7 / 44
愛し子。② 陛下編
しおりを挟む
雨が降らない。
国全体が水不足に陥っていた。
「陛下、このままでは暴動が起きます。何か対策を考えなければなりません」
宰相が言い出した話はとんでもないものだった。
「雨が降らない……それをどうすればいいと言うのだ?」
「………古文書には……この国の一番高いアルゼーネ山の源泉に人柱として差し出せば雨が降り続いたと書かれておりました」
「人柱?それは死刑になる罪人でもいいのか?」
「……それが……王の血を引くものに限ると書かれております」
「王の血を引く?」
「はい」
「王子達はこの国をいずれ統べる者達だ。絶対に人柱になど出来ぬ!」
「わかっております、もう一人いらっしゃるではありませんか?」
「…………クリスティーナか?」
「はい、離宮から出て来ない王女などこの国に必要だとは思えません」
冷たい言葉に周囲にいた者達は固まった。
「……しかし……セリーヌが……」
「心優しいセリーヌ様なら納得してくださるでしょう。国民のためです」
「………考えさせてくれ」
「そんな悠長なことを言っていたら日に日に国民は不満を募らせます。このままではこの国は滅んでしまいます」
「だがすぐには決められぬ」
わたしは部屋から出ることが出来なかった。
クリスティーナと接したことなどなかった。
何度か近くまで行ったが会う勇気すらなかった。
それに何かにつけ側妃達が会いに行くのを邪魔する。
この国が衰退していく今それしかないのなら国の一番上の人間なのだから冷酷に判断すればいいのだ。
そうは思っても結論は出なかった。
側妃達が訪ねて来るも全て断った。
わたしは父親として一番最低最悪な判断をすることにした。
地獄があるならわたしは喜んで地獄へと堕ちよう。
我が子を見殺しにするのだ。
感情を捨てて部屋から出ると騎士に向かって言った。
「クリスティーナをすぐに人柱としてアルゼーネ山の源泉に連れて行け。セリーヌには真実は告げるな。わかったな」
「「「はい」」」
セリーヌがいる離宮はあれは古い寂れた離れでしかなかった。
離宮と呼べるほどの広さも豪華さもない。
その昔国王が愛する女を閉じ込めるために作った離れだった。
愛する女が逃げ出さないように高い塀で囲われ門からも一番遠い場所に建てられた。
セリーヌには態とその場所を選んで住まわせた。
側妃達がなかなか行かない遠い場所。出来るだけ嫌がらせされないように二人だけでゆっくりと過ごせるように。
わたしの目がいかない場所なら二人はのんびりと暮らせるだろうと思ったから、そして自分の目に入れたくなかったから。
どんなに避けようともセリーヌのことを想ってしまう。死にそうになっていると聞けば、人前では「だからなんだ放っておけ」と言うのに心の中では心配でたまらない。
いっそ死んでくれればこんな気持ちなんてなくなるのではと思ってしまう。
側妃達の嫌がらせで食事すら持って行かさないようにしていると聞いても、「ああやっと死んでくれるのか」とホッとする自分がいる。なのに心配になり騎士達に巡回させて状況を調べさせてしまう。
そしてセリーヌの幼馴染の近衛騎士のヴィルや財務相をしているヴィルの義兄達がセリーヌを守っていると聞き安心してしまう。
ヴィル、あれはまだまだ18歳の若造だ。正義感が強く、だからこそ脆い。この王宮の中で正義感などあっても生き抜くことは出来ない。
セリーヌに肩入れしていれば昇進することはないだろう。
特に宰相はセリーヌのことになるとわたし以上に敏感だ。
今ならわかる。
わたしが愛している以上に宰相はセリーヌに対して愛により狂ってしまっている。
側妃達を焚きつけセリーヌを追い込みわたしからセリーヌを遠ざけ、なんとか自分のものにしようとしている。
わたしも嫉妬で狂いセリーヌと離れてやっと見えてきた周りの姿。
それでももう止めることは出来ない。
雨は降らない。
雨が降らなければ作物は実らない。喉を潤すこともできない。国民は、そしてわたし達は死ぬしかないのだ。
苦渋の決断だった。
わたしが人柱になることも考えた。だがこの国を託すだけの者がいない。
心の中でセリーヌに詫び一度も愛情をかけてあげられなかったクリスティーナに詫びた。
『いずれわたしが地獄に堕ちるから、その時お前達に地面に頭をつけ詫びるから…すまない』
王としての判断は正しいのだと何度も自分に言い聞かせた。
クリスティーナは今頃アルゼーネ山の源泉に連れて行かれただろうか。
そろそろ泉に投げ捨てられただろうか。
6歳になったクリスティーナは全てわかっているだろうか。
父親に見捨てられ殺されることを。
愛情もかけず放置して殺される。
仕事すら手につかない。
時間が経たない。
そして…………
雨が降り出した。
周りは歓喜の声をあげている。
「………あーーー!!」
わたしは蹲り床を何度も殴りつけた。
手から血が出ても止めようとしなかった。
「陛下、おやめください!これでいいんです」
宰相は高揚していた。
「これで国民は救われたんです、たかが娘一人の命です」
「お前は……ふざけるな!わたしの娘なんだ、たかがなんかではない!」
「何を言っているんですか?一度も会おうともせず死にそうになっても助けもしなかったのに。今更でしょう?」
その言葉にわたしは何も言い返せなかった。
国全体が水不足に陥っていた。
「陛下、このままでは暴動が起きます。何か対策を考えなければなりません」
宰相が言い出した話はとんでもないものだった。
「雨が降らない……それをどうすればいいと言うのだ?」
「………古文書には……この国の一番高いアルゼーネ山の源泉に人柱として差し出せば雨が降り続いたと書かれておりました」
「人柱?それは死刑になる罪人でもいいのか?」
「……それが……王の血を引くものに限ると書かれております」
「王の血を引く?」
「はい」
「王子達はこの国をいずれ統べる者達だ。絶対に人柱になど出来ぬ!」
「わかっております、もう一人いらっしゃるではありませんか?」
「…………クリスティーナか?」
「はい、離宮から出て来ない王女などこの国に必要だとは思えません」
冷たい言葉に周囲にいた者達は固まった。
「……しかし……セリーヌが……」
「心優しいセリーヌ様なら納得してくださるでしょう。国民のためです」
「………考えさせてくれ」
「そんな悠長なことを言っていたら日に日に国民は不満を募らせます。このままではこの国は滅んでしまいます」
「だがすぐには決められぬ」
わたしは部屋から出ることが出来なかった。
クリスティーナと接したことなどなかった。
何度か近くまで行ったが会う勇気すらなかった。
それに何かにつけ側妃達が会いに行くのを邪魔する。
この国が衰退していく今それしかないのなら国の一番上の人間なのだから冷酷に判断すればいいのだ。
そうは思っても結論は出なかった。
側妃達が訪ねて来るも全て断った。
わたしは父親として一番最低最悪な判断をすることにした。
地獄があるならわたしは喜んで地獄へと堕ちよう。
我が子を見殺しにするのだ。
感情を捨てて部屋から出ると騎士に向かって言った。
「クリスティーナをすぐに人柱としてアルゼーネ山の源泉に連れて行け。セリーヌには真実は告げるな。わかったな」
「「「はい」」」
セリーヌがいる離宮はあれは古い寂れた離れでしかなかった。
離宮と呼べるほどの広さも豪華さもない。
その昔国王が愛する女を閉じ込めるために作った離れだった。
愛する女が逃げ出さないように高い塀で囲われ門からも一番遠い場所に建てられた。
セリーヌには態とその場所を選んで住まわせた。
側妃達がなかなか行かない遠い場所。出来るだけ嫌がらせされないように二人だけでゆっくりと過ごせるように。
わたしの目がいかない場所なら二人はのんびりと暮らせるだろうと思ったから、そして自分の目に入れたくなかったから。
どんなに避けようともセリーヌのことを想ってしまう。死にそうになっていると聞けば、人前では「だからなんだ放っておけ」と言うのに心の中では心配でたまらない。
いっそ死んでくれればこんな気持ちなんてなくなるのではと思ってしまう。
側妃達の嫌がらせで食事すら持って行かさないようにしていると聞いても、「ああやっと死んでくれるのか」とホッとする自分がいる。なのに心配になり騎士達に巡回させて状況を調べさせてしまう。
そしてセリーヌの幼馴染の近衛騎士のヴィルや財務相をしているヴィルの義兄達がセリーヌを守っていると聞き安心してしまう。
ヴィル、あれはまだまだ18歳の若造だ。正義感が強く、だからこそ脆い。この王宮の中で正義感などあっても生き抜くことは出来ない。
セリーヌに肩入れしていれば昇進することはないだろう。
特に宰相はセリーヌのことになるとわたし以上に敏感だ。
今ならわかる。
わたしが愛している以上に宰相はセリーヌに対して愛により狂ってしまっている。
側妃達を焚きつけセリーヌを追い込みわたしからセリーヌを遠ざけ、なんとか自分のものにしようとしている。
わたしも嫉妬で狂いセリーヌと離れてやっと見えてきた周りの姿。
それでももう止めることは出来ない。
雨は降らない。
雨が降らなければ作物は実らない。喉を潤すこともできない。国民は、そしてわたし達は死ぬしかないのだ。
苦渋の決断だった。
わたしが人柱になることも考えた。だがこの国を託すだけの者がいない。
心の中でセリーヌに詫び一度も愛情をかけてあげられなかったクリスティーナに詫びた。
『いずれわたしが地獄に堕ちるから、その時お前達に地面に頭をつけ詫びるから…すまない』
王としての判断は正しいのだと何度も自分に言い聞かせた。
クリスティーナは今頃アルゼーネ山の源泉に連れて行かれただろうか。
そろそろ泉に投げ捨てられただろうか。
6歳になったクリスティーナは全てわかっているだろうか。
父親に見捨てられ殺されることを。
愛情もかけず放置して殺される。
仕事すら手につかない。
時間が経たない。
そして…………
雨が降り出した。
周りは歓喜の声をあげている。
「………あーーー!!」
わたしは蹲り床を何度も殴りつけた。
手から血が出ても止めようとしなかった。
「陛下、おやめください!これでいいんです」
宰相は高揚していた。
「これで国民は救われたんです、たかが娘一人の命です」
「お前は……ふざけるな!わたしの娘なんだ、たかがなんかではない!」
「何を言っているんですか?一度も会おうともせず死にそうになっても助けもしなかったのに。今更でしょう?」
その言葉にわたしは何も言い返せなかった。
73
お気に入りに追加
1,727
あなたにおすすめの小説
【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います
ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には
好きな人がいた。
彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが
令嬢はそれで恋に落ちてしまった。
だけど彼は私を利用するだけで
振り向いてはくれない。
ある日、薬の過剰摂取をして
彼から離れようとした令嬢の話。
* 完結保証付き
* 3万文字未満
* 暇つぶしにご利用下さい
愛する旦那様が妻(わたし)の嫁ぎ先を探しています。でも、離縁なんてしてあげません。
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
【清い関係のまま結婚して十年……彼は私を別の男へと引き渡す】
幼い頃、大国の国王へ献上品として連れて来られリゼット。だが余りに幼く扱いに困った国王は末の弟のクロヴィスに下賜した。その為、王弟クロヴィスと結婚をする事になったリゼット。歳の差が9歳とあり、旦那のクロヴィスとは夫婦と言うよりは歳の離れた仲の良い兄妹の様に過ごして来た。
そんな中、結婚から10年が経ちリゼットが15歳という結婚適齢期に差し掛かると、クロヴィスはリゼットの嫁ぎ先を探し始めた。すると社交界は、その噂で持ちきりとなり必然的にリゼットの耳にも入る事となった。噂を聞いたリゼットはショックを受ける。
クロヴィスはリゼットの幸せの為だと話すが、リゼットは大好きなクロヴィスと離れたくなくて……。
かわいそうな旦那様‥
みるみる
恋愛
侯爵令嬢リリアのもとに、公爵家の長男テオから婚約の申し込みがありました。ですが、テオはある未亡人に惚れ込んでいて、まだ若くて性的魅力のかけらもないリリアには、本当は全く異性として興味を持っていなかったのです。
そんなテオに、リリアはある提案をしました。
「‥白い結婚のまま、三年後に私と離縁して下さい。」
テオはその提案を承諾しました。
そんな二人の結婚生活は‥‥。
※題名の「かわいそうな旦那様」については、客観的に見ていると、この旦那のどこが?となると思いますが、主人公の旦那に対する皮肉的な意味も込めて、あえてこの題名にしました。
※小説家になろうにも投稿中
※本編完結しましたが、補足したい話がある為番外編を少しだけ投稿しますm(_ _)m
恋人に捨てられた私のそれから
能登原あめ
恋愛
* R15、シリアスです。センシティブな内容を含みますのでタグにご注意下さい。
伯爵令嬢のカトリオーナは、恋人ジョン・ジョーに子どもを授かったことを伝えた。
婚約はしていなかったけど、もうすぐ女学校も卒業。
恋人は年上で貿易会社の社長をしていて、このまま結婚するものだと思っていたから。
「俺の子のはずはない」
恋人はとても冷たい眼差しを向けてくる。
「ジョン・ジョー、信じて。あなたの子なの」
だけどカトリオーナは捨てられた――。
* およそ8話程度
* Canva様で作成した表紙を使用しております。
* コメント欄のネタバレ配慮してませんので、お気をつけください。
* 別名義で投稿したお話の加筆修正版です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】この運命を受け入れましょうか
なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」
自らの夫であるルーク陛下の言葉。
それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。
「承知しました。受け入れましょう」
ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。
彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。
みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。
だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。
そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。
あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。
これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。
前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。
ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。
◇◇◇◇◇
設定は甘め。
不安のない、さっくり読める物語を目指してます。
良ければ読んでくだされば、嬉しいです。
信じないだろうが、愛しているのはお前だけだと貴方は言う
jun
恋愛
相思相愛の婚約者と後半年で結婚という時、彼の浮気発覚。そして浮気相手が妊娠…。
婚約は破棄され、私は今日もいきつけの店で一人静かにお酒を飲む。
少し離れた席で、似たような酒の飲み方をする男。
そのうち話すようになり、徐々に距離が縮まる二人。
しかし、男には家庭があった…。
2024/02/03 短編から長編に変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる