番犬と十七夜

司書Y

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差出人S

朝の風景 3

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 葉は一般的に見てかなり美形の部類に入る。鈴の母もそうなのだが、少し日本人離れした容姿を持つ母によく似ていると言われる。もちろん、女性から好意を寄せられることも少なくない。
 物腰が柔らかく、言葉遣いも丁寧で、礼儀正しい葉は学生時代、少し品の良さげな女子の間では密かなファンクラブがあるほど人気があった。ただ、その倍以上の男性ファンがいたことも事実なのだ。小柄で線が細く、女性に間違われることが多い容姿に加え、男子同士の話が通じるのに、時折儚げな表情を見せたり、身体が不自由ながらも明るく振舞う健気な姿に勘違いしてしまう男子は多い。
 それでも、葉の周りは平穏そのものだった。
 女子も。男子も。誰一人として抜け駆けなどしない。
 理由は簡単。
 超強力な番犬がいつだって目を光らせていたからだ。

 貴志狼はいつだって、葉と一緒にいてくれた。自分自身が自由にできる時間の殆どを葉のために使っていたと言っても過言ではない。
 あの体格。あの人相。語り継がれる武勇伝の数々。そして、強力なバックボーン。どれをとっても、貴志狼を敵に回して、葉を手に入れようとする人間など存在しなかった。

 葉は経済的にも学力的にも全く問題がなかったにも関わらず、大学に行ってはいない。葉が高校を卒業するのを待っていたかのように、この緑風堂の前店主であり、葉の母親の弟であった叔父が他界したからだ。幼い頃、大きくなったらこの店は葉にあげる。と言う言葉通りに、葉はこの店を彼から引き継いで、今に至る。
 貴志狼が葉から離れたことは一度もない。

 だから、今までこんなことはなかった。

 キッチンのテーブルの上に広げた郵便物。その中の封書を手にとる。
 薄い緑色の封筒。長形4号。特に装飾もない。宛名は『風祭葉様』。住所と、切手と、消印はない。裏返すと、やはり住所や郵便番号の記載はなく、ただ、名前だけが書かれている。
 名前に憶えはなかった。

 ため息をついてから、キッチンカウンターの下にある物入から白手袋を出してはめる。そして、ハサミで封書を開封した。
 中にはかなりの厚さの便せんが丁寧に折りたたまれてはいっている。ゆっくりと引き抜くと、白い便箋と一緒に何かが引っ張り出されて、ぱらぱら。と、下に落ちた。
 それが何かを確認して、葉は顔を顰めた。
 毛だ。恐らく頭髪ではない。そういう類のもの。

「……さいあく」

 小さく呟く。下に新聞紙を敷いておけばよかったと後悔。手袋をしたのは、こんなことがあるかもしれないと想像していたからだ。

「気持ち悪」

 吐き捨てるように葉は言う。こんなことを想像していたのは、このところ、ほぼ毎日のようにこんな気持ちの悪い封書が届いているからだった。

「にゃあ」

 足元に散らばった毛を避けながら近寄ってきた緑が葉の足にすり寄る。慰めてくれているのだ。

「ありがと。緑。大丈夫」

 その頭を撫でると、いつもは愛想がよく可愛らしい紅が窓の外を見据えて、しっぽを膨らませていた。その顔はまるで肉食獣のように険しい。

「ほうっておきな? どうせ、なにもできないよ」

 その背を撫でると、紅の表情がいつもの愛くるしいものに変わる。

「すぐに飽きるよ」

 そう言って、葉は汚物の片づけをするために箒と塵取りを片付けてある納戸に向かう。
 さっきまでは調子が良かったはずの足が重い。それでも、そのままにしておくわけにもいかず、足を引きずって歩き出すと向こうから箒の柄にかけたヒモをくわえて引きずって、紺が歩いてきた。体格的にはいかにも重そうなのに、すました顔だ。

「紺。ありがとう。もってきてくれたの?」

 その口から箒を受け取ると、紺は何もなかったかのように、すん。とした顔で、背中を向けて去っていった。

「こんなもん、集めて送りつけるとか、暇人だよね?」

 何も知らない人が見たら、随分と独り言が多いと訝しく思うかもしれない。けれど、葉には彼女らの声が聞こえるし、彼らの行動の一つ一つがその聞こえる声が錯覚でないと教えてくれた。
 緑と紅に話しかけながら、床に散らばった汚物を箒で集める。二人は葉の様子をじっと見ながらそこにいた。そして、集め終わるころには塵取りを持った紺もほかの二人に寄り添って葉を見ていた。
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