番犬と十七夜

司書Y

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差出人S

常連客 3

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「あの。代金。置いておきます」

 彼の飲んでいた少し値が張るお茶の代金を机の上に置いて、彼は逃げるようにカバンを掴んで、くるり。と、背を向ける。

「あ……あの」

 追い出すような格好になってしまったことに慌てて葉が呼び止めると、背を向けたままその人物はぴたり。と、足を止めた。
 何処をどう切っても平凡な中肉中背、顔も可もなく不可もなく。菫と違って非凡な目を持っているわけでも、特にお人好しで放っておけないような人物でもない。年齢はおそらく30代くらいで、殆ど話をしないから、何の仕事をしているのかも知らない。恐らく、もう3年以上この店に通っているけれど、名前も知らない。
 それでも週に何回かは会う常連を追い返すのはさすがに気分が悪い。
 
「まだ、閉店しないですよ? ゆっくりしてください」

 葉の言葉に、ちら。と、その視線が葉を見た。

「あ……いや。も。仕事……の時間……なので」

 ぼそぼそ。と、呟くように言って、男は顔を背けて、ドアに走り寄って手をかける。
 それから、一瞬。躊躇ったように立ち尽くしてから、ドアを開けて出て行った。

「あの。またいらしてくださいね」

 ドアが閉まるのと、葉の言葉はほぼ同時だった。

「すみません。まるで、追い立てるようになってしまったかな?」

 その常連を見送ると、晴興が申し訳なさそうに言った。

「ああ。大丈夫。今度来たときに、何かお詫びします」

 そう言って、葉は、彼がカウンターの上に残したお代を拾ってレジに入れる。それから、今度は茶器を片付けるために手を伸ばす。しかし、その手は茶器に届く前に阻まれた。

「あ」

 そ。と、晴興の手が葉の手に触れたから、葉は思わず小さく声を上げた。そして、手を引っ込める。

「あ。すみません。手伝おうと思って」

 手を引っ込めた葉を、ちらり。と、見てから、晴興は茶器を取り上げて、カウンターの向こうにいる葉の方に差し出す。

「あ。ありがとうございます」

 晴興の声に、なんだかいつもとは少し違う緊張のようなものが混じっているような気がして、葉は躊躇いがちに手を伸ばして、茶器を受け取ろうとした。

「窓を開けているとね」

 茶器を差し出したまま、晴興は不意に話題を変えた。

「え?」

「窓です」

 そう言って、手に持った茶器を葉に渡すことはしないまま、晴興は緑風堂の小さな窓を見上げる。

「窓を開けていると、色々な音が外に聞こえるんですよ」

 かちゃん。と、わざと音を立てて、晴興は葉の前に茶器を置いた。その目が今度はじっと、葉を見つめる。

「丸山さん?」
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