番犬と十七夜

司書Y

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差出人S

儀式 1

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 少しだけ開いたサッシからは涼しい風が入って来ていた。秋の風だ。まだ、不揃いの小さな虫の声が風に混じる。
 その風が髪を撫でるまま、葉は開いたカーテンの向こうを見ていた。

「葉」

 すら。と、音をさせて、襖が開く。
 呼び声に振り返ると、貴志狼がいた。頭にかけたタオルで髪を拭きながら、片手にはスマートフォンを持っている。

「あ。シロ。あがった?」

 葉はサッシを閉めて、鍵を掛けた。かちゃり。と、小さな音が、静かな部屋に響く。

「あいつ。逃げたって。聞いたか?」

 葉の隣まで歩み寄ってから、貴志狼が問う。少し心配そうな表情。その手が頬に触れて、顔を覗き込んできた。
 貴志狼はもちろん、あんな男を恐れたりはしない。それでも、そんな表情を浮かべるのは、毎日葉が送り付けられていた手紙を読んだからだ。あんなものを毎日送りつけられて、気分がいいはずはない。だから、相手の男を葉が恐れていないかが心配なだけなのだろうと思う。

「うん。丸山さんが電話くれた」

 晴興の名前が出たことに、一瞬だけ、面白くない。と言う顔をした後で、ちいさなため息。今回のことでは、貴志狼の方から晴興を頼ってしまったから、文句を言う筋合いはない。それが分かっていても、葉の元に晴興から電話が来るのは気に食わないと、表情が物語っている。

「そんな顔しない。シロが風呂入ってて電話出ないから、わざわざ僕に電話してくれたんだよ?」

 宥めるように頬を撫で返すと、貴志狼はスマートフォンをちらり。と、見てから、頷いた。

「外。気になんのか?」

 葉を腕の中に収めるように両手を広げて、貴志狼の手がカーテンを掴む。

「や。大丈夫」

 あの男がどうなったかは知らない。
 緑風堂の看板猫たちは、気まぐれだ。機嫌が良ければ、死ぬことはないけれど、そうでなかった場合、最悪死ぬどころか、死んだほうがマシだったという目に合わせられるかもしれない。どちらにせよ、きっともう、二度と葉の前に顔を見せることはないだろう。
 だから、あの男のことなど気にはならない。
 ただ、それは、貴志狼には内緒だ。

「外見てたんだろ?」

 しゃ。と、音がして、カーテンが閉まる。

「うん。けど、平気。シロがいてくれるから」

 とん。と、貴志狼の胸に頭を預けると、カーテンを閉めた後の腕が、ぎゅ。っと、抱いてくれた。
 怖い目にはあった。今までだって、腕力にものを言わせるタイプの人間には嫌な思いをさせられたことは多々ある。ヒトコワでは定番中の定番『生きている人間が一番怖い』という言葉は葉にはわが身に降りかかる実感だ。
 だから、怖かったし、不快だった。
 でも、こうして、貴志狼がそばにいて、抱きしめてくれたら、大抵のことは簡単に過去にできる。
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