番犬と十七夜

司書Y

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差出人S

常連客 4

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「こうやって、僕らが話している声も、外には聞こえている。あなたが猫に話しかけて笑っているのが聞こえたときは、微笑ましかった」

 晴興が微笑む。笑ってはいるけれど、その中に見える気がする。鋭角な感情。微笑ましいというような顔には見えない。

「知っていましたか? あなたと、あの乱暴な人が話しているのも、筒抜けですよ?」

 言っている意味に気付いて、葉は思わず顔を紅潮させた。

「そういう冗談は……」

 目を逸らし、茶器を片付けようと手を伸ばすと、その手を握られる。

「もしかして。向こうのご自宅の方も。窓、開けてました?」

 問いかけに顔を上げることができずに、振りほどこうと手を引くけれど、強く握り込まれて離れてくれない。それどころか、強く手を引かれて、バランスを崩して、葉はカウンターの方に倒れ込む。

「どうして、僕に。相談してくれなかったんですか?」

「え?」

 その時だった。外から、緑風堂の外壁に何かが激突するような大きな音が響いた。

「ああ。乱暴だな」

 晴興がため息を吐く。そして、葉の手を離して、ドアの方をくるり。と、振り返った。
 それを待っていたかのようにドアが開く。

「話し合いをするんではなかったんですか?」

 開けたドアの向こうにいた人物に晴興は話しかけた。うんざり。と言うように両手を上に向けたポーズだ。

「なんもしてねえよ。逃げ道を塞いだだけだ」

 晴興が話しかける先には、貴志狼がいた。片手で誰かの襟を掴んで引きずっている。

「シロ」

「おう」

 葉の呼びかけに軽く返事を返すと、貴志狼は引きずっていた人物を店の床に投げ出した。
 それは、さっき出て行った常連客の男だった。

「あ。……え。なんで?」

 投げ出されたときに強かに打った顎が痛むのか、男はそこを抑えて呻いている。

「葉さん。こいつがあなたに文書を送りつけていたやつですよ」

 床で呻く男に冷たい視線を投げつけて、晴興が言う。心底蔑んでいるという顔だ。

「え? この人が? え? てか、なんで丸山さんが知ってるんですか?」

 その人物は3年以上前からこの店に通っていた。けれど、ストーカー行為が始まったのは数か月前だ。だから、葉はこの男が何かしているなんて全く気付かなかった。それどころか、彼が興味があるのは緑風堂のお茶だけだだと思っていた。
 と、いうよりも、それ以前に、ストーカーのことは誰にも言っていない。それなのに、何故、彼が知っているのかが葉には分からなかった。

「彼に相談されたんです」

 そう言って、晴興は貴志狼を顎でしゃくって見せる。

「警察沙汰にはしたくないから、何とかしろ。とか言われて……まあ、彼のお願いと言うのは正直癪にさわりますが。葉さんのためならと、お手伝いしたまでです」

 にこり。と、いつもの笑顔に戻って晴興は言った。様子がおかしかったのは、ストーカー男が近くにいたからだと、気付く。
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