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「なあ、本当に帰るのか?」
「約束の一年、私はこの国で過ごしたわ」
男が自分の髪をくしゃくしゃっと掻きむしる。
この男はこの国の皇帝。
ベルナンド・ハワー。端正な顔立ちで美丈夫と言われ、たくさんの令嬢や他国の姫君達を虜にしてきた。
かなりモテるため女遊びもそれなりに楽しんできたであろうことが窺える。
そんな男がこの一年、この女性だけに愛を乞うてきた。
なのに……
「私が人質として過ごす期間はもうすぐ終わります。国に帰り夫を支えなければなりません」
「あんな碌でもない夫のせいで君はこの国に無理やり連れてこられた。そろそろ見切りをつける頃では?」
「それを決めるのは私ではありません。全ては夫であるカリクシード・フォード……陛下がお決めになることですわ」
「あの男は、君のその健気な気持ちなどつゆほども知らずに面白おかしく過ごしているのだぞ?」
皇帝は不機嫌な態度を崩さなかった。
ジュリエットは皇帝の言葉にほんの一瞬表情を動かした。しかしすぐに感情を消し去り、無表情で誰にも感情を読み取らせないまま答えた。
「たとえそうだとしても……私は彼の妻で王妃なのです」
ジュリエットもまた皇帝に対して自分の意思を変えない。どんなに彼に愛を乞われようとも心が動くことはなかった。
「お前が俺のものになると言えば、あの男は何も言わず妻である王妃を簡単に差し出す男だ。手放すことをほんの少しも惜しむことも躊躇うこともなくな。わかっているだろう?」
「私は明日国へ帰りますわ」
窓の外は雨が降っていた。
ハワー帝国に来た日も雨が降っていた。
多分明日もこの雨は止まないだろう。
ジュリエットは一年ぶりに帰る祖国に思いを馳せているのか、それとも憂いているのかわからない。
次の日の朝。
ベルナンドは無理やりこの国に留めることも出来ることはわかってはいたが、彼女が帰るという意思を無理やり止めることはできずに黙って見送ることにした。
「ジュリエット王妃、もし何か辛いことや苦しいことがおきた時はすぐに伝言をよこせ。お前のそばにはいつもアースがいる。いつでも俺を呼べ」
ベルナンドは別れの時、空に飛ぶ大きな鳥を見上げ、「アースをお前の護衛につける」と言った。
アースは一年前、ジュリエットがハワー帝国に着いた日、雨の中地面で怪我をして死にかけているのをジュリエットが助けた鷹だった。
野生に帰した鷹は遠くへ行かず常にジュリエットの近くで過ごした。
「アースが護衛?ふふっ、素敵な護衛をありがとうございます」
ジュリエットが別れの際に顔を綻ばせた。
「俺はお前が笑うところを最後に見れて嬉しいぞ」
ベルナンドが満足そうに笑い、ジュリエットの髪を一房握り、そっと口付けをした。
たとえ皇帝でも人妻であるジュリエットの頬にキスを落とすことはできない。
「人妻であるお前に俺は何度も愛を伝えたが、俺は振られてしまったな」
「貴方ほど勇敢で有能な皇帝はおりませんわ。私など捨て置き、幸せになってくださいませ」
美しいカーテシーをしてジュリエットは馬車に乗った。
迎えに来た馬車は一台のみ。
いくら人質として帝国で暮らした王妃とはいえもう少し労いや感謝があってもいいものではないだろうか。
せめて迎えくらいはもう少し人を寄越してもいいのではないだろうか。
何も悪いことはしていない王妃。
フォード王国がハワー帝国へ幾度となく間者を送っていることがバレてしまい間者が捕まった。
王族の人質を差し出すことでなんとかフォード王国が戦争を起こそうなどと考えていないことを示すことになった。
まだ国王の座を譲られたばかりの若き王であるカリクシードは23歳。
そして今回人質として名をあげられたのはまだ嫁いでいない次女の16歳のマリーナだった。
しかしマリーナは甘やかされ育ったため人質としてハワー帝国へ行くことを嫌がり、泣き叫び最後には部屋から出てこなくなった。
食事もとらず痩せ細り倒れてしまった。
そして病気になり手に負えなくなったマリーナの代わりに指名されたのが嫁いできたばかりのジュリエット19歳だった。
嫁いだばかりのジュリエットは愛する夫に「妹の代わりに人質になってほしい」と言われ、一言も文句を言わずに頷きハワー帝国へと来たと報告を受けていた。
ジュリエットは御者と護衛騎士二人と共に祖国へと帰って行った。
「あーー、ちくしょう!ジュリエット、いつでも頼ってこいよ!」
馬車に向かって叫ぶ皇帝を側近や騎士達は生温かい目を向けて見ていた。
「約束の一年、私はこの国で過ごしたわ」
男が自分の髪をくしゃくしゃっと掻きむしる。
この男はこの国の皇帝。
ベルナンド・ハワー。端正な顔立ちで美丈夫と言われ、たくさんの令嬢や他国の姫君達を虜にしてきた。
かなりモテるため女遊びもそれなりに楽しんできたであろうことが窺える。
そんな男がこの一年、この女性だけに愛を乞うてきた。
なのに……
「私が人質として過ごす期間はもうすぐ終わります。国に帰り夫を支えなければなりません」
「あんな碌でもない夫のせいで君はこの国に無理やり連れてこられた。そろそろ見切りをつける頃では?」
「それを決めるのは私ではありません。全ては夫であるカリクシード・フォード……陛下がお決めになることですわ」
「あの男は、君のその健気な気持ちなどつゆほども知らずに面白おかしく過ごしているのだぞ?」
皇帝は不機嫌な態度を崩さなかった。
ジュリエットは皇帝の言葉にほんの一瞬表情を動かした。しかしすぐに感情を消し去り、無表情で誰にも感情を読み取らせないまま答えた。
「たとえそうだとしても……私は彼の妻で王妃なのです」
ジュリエットもまた皇帝に対して自分の意思を変えない。どんなに彼に愛を乞われようとも心が動くことはなかった。
「お前が俺のものになると言えば、あの男は何も言わず妻である王妃を簡単に差し出す男だ。手放すことをほんの少しも惜しむことも躊躇うこともなくな。わかっているだろう?」
「私は明日国へ帰りますわ」
窓の外は雨が降っていた。
ハワー帝国に来た日も雨が降っていた。
多分明日もこの雨は止まないだろう。
ジュリエットは一年ぶりに帰る祖国に思いを馳せているのか、それとも憂いているのかわからない。
次の日の朝。
ベルナンドは無理やりこの国に留めることも出来ることはわかってはいたが、彼女が帰るという意思を無理やり止めることはできずに黙って見送ることにした。
「ジュリエット王妃、もし何か辛いことや苦しいことがおきた時はすぐに伝言をよこせ。お前のそばにはいつもアースがいる。いつでも俺を呼べ」
ベルナンドは別れの時、空に飛ぶ大きな鳥を見上げ、「アースをお前の護衛につける」と言った。
アースは一年前、ジュリエットがハワー帝国に着いた日、雨の中地面で怪我をして死にかけているのをジュリエットが助けた鷹だった。
野生に帰した鷹は遠くへ行かず常にジュリエットの近くで過ごした。
「アースが護衛?ふふっ、素敵な護衛をありがとうございます」
ジュリエットが別れの際に顔を綻ばせた。
「俺はお前が笑うところを最後に見れて嬉しいぞ」
ベルナンドが満足そうに笑い、ジュリエットの髪を一房握り、そっと口付けをした。
たとえ皇帝でも人妻であるジュリエットの頬にキスを落とすことはできない。
「人妻であるお前に俺は何度も愛を伝えたが、俺は振られてしまったな」
「貴方ほど勇敢で有能な皇帝はおりませんわ。私など捨て置き、幸せになってくださいませ」
美しいカーテシーをしてジュリエットは馬車に乗った。
迎えに来た馬車は一台のみ。
いくら人質として帝国で暮らした王妃とはいえもう少し労いや感謝があってもいいものではないだろうか。
せめて迎えくらいはもう少し人を寄越してもいいのではないだろうか。
何も悪いことはしていない王妃。
フォード王国がハワー帝国へ幾度となく間者を送っていることがバレてしまい間者が捕まった。
王族の人質を差し出すことでなんとかフォード王国が戦争を起こそうなどと考えていないことを示すことになった。
まだ国王の座を譲られたばかりの若き王であるカリクシードは23歳。
そして今回人質として名をあげられたのはまだ嫁いでいない次女の16歳のマリーナだった。
しかしマリーナは甘やかされ育ったため人質としてハワー帝国へ行くことを嫌がり、泣き叫び最後には部屋から出てこなくなった。
食事もとらず痩せ細り倒れてしまった。
そして病気になり手に負えなくなったマリーナの代わりに指名されたのが嫁いできたばかりのジュリエット19歳だった。
嫁いだばかりのジュリエットは愛する夫に「妹の代わりに人質になってほしい」と言われ、一言も文句を言わずに頷きハワー帝国へと来たと報告を受けていた。
ジュリエットは御者と護衛騎士二人と共に祖国へと帰って行った。
「あーー、ちくしょう!ジュリエット、いつでも頼ってこいよ!」
馬車に向かって叫ぶ皇帝を側近や騎士達は生温かい目を向けて見ていた。
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