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差出人S
所有格 4
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「逃げ出した?」
切れたスマートフォンを見つめて呟く。
あの男には何人か見張り役に貴志狼の部下をつけてあった。おまけの翔悟はともかくとして、貴志狼が人選をした連中から、簡単に逃げ出せるものだろうか。しかも、晴興が一緒にいたにもかかわらず。だ。
「何か……」
こつん。と、何か小さな音がした。
その音にはっとして、サッシの方を見る。カーテンがかかっているから、外は見えない。
こつん。
また、音がする。まるで、ガラスに何かがぶつかる音だ。小さな何か。そう、小石のようなもの。
こつん。
気のせいではない。
ちゃぶ台に手をついて身体を起こす。そのまま立ち上がる。
こつん。
まただ。
足を引きずりながら、サッシへと近づく。
カーテンをめくった向こうに何があるのか、なんとなく想像はついた。
だから?
しかし?
葉は躊躇いなくカーテンを開けた。
サッシは半開きになっている。秋の初めとはいえ、まだ暑い。昼間締め切っていた部屋の熱気を逃がすために、少しだけ開けていたからだ。
別に犯人が捕まって安心したからというわけではない。
ただ、そんなことは些末なことなのだと、葉が気づいたからだ。
「ヨうさん……」
どこか抑揚のおかしな話し方だった。
「葉サ……ン……こンバんわ。いい月ヨで……スね」
かくん。かくん。と、首が揺れる。
庭と畑を仕切る背の低い生け垣の向こうに男は立っていた。
「こっちへ……キませン……か? 美味しイスイーツが……ありマスよ?」
その身体を包み込むように、黒い靄。さっきよりはっきりと見える。
「折角のお誘いですが、お断りします」
にこり。と、笑顔をかえす。
「なンデ?」
葉の言葉に、ざわり。と、靄。いや、既に影と言えるようなものが更に濃さを増した。
怖いとは、もう思わない。
「さっきも言いましたよね? 僕は貴志狼のだ。あなたが手紙に書いたようなことをあなたとする気はありません。お引き取りください」
笑顔は崩さずにそう言うと、はっきりと悪意、または害意と表現できるものが、男から溢れ出して立ち上る。
「なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?」
それはまるで意思を持ったように集まって、形になる。男の顔だ。ストーカー男の。ではない。どこかで見たことがある気はするけれど、誰なのか考えている間に形が崩れ、別の顔になる。
「なんでだよ! 毎日俺に笑いかけだだろ! また来てって言ったよな? あんな目で俺を見て、誘っておいて、別の男と寝てたなんて! この、淫売が!」
びりびり。と、窓ガラスが揺れる。何度も何度も崩れては形になり、誰かになっては、また別の誰かになる。それはそんなことを繰り返していた。
いつの間にか、部屋の明かりは消えている。月が雲間に隠れ、あたりは暗い夜に沈んだ。
「うるさいよ」
けれど、それが、垣根を越えることはなかった。
「僕は貴志狼のだって言ってるだろ」
真っ直ぐに、それを見る。
ただそれだけで良いのだと、葉は知っていた。
怖かった。
確かに今朝までは。
それは、『それ』が人だと思っていたからだ。身体が不自由で、華奢な葉は単純な力には弱い。押さえつけられたら、反撃は難しい。
けれど、『それ』が人ならざるものであるなら、話は別だった。
「話し合いで解決できるなら、放っておいてあげるつもりだったのに……。ね?」
葉の周りに六つの光。
月が雲間から、顔を出す。月明かりに、照らされてその光が、何か、大きな獣の瞳なのだと、分かる。
「この子達も、怒ってるって」
にこり。と、人の形をした獣が笑った。
切れたスマートフォンを見つめて呟く。
あの男には何人か見張り役に貴志狼の部下をつけてあった。おまけの翔悟はともかくとして、貴志狼が人選をした連中から、簡単に逃げ出せるものだろうか。しかも、晴興が一緒にいたにもかかわらず。だ。
「何か……」
こつん。と、何か小さな音がした。
その音にはっとして、サッシの方を見る。カーテンがかかっているから、外は見えない。
こつん。
また、音がする。まるで、ガラスに何かがぶつかる音だ。小さな何か。そう、小石のようなもの。
こつん。
気のせいではない。
ちゃぶ台に手をついて身体を起こす。そのまま立ち上がる。
こつん。
まただ。
足を引きずりながら、サッシへと近づく。
カーテンをめくった向こうに何があるのか、なんとなく想像はついた。
だから?
しかし?
葉は躊躇いなくカーテンを開けた。
サッシは半開きになっている。秋の初めとはいえ、まだ暑い。昼間締め切っていた部屋の熱気を逃がすために、少しだけ開けていたからだ。
別に犯人が捕まって安心したからというわけではない。
ただ、そんなことは些末なことなのだと、葉が気づいたからだ。
「ヨうさん……」
どこか抑揚のおかしな話し方だった。
「葉サ……ン……こンバんわ。いい月ヨで……スね」
かくん。かくん。と、首が揺れる。
庭と畑を仕切る背の低い生け垣の向こうに男は立っていた。
「こっちへ……キませン……か? 美味しイスイーツが……ありマスよ?」
その身体を包み込むように、黒い靄。さっきよりはっきりと見える。
「折角のお誘いですが、お断りします」
にこり。と、笑顔をかえす。
「なンデ?」
葉の言葉に、ざわり。と、靄。いや、既に影と言えるようなものが更に濃さを増した。
怖いとは、もう思わない。
「さっきも言いましたよね? 僕は貴志狼のだ。あなたが手紙に書いたようなことをあなたとする気はありません。お引き取りください」
笑顔は崩さずにそう言うと、はっきりと悪意、または害意と表現できるものが、男から溢れ出して立ち上る。
「なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?」
それはまるで意思を持ったように集まって、形になる。男の顔だ。ストーカー男の。ではない。どこかで見たことがある気はするけれど、誰なのか考えている間に形が崩れ、別の顔になる。
「なんでだよ! 毎日俺に笑いかけだだろ! また来てって言ったよな? あんな目で俺を見て、誘っておいて、別の男と寝てたなんて! この、淫売が!」
びりびり。と、窓ガラスが揺れる。何度も何度も崩れては形になり、誰かになっては、また別の誰かになる。それはそんなことを繰り返していた。
いつの間にか、部屋の明かりは消えている。月が雲間に隠れ、あたりは暗い夜に沈んだ。
「うるさいよ」
けれど、それが、垣根を越えることはなかった。
「僕は貴志狼のだって言ってるだろ」
真っ直ぐに、それを見る。
ただそれだけで良いのだと、葉は知っていた。
怖かった。
確かに今朝までは。
それは、『それ』が人だと思っていたからだ。身体が不自由で、華奢な葉は単純な力には弱い。押さえつけられたら、反撃は難しい。
けれど、『それ』が人ならざるものであるなら、話は別だった。
「話し合いで解決できるなら、放っておいてあげるつもりだったのに……。ね?」
葉の周りに六つの光。
月が雲間から、顔を出す。月明かりに、照らされてその光が、何か、大きな獣の瞳なのだと、分かる。
「この子達も、怒ってるって」
にこり。と、人の形をした獣が笑った。
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