【完結】家族に冷遇された姫は一人の騎士に愛を捧げる。貴方を愛してもいいですか?

たろ

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3話

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 サムが帰り、わたしは一人昼食を食べようとテーブルにパンとさっきもらったスープを温めてお皿に入れて椅子に座った。

「いただきます」

 アクアは今眠っているのか出てこない。

 たまには一人の時間もいいよねー、なんて思いながら食事をとっていると、考えるのはやっぱりヴィーのこと。

 今日はお休みでもないし演習で遠くに行くとも言ってなかった。
『じゃあ明日な。寂しいからって泣くなよ』
 と笑いながら帰って行った。

 そう言ったのに……ヴィーに会えない日はとても寂しい。




 ガチャガチャッ。

 扉を無理やり開けようとする音。

「誰?」

 玄関へと走っていくと

「おい!開けろ!」
 ドンドンと扉を叩くのは義弟の一人、バートンだった。

「何故ここに?何か用事があるの?」

「いいから開けろ!おい、誰かこの扉をぶっ壊せ!」
 外からあり得ないことを言い出すバートン。

 扉を壊されたらどうやって修理をするの?

「開けるから壊さないで!」
 わたしは慌てて扉を開けた。
 バートンは乱暴に中に入ってくると

「お前何してたんだ?」

「お昼を食べていました」

「ふーん」そう言うと彼は勝手に部屋の方へと入ってきた。

『離れ』のこの家は台所と食事をする部屋、客間、私室、あと使用人用の部屋など二階建てで一人で暮らすには十分な部屋数があった。

 バートンがここに訪れたのは初めてのことだ。

 わたしは今度は何をされるのかビクビクとしながら様子を伺った。
 数人の騎士達も黙ってバートンの様子を見守っていた。その中にはわたしに対して優しくしてくれている人もいたので、少しだけ油断をしていた。

 バートンはいきなりわたしを壁に押し付けた。

「やっ」声を出そうとしたら口を手で塞がれた。

「お前、もうすぐラーセン国の側室として嫁がされるらしいな」

「…………嘘っ」
 わたしは大きく目を見開いた。
 16歳の誕生日をもうすぐ迎える。

「やっぱりまだ知らなかったか……」
 ニヤニヤと気持ち悪い笑いをしながら耳元でバートンが囁いた。

「僕も、もうすぐ14歳になるんだ、成人になる前の儀式って知ってる?」

 ーー何を言ってるの?

 気持ち悪くて声が出ない。

 壁に押さえつけられてガタガタ震えていると
「教えてやろうか?クリスティーナ、いや姉上。僕はこれから成人になるために閨の教育を受けるんだ。せっかくだから姉上に最初に教わろうと思って来たんだ」

 わたしは横に首を振った。

「ふん、どうせ側妃になったらいいように抱き潰されて捨てられるんだ。だったらしっかりこの国で教育されたほうがいいだろう?そしたら向こうの国へ行っても怖くないしさ。おい、姉上をベッドに連れて行け」

 ーー嫌だ、嫌だ………なのに怖くて声が出ない。逃げたいのに体が動かない。

 ーーヴィー、助けて!
 ーーアクア、どこにいるの?

 こんな時に限ってアクアの気配を感じない。

 騎士がわたしをすまなそうに抱き抱えた。

「申し訳ありません」小さな声で謝罪する。バートンは王子だから逆らえない。
 わかっているのになんとか助けてもらえないかと騎士を震えながら見つめた。

 バートンを止められるのは陛下だけ。だけど陛下がここに現れることは決してない。

 ヴィーだってもし来ても助けることはできないだろう。
 義弟に犯されるなんて……

「母上がせっかく習うなら姉上に習うのがいいだろうと言われたんだ。夕方にはルシウスも姉上に教わりに来るから楽しみに待っててね。じゃんけんに勝った僕が先に姉上の純潔をもらうことにしたんだ」

 ーーえ?これは側妃の二人が企てたことなの?

 わたしの服を脱がせ始めた。

 少しでも触れるバートンの手が気持ち悪くて鳥肌しか立たない。わたしは思わず………


 ……………吐いた。

 思いっきりさっきまで食べていた物を彼の顔と服に……

 ……………吐いた。

「うっわあ、何をするんだ!」
 バートンはこんなことされたの初めてなのだろう。わたしの体から離れた。

 ーーわたしだって人の顔に吐いたのは初めてだわ。


 その時、

 “ティーナ!”

 アクアが慌てて現れた。

 そしてわたしを助けようとバートンへ攻撃しようとした瞬間……アクアがお腹を抱えて笑い出した。

 “うわっ、こいつ汚い!うわっ、臭っ!”

 ーーうっ……そんなに笑わないで……わたしが……したのだから……

アクアはすぐに状況がわかると

 “今日はこの王城中の水を空にしてやる”
と怒り出した。

「おい、風呂を貸せ!」
 バートンは顔や体にかかったわたしの……うん、それを騎士からもらったタオルで拭きながらお風呂へと向かった。

 ーーアクアが水を空にすると言ったので多分そう言うことだろう。

「おい、水が出ないぞ」

ーーやはり。

 わたしはまだ気分が悪いフリをしてベッドに蹲っていた。
 騎士達は「助かってよかったです、助けてあげられなくて申し訳ありませんでした」と深々と頭を下げて部屋を出て行った。

「大丈夫です」とは流石に言ってはあげられなかった。

 わたしがベッドに横になってぐったりとしているとアクアが「はい、お水」と言ってコップに水を入れてくれた。

 わたしは冷たい美味しい水を飲んでなんとか気持ちを落ち着かせた。

 ヴィーや団長は、多分無理やり他の用事を作りわたしから遠ざけられていたのだろう。

 こんな酷い姿をヴィーに見られなくて良かった。

 “ティーナ、服、服綺麗に整えよう”

 ーーあっ。

 髪の毛は乱れてるし服は少し破れていた。

「急いで着替えるわ」

 そう言ったけど手が震えて服が着替えられない。

 “僕がしてあげるわけにはいかないし……”

 シュンとなるアクアに

 ーーもう少しだけ…落ち着いたら大丈夫だから。

 と、なんとか笑顔を作って言うと、アクアがぽろぼ涙を流し始めた。

 “ごめんね、こんな時にそばに居てあげられなくて”

 ーーううん、アクアにだって妖精さんとしての仕事もあるもの。



 その日、王城全ての水が枯れた。


 王城の広い池もいつもは湧き出ている温かい湯も、井戸の水も、全ての水がなくなった。




 ヴィーは、城の外で側妃の警護にあたっていたらしい。

 城の水全てが一瞬で失くなったことを知りわたしのところへ慌ててやってきた。

「クリスティーナ様……何かありましたか?」

 わたしが真っ暗な部屋でベッドの毛布を被っている姿を見て
「何かされたんですか?何かひどいことを言われたのですか?誰が、誰が貴女にしたのですか?」

 ランプの灯りを点けようとしたので
「点けないで!」と思わず叫んでしまった。

 何もする気が起こらず毛布を被ったままだったわたしはこんな姿をヴィーにだけは見られたくなかった。

「怪我はしていませんか?」

「うん」

「お腹は空いていませんか?」

「……………うん」

「来る時にりんごを一つポケットに入れてきました。食べますか?」

「…………いらない」

「俺は今日廊下にいます。だから安心して眠ってください」

「りんごはここに置いておきます………それからアクアに病院にだけは水を与えて欲しいと伝えてもらえませんか?怪我をしている人の傷を綺麗にしたり、熱がある人に水分は必要なんです」

「あっ………ごめんなさい。わたしの所為で苦しむ人がいる………アクアお願い。お水を元に戻して」

 “だったらあの四人だけは水が使えないようにする。それはやめない”

 ーーうん、わかったわ。お水がないと生き物はみんな死んでしまうの。だから四人にも生きていくためのお水だけは……

 “飲み水だけ。それ以外はやだ”


「ヴィー、アクアがお水は元に戻してくれたわ」

「アクア、ありがとう。クリスティーナ様……今日はしっかり休んでください」

「うん、りんごありがとう」

 ヴィーは何も聞かずに部屋を出て……多分廊下で一晩わたしを見守ってくれるのだろう。

 何度となくヴィーはこうしてわたしを守ってくれた。

 側妃達から酷いことをされた時は、特に。

「クリスティーナ様は泣き虫だから泣かないようにそばにいます」

 いつもそう言って。

 いつも何も聞かずに。

 だからヴィーがいると安心して眠れるの。
 もう子供じゃないんだから、一人で平気にならないといけないのに。



 “ティーナ、ゆっくり休んで。僕とヴィーが守るから”











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