番犬と十七夜

司書Y

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差出人S

緑風堂の日常 1

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「にゃ」

 忌まわしいものをまた押し入れにしまって、手袋を外し、手を洗うと、紅がその手を舐めてくれた。『一人暮らし』の『身体が不自由な』葉が、誰の目から見てもストーカー被害を受けて、不快な思いをしながらも一人でいられるのは、彼女たちがいてくれるからだ。

「ありがとね。紅」

 葉には人に見えないものが見える。人に聞こえないものが聞こえる。
 物心ついたときにはすでに『そう』だった。それは、彼の家系には珍しいことではなかったから、幼い葉はそれを当たり前のことと思っていた。
 それが、実際には違うのだと気付いたのは、恐らく保育園に入園した頃だろう。葉の目には見えていてほかの人には見えないもののことを話すと、保育士たちは酷く気味悪がったのだ。幼少期にそう言ったことを言う子供は珍しくはない。ただ、保育士たちは知らない。そんな子供の中にも、本当に見えている子と、見えていると思い込んでいる子がいるのだ。良識ある大人は大抵そんな子供の全部が後者だと思い込んでいる。
 けれど、実際にそういうものは存在しているし、それが見える人間も確実に存在しているのだ。

「僕は大丈夫。みんなもいてくれるしね」

 小学校に上がるころには、それを隠すことを覚えた。
 きっと、鈴も、葉の弟も、別の従兄弟たちもそうだろう。そうしないと、この世界では生き辛い。
 それでも、葉はこの世界の住人たちが嫌いではない。
 怖い思いもするし、嫌なこともあるけれど、この猫たちのように心を通わせることができる者たちも多いからだ。

「にゃあ」

 叔父からこの家と店を貰った時の条件は一つ。三匹の猫が望む限り、この家と店をこのまま残しておくこと。そして、それは葉の望みにもなった。彼女らと彼女らが安心して生きられる場所を守りたい。
 けれど、結局、守られている部分が多い。
 こんなふうに嫌な思いをしても、彼女らがいてくれれば、まだ、大丈夫。と、笑えた。

「うん。それじゃ、ご飯。食べようか」

 気持ちを切り替えて、葉は立ち上がった。その周りを猫たちがついてくる。
 こうして平均的な風祭家の一日は始まったのだった。
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