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26話 ベルナンド編 最終話
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カリクシードが人が変わったようにみんなと働き始めた。と言っても肉体労働も人の世話もしたことがない男がここではなんの役にも立たない。
だから薬師と共に薬草をすり潰したり、薬草を乾燥させたり、誰でもできる仕事から始めた。
食事も最初の頃は不味くて食べられなかったのに慣れればなんでも食べられるようになったようだ。
少しずつ人の世話もできるようになり、不信感しかなかった人々も多少は警戒心を解き始めた。
だが俺はまだ最後の仕上げをしていない。
カリクシードの罪を、こんな罰で終わらせるつもりはもちろんない。
いくら改心しても今までこの国を貶めてきた元凶であるこの男を許すつもりはない。
マリーナ王女は気が狂いながら処刑された。
クリシアは性病をうつされ、鉱山で男達に犯されながらもうすぐ死んでいくだろう。
そしてこの男は、今、ジュリエットの本当の姿を知って、後悔の中過ごし始めた。
ジュリエットがこの国に貢献してきた事実を。あの女二人が何をしてきたのか。
馬鹿な王様がどれだけあの女二人に馬鹿にされてきたのか。
自分の愚かさに失望し、そして死んでもらう。
「カリクシード様ありがとうございます」
「ああ」
包帯を替えるたびに感謝され、食事を運ぶだけで感謝される。
怪我をした人が少しでも治ってくることに喜びを感じる。
助からなかった人に悲しみと自分たちの無能さを感じる。
カリクシードが人として成長していっている。
「今の彼ならいい国王になれるでしょう」
側近の一人が俺に向かってそう言った。
「そうだな。今のあの男ならな」
ーーだが遅すぎたんだ。
「ベルナンド皇帝、あなたのおかげで目が覚めました。俺は少しでもみんなのために生涯尽くしていきたいと思っています」
ーー今更だろう?
考え方も表情も変わった。傲慢さも身勝手な行動も人を蔑む言葉も言わなくなった。
「カリクシード、お前はこれからどうしたい?」
「………できるならもう一度この国のために尽くしたい」
「お前は愛する妹と恋人がどうなったか心配じゃないのか?」
「あの二人は牢に囚われているのでしょう?俺には助けることはできない。罪を償って改心してくれることを願ってる」
「……へぇ、あの二人の今を見せてやるしかないか」
ある日俺はカリクシードを連れて王城へと向かった。
また地下牢へと連れていく。
「二人はここに?」
「二人は罪を償った。ほら、そこにいるだろう」
二人の遺体は見るに耐えられるものではなかった。
数週間経った遺体は悪臭で地下牢に入ることも憚られた。
カリクシードは「うっ」と言ってその地下牢から出ようとした。
しかし扉は閉められた。
「お前の罰はその遺体と最後を共に過ごすことだ。愛する二人と一生ここで暮らせ」
扉を閉めて、小さな穴から中を覗き声をかけた。
「……うっ……なぜ?二…人は?」
吐きながら問いかけるカリクシード。
「ジュリエットは死んだ」
「はっ?まだそんな嘘を。ジュリエットは確かにこの国のために尽くした。俺が間違っていたことは認める。しかし死んだのは嘘だ、そう見せかけただけだった」
「……あいつは、幼い頃重い病に罹り本当に必死で死と闘い治したんだ。お前と再会するために」
「は?俺と?」
「ジュリエットが言ってた。カリクシードと『また会おう』と幼い頃お茶会で仲良くなって二人は指切りをして次に会う約束をして別れたらしい。でもジュリエットはそれからお茶会に行くことはできなかった。
ジュリエットはお茶会の後、鼻血を出して倒れたんだ。
あいつは元々体が弱かったんだ」
「…………お茶会?………ジュリエットがあの時の女の子?……だがあの女の子はとても可愛いく笑っていたんだ。ジュリエットは笑わない……」
「あいつは確かにあまり笑わなくなった。それは大人になったからでもあり、この国を担う王妃としての責任感から笑うことも忘れ必死だったんだろう。あいつの味方になってくれる者などいなかったからな。お前も含め敵しかいないからな」
「ジュリエットが……俺は初恋の女の子に……嫌われたと思っていた。裏切られたと。だからクリシアの天真爛漫な性格に惹かれた。明るくて可愛らしくて俺に甘えてくるそんなクリシアが愛おしくて。ジュリエットを見るとなぜか心の中が騒ついてイライラして、なのに気になって。それは忘れていたあの女の子のことを無意識に思い出していたのか……」
「ジュリエットは、また再発した。そして……治療が間に合わず亡くなった。俺はお前達三人が許せない。それにこの国も。だがジュリエットなら国民には罪はないと必ず言うはずだ。お前達のこともたぶん許してしまうだろう。あいつは冷たく見えるが心優しい、困っている人を見れば手を差し伸べてしまうような奴だ」
ベルナンド皇帝は低い声になった。とても怒りのこもった恐ろしい声。
「俺はお前達三人だけは絶対許さない。二人はもう死んだ。お前はその二人のそばで死んでいけ、優しさと正常な感情を取り戻した今お前はここで死ぬんだ」
俺は扉の小さな穴を外から閉じた。
もうこの場所に誰もくることはない。
カリクシードのいる地下牢には水飲み場だけはある。
あとは後悔しながら死を待つしかない。
いや、自死するのも一つかもしれないな。
今ならいい国王になれたかもしれないが、遅すぎたんだ。
俺は皇帝のくせに、私情をはさみすぎた。
俺は愛するジュリエットのところへ今から向かう。
アースが俺の姿を追っている。
「アース、お前は生きろ。お前の愛するご主人様はお前にこの青い空で羽ばたき生き続けてほしいと願っているんだ。
俺はひと足先にジュリエットのところへ逝く。すっげぇ、怒られるだろうけど」
俺は今小船に乗っている。
オールも捨てた。
小船には何もない。
あとは死を待つだけだ。
剣で心臓を貫き死ぬよりも徐々に苦しみながら死ぬことを選んだ。
死ぬまでジュリエットのことを思い出しながら。あの世に行ったらくだらない馬鹿なことをジュリエットに言って笑わせよう。
なぁ、ジュリエット、俺はお前がいないこの世界になんの未練もない。
『ベルナンド、あなたって馬鹿じゃないの?』
そう言って俺のことを迎えてくれないかな?
たぶんカリクシード達とは違うあの世に行けると思う。俺はジュリエットと同じあの世だ。
俺は皇帝だから、俺がそう決めたんだ。
お前は愛されない王妃じゃない。
みんなに愛されていたんだと、俺は今から伝えに逝く。
終
◆ ◆ ◆
読んでいただきありがとうございました。
だから薬師と共に薬草をすり潰したり、薬草を乾燥させたり、誰でもできる仕事から始めた。
食事も最初の頃は不味くて食べられなかったのに慣れればなんでも食べられるようになったようだ。
少しずつ人の世話もできるようになり、不信感しかなかった人々も多少は警戒心を解き始めた。
だが俺はまだ最後の仕上げをしていない。
カリクシードの罪を、こんな罰で終わらせるつもりはもちろんない。
いくら改心しても今までこの国を貶めてきた元凶であるこの男を許すつもりはない。
マリーナ王女は気が狂いながら処刑された。
クリシアは性病をうつされ、鉱山で男達に犯されながらもうすぐ死んでいくだろう。
そしてこの男は、今、ジュリエットの本当の姿を知って、後悔の中過ごし始めた。
ジュリエットがこの国に貢献してきた事実を。あの女二人が何をしてきたのか。
馬鹿な王様がどれだけあの女二人に馬鹿にされてきたのか。
自分の愚かさに失望し、そして死んでもらう。
「カリクシード様ありがとうございます」
「ああ」
包帯を替えるたびに感謝され、食事を運ぶだけで感謝される。
怪我をした人が少しでも治ってくることに喜びを感じる。
助からなかった人に悲しみと自分たちの無能さを感じる。
カリクシードが人として成長していっている。
「今の彼ならいい国王になれるでしょう」
側近の一人が俺に向かってそう言った。
「そうだな。今のあの男ならな」
ーーだが遅すぎたんだ。
「ベルナンド皇帝、あなたのおかげで目が覚めました。俺は少しでもみんなのために生涯尽くしていきたいと思っています」
ーー今更だろう?
考え方も表情も変わった。傲慢さも身勝手な行動も人を蔑む言葉も言わなくなった。
「カリクシード、お前はこれからどうしたい?」
「………できるならもう一度この国のために尽くしたい」
「お前は愛する妹と恋人がどうなったか心配じゃないのか?」
「あの二人は牢に囚われているのでしょう?俺には助けることはできない。罪を償って改心してくれることを願ってる」
「……へぇ、あの二人の今を見せてやるしかないか」
ある日俺はカリクシードを連れて王城へと向かった。
また地下牢へと連れていく。
「二人はここに?」
「二人は罪を償った。ほら、そこにいるだろう」
二人の遺体は見るに耐えられるものではなかった。
数週間経った遺体は悪臭で地下牢に入ることも憚られた。
カリクシードは「うっ」と言ってその地下牢から出ようとした。
しかし扉は閉められた。
「お前の罰はその遺体と最後を共に過ごすことだ。愛する二人と一生ここで暮らせ」
扉を閉めて、小さな穴から中を覗き声をかけた。
「……うっ……なぜ?二…人は?」
吐きながら問いかけるカリクシード。
「ジュリエットは死んだ」
「はっ?まだそんな嘘を。ジュリエットは確かにこの国のために尽くした。俺が間違っていたことは認める。しかし死んだのは嘘だ、そう見せかけただけだった」
「……あいつは、幼い頃重い病に罹り本当に必死で死と闘い治したんだ。お前と再会するために」
「は?俺と?」
「ジュリエットが言ってた。カリクシードと『また会おう』と幼い頃お茶会で仲良くなって二人は指切りをして次に会う約束をして別れたらしい。でもジュリエットはそれからお茶会に行くことはできなかった。
ジュリエットはお茶会の後、鼻血を出して倒れたんだ。
あいつは元々体が弱かったんだ」
「…………お茶会?………ジュリエットがあの時の女の子?……だがあの女の子はとても可愛いく笑っていたんだ。ジュリエットは笑わない……」
「あいつは確かにあまり笑わなくなった。それは大人になったからでもあり、この国を担う王妃としての責任感から笑うことも忘れ必死だったんだろう。あいつの味方になってくれる者などいなかったからな。お前も含め敵しかいないからな」
「ジュリエットが……俺は初恋の女の子に……嫌われたと思っていた。裏切られたと。だからクリシアの天真爛漫な性格に惹かれた。明るくて可愛らしくて俺に甘えてくるそんなクリシアが愛おしくて。ジュリエットを見るとなぜか心の中が騒ついてイライラして、なのに気になって。それは忘れていたあの女の子のことを無意識に思い出していたのか……」
「ジュリエットは、また再発した。そして……治療が間に合わず亡くなった。俺はお前達三人が許せない。それにこの国も。だがジュリエットなら国民には罪はないと必ず言うはずだ。お前達のこともたぶん許してしまうだろう。あいつは冷たく見えるが心優しい、困っている人を見れば手を差し伸べてしまうような奴だ」
ベルナンド皇帝は低い声になった。とても怒りのこもった恐ろしい声。
「俺はお前達三人だけは絶対許さない。二人はもう死んだ。お前はその二人のそばで死んでいけ、優しさと正常な感情を取り戻した今お前はここで死ぬんだ」
俺は扉の小さな穴を外から閉じた。
もうこの場所に誰もくることはない。
カリクシードのいる地下牢には水飲み場だけはある。
あとは後悔しながら死を待つしかない。
いや、自死するのも一つかもしれないな。
今ならいい国王になれたかもしれないが、遅すぎたんだ。
俺は皇帝のくせに、私情をはさみすぎた。
俺は愛するジュリエットのところへ今から向かう。
アースが俺の姿を追っている。
「アース、お前は生きろ。お前の愛するご主人様はお前にこの青い空で羽ばたき生き続けてほしいと願っているんだ。
俺はひと足先にジュリエットのところへ逝く。すっげぇ、怒られるだろうけど」
俺は今小船に乗っている。
オールも捨てた。
小船には何もない。
あとは死を待つだけだ。
剣で心臓を貫き死ぬよりも徐々に苦しみながら死ぬことを選んだ。
死ぬまでジュリエットのことを思い出しながら。あの世に行ったらくだらない馬鹿なことをジュリエットに言って笑わせよう。
なぁ、ジュリエット、俺はお前がいないこの世界になんの未練もない。
『ベルナンド、あなたって馬鹿じゃないの?』
そう言って俺のことを迎えてくれないかな?
たぶんカリクシード達とは違うあの世に行けると思う。俺はジュリエットと同じあの世だ。
俺は皇帝だから、俺がそう決めたんだ。
お前は愛されない王妃じゃない。
みんなに愛されていたんだと、俺は今から伝えに逝く。
終
◆ ◆ ◆
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