番犬と十七夜

司書Y

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「シロ……」

 葉はストーカーのことを貴志狼にも伝えてはいない。
 誰にも言わずに堪えていた。と、言うほど怯えてはいないけれど、どうすればいいのかと考えあぐねているうちに時間が経ってしまっていたからだ。

「どして……わかったの?」

 げし。と、憎々し気に床に蹲る男の背中を足蹴にしてから、晴興に目配せで『確保しとけ』と、告げて、貴志狼はカウンターの中に入ってきた。

「お前の様子がおかしいことに気付かねえほど、間抜けだと思われてんのか? 俺は」

 カウンターに寄りかかったままの葉に手を貸して支えて、その顔を覗き込んで、貴志狼が聞いてくる。不機嫌そうな顔だ。

「大方、俺があいつを殺しでもしたら困ると思ったんだろ」

 図星をさされて、葉は俯く。隠しているつもりだったけれど、お見通しだったようだ。
 半同棲状態だったのだから、葉の態度や表情にも、郵便物の変化にも、気付かない方がおかしかったのかもしれない。隠し通せていると思い込んでいたのが恥ずかしい。

「……ごめん」

 同時に、葉の変化に気付いてくれたのは純粋に嬉しかった。

「怒ってる?」

 上目遣いに見上げると、一瞬、怒っているというよりも困っている? 驚いている? ような顔をしてから、貴志狼は眉の間に深い皺を寄せた。その顔で、ひとしきり葛藤するように何かを考えてから、大きくため息を吐く。それから、貴志狼はぴん。と、葉の額を指で小突いた。

「あいた」

 葉が額をおさえると、ふ。と、諦めたように貴志狼が笑う。

「もういい。今度からは黙ってたら、許さねえぞ?」

 その笑顔にほっとして、葉も笑う。

「な……なんなんだよ。お前。ただの。番犬のくせ……して」

 不意に、男が大声で叫んだ。彼が店に通っている3年間の間、一度も聞いたことがないような大きな声だった。
 番犬。と、言う言葉が不快で葉は、思わず何かを言い返そうと一歩前に出た。その瞬間、ぐい。と、引っ張られて、貴志狼の後ろに隠される。

「シロ」

 大きくて暖かい背中が目の前にあった。

「お前みたいなヤクザが葉さんのそばにいていいはずないだろ! 葉さんは。葉さんは、誰のものにもなっちゃダメだったんだ。それを、お前みたいなゴミ屑が……ああ。葉さん。そんなところにいちゃだめだ。汚れる」

 狂気をはらんだ瞳が葉を探して彷徨う。けれど、貴志狼が邪魔でその視線が葉を捉えることはなかった。

「なんでだよ! 俺が!! 俺が。守ってあげるのに!! 綺麗なあなたを汚していいのは俺だけなのに!」

 びり。と、葉の中の何かに触れる感触。僅かに顔を出してその姿を見ると、男の身体に靄のようなものが纏わりついているのが見える。

「ねえ。葉さん。今なら許してあげるから、こっちへ来なよ。そんなチンピラじゃなくて、俺が全部愛してあげるから」

 ぞわ。と、背中の毛が逆立つようだった。
 さっきまで何も感じなかったのに、今は感じる。

 憑かれてる?

 葉は菫と違って素人ではない。見逃すはずがない。それなのに、今まで送りつけられた手紙からも、こいつの視線からも、こいつ自身からも、何も感じなかった。それが、不意に見えるようになったのはなぜだろう。

「ほら。おいで? 『いつも』みたいに、抱きしめてあげ……」

「キモいんだよ」

 ぐい。と、葉を抱き寄せて、そのまま抱え上げてから、貴志狼は男を蹴り倒した。
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