17 / 28
差出人S
儀式 1
しおりを挟む
少しだけ開いたサッシからは涼しい風が入って来ていた。秋の風だ。まだ、不揃いの小さな虫の声が風に混じる。
その風が髪を撫でるまま、葉は開いたカーテンの向こうを見ていた。
「葉」
すら。と、音をさせて、襖が開く。
呼び声に振り返ると、貴志狼がいた。頭にかけたタオルで髪を拭きながら、片手にはスマートフォンを持っている。
「あ。シロ。あがった?」
葉はサッシを閉めて、鍵を掛けた。かちゃり。と、小さな音が、静かな部屋に響く。
「あいつ。逃げたって。聞いたか?」
葉の隣まで歩み寄ってから、貴志狼が問う。少し心配そうな表情。その手が頬に触れて、顔を覗き込んできた。
貴志狼はもちろん、あんな男を恐れたりはしない。それでも、そんな表情を浮かべるのは、毎日葉が送り付けられていた手紙を読んだからだ。あんなものを毎日送りつけられて、気分がいいはずはない。だから、相手の男を葉が恐れていないかが心配なだけなのだろうと思う。
「うん。丸山さんが電話くれた」
晴興の名前が出たことに、一瞬だけ、面白くない。と言う顔をした後で、ちいさなため息。今回のことでは、貴志狼の方から晴興を頼ってしまったから、文句を言う筋合いはない。それが分かっていても、葉の元に晴興から電話が来るのは気に食わないと、表情が物語っている。
「そんな顔しない。シロが風呂入ってて電話出ないから、わざわざ僕に電話してくれたんだよ?」
宥めるように頬を撫で返すと、貴志狼はスマートフォンをちらり。と、見てから、頷いた。
「外。気になんのか?」
葉を腕の中に収めるように両手を広げて、貴志狼の手がカーテンを掴む。
「や。大丈夫」
あの男がどうなったかは知らない。
緑風堂の看板猫たちは、気まぐれだ。機嫌が良ければ、死ぬことはないけれど、そうでなかった場合、最悪死ぬどころか、死んだほうがマシだったという目に合わせられるかもしれない。どちらにせよ、きっともう、二度と葉の前に顔を見せることはないだろう。
だから、あの男のことなど気にはならない。
ただ、それは、貴志狼には内緒だ。
「外見てたんだろ?」
しゃ。と、音がして、カーテンが閉まる。
「うん。けど、平気。シロがいてくれるから」
とん。と、貴志狼の胸に頭を預けると、カーテンを閉めた後の腕が、ぎゅ。っと、抱いてくれた。
怖い目にはあった。今までだって、腕力にものを言わせるタイプの人間には嫌な思いをさせられたことは多々ある。ヒトコワでは定番中の定番『生きている人間が一番怖い』という言葉は葉にはわが身に降りかかる実感だ。
だから、怖かったし、不快だった。
でも、こうして、貴志狼がそばにいて、抱きしめてくれたら、大抵のことは簡単に過去にできる。
その風が髪を撫でるまま、葉は開いたカーテンの向こうを見ていた。
「葉」
すら。と、音をさせて、襖が開く。
呼び声に振り返ると、貴志狼がいた。頭にかけたタオルで髪を拭きながら、片手にはスマートフォンを持っている。
「あ。シロ。あがった?」
葉はサッシを閉めて、鍵を掛けた。かちゃり。と、小さな音が、静かな部屋に響く。
「あいつ。逃げたって。聞いたか?」
葉の隣まで歩み寄ってから、貴志狼が問う。少し心配そうな表情。その手が頬に触れて、顔を覗き込んできた。
貴志狼はもちろん、あんな男を恐れたりはしない。それでも、そんな表情を浮かべるのは、毎日葉が送り付けられていた手紙を読んだからだ。あんなものを毎日送りつけられて、気分がいいはずはない。だから、相手の男を葉が恐れていないかが心配なだけなのだろうと思う。
「うん。丸山さんが電話くれた」
晴興の名前が出たことに、一瞬だけ、面白くない。と言う顔をした後で、ちいさなため息。今回のことでは、貴志狼の方から晴興を頼ってしまったから、文句を言う筋合いはない。それが分かっていても、葉の元に晴興から電話が来るのは気に食わないと、表情が物語っている。
「そんな顔しない。シロが風呂入ってて電話出ないから、わざわざ僕に電話してくれたんだよ?」
宥めるように頬を撫で返すと、貴志狼はスマートフォンをちらり。と、見てから、頷いた。
「外。気になんのか?」
葉を腕の中に収めるように両手を広げて、貴志狼の手がカーテンを掴む。
「や。大丈夫」
あの男がどうなったかは知らない。
緑風堂の看板猫たちは、気まぐれだ。機嫌が良ければ、死ぬことはないけれど、そうでなかった場合、最悪死ぬどころか、死んだほうがマシだったという目に合わせられるかもしれない。どちらにせよ、きっともう、二度と葉の前に顔を見せることはないだろう。
だから、あの男のことなど気にはならない。
ただ、それは、貴志狼には内緒だ。
「外見てたんだろ?」
しゃ。と、音がして、カーテンが閉まる。
「うん。けど、平気。シロがいてくれるから」
とん。と、貴志狼の胸に頭を預けると、カーテンを閉めた後の腕が、ぎゅ。っと、抱いてくれた。
怖い目にはあった。今までだって、腕力にものを言わせるタイプの人間には嫌な思いをさせられたことは多々ある。ヒトコワでは定番中の定番『生きている人間が一番怖い』という言葉は葉にはわが身に降りかかる実感だ。
だから、怖かったし、不快だった。
でも、こうして、貴志狼がそばにいて、抱きしめてくれたら、大抵のことは簡単に過去にできる。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる