番犬と十七夜

司書Y

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差出人S

緑風堂の日常 2

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 葉の店、緑風堂のカウンターの中で茶器を拭いている葉の前で、その席の端に肘をついて鈴は大きくため息ついた。
 もう、外は日が落ちて暗い。日替わりも二種類が終わって、そろそろ閉めようかと思う時間帯。ただ、居座っている客がなかなか帰ってくれなくて、葉はそれを鈴に言い出せずにいた。

 今日の店内はなかなかに混雑している。テーブル席はすべて埋まっているし、カウンター席も一席しか空いていない。
 テーブル席には女子高生風のグループが座っていて、ずっとちらちら。と、鈴をうかがっては、鈴が何かをするたびに、きゃいきゃい。と、甘ったるい声を上げていた。
 当の鈴は、ずっとため息ばかりをついている。昼間、ずっと図書館でレポートを書いていたらしいのだが、何かあったのだろうか。少し前に古い稲荷神社が絡んだ騒動に巻き込まれて菫と喧嘩(?)したときには、この世の終わりじゃないかって顔をしていたけれど、今日はそれほどではないから、きっと菫と喧嘩したと言うわけではないだろう。ただ、菫がらみの何かがあっただろうことは想像がつく。何故なら、この従弟は菫以外のことで顔色を変えることは殆どないからだ。

 普段は表情を変えるところなんて見られない鈴の溜息に、テーブル席の女の子たちが色めき立つ。好き勝手な想像でいろいろ言い合っているのだが、小さな声で話しているつもりでも殆ど全部話は聞こえている。

「もしかして、女に付きまとわれて困ってるとかあるかもよ?」

「むしろ。そっち?」

「でも、わかる。付き合えたとしてさ。別れるとか言われても、無理だよね?」

「あんなイケメンと付き合ったらもう、普通の男とか無理でしょ」

「聞いたんだけどさ。こないだまですず君に付きまとってた子おかしくなっちゃって精神科に入院したんだってよ」

「ああ。特進の子?」

「なんかその子のクラスの子に聞いたんだけど。最後の方、自分はすず君の付き合ってるって言いふらしてたって。めっちゃ分厚い手紙ここのポスト入れてるの見た子いるらしいし」

 聞こえてきた会話に葉は顔を上げた。
 話をしているのは近所の女子高の制服を着たグループだ。創元館と言う高校で特別進学校というほどでもなく、かといって不真面目な生徒が多いわけでもないごく普通の高校だ。
 鈴に恋をして、その思いが暴走してストーカーまがいのことをした上に、菫を犬神に襲わせた女の子が通っていた高校だ。彼女が鈴に付きまとっていたことを彼女はことさら秘匿していなかったから、噂になっていてもおかしくはない。その後彼女がおかしくなってしまったのも事実だ。
 けれど、こんなふうに噂になって、それが菫の耳に入るのはできれば避けたかった。
 人を呪って、自分に返ってこないことなどあるはずがない。呪いには必ず逆凪がある。彼女は自分自身の感情に任せて、何の罪もない菫を呪った。だから、その代価を支払っただけだ。菫が気に病む必要はない。そう説明してもあの優しい子はきっと、心を痛める。

 そう思うと、葉だってため息をつきたかった。
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