっともないから仕方なく部屋に連れて行かれているだけ。

そう、それだけなのだ。





  
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