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告。新入生諸君
最終話 支配者は嗤う 3
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小華の危惧は分かる。良馬の仔が駄馬なんて、石を投げれば当たるようなありふれた話だ。
しかし、燈はそんなことを心配してはいなかった。
「俺がしているのは……スレイヤーになるっていう覚悟です。実習ごときで死ぬ覚悟じゃない」
一瞬。炎が目の前に燃え上がった。何もかも、焼き尽くすような劫火だ。もちろんそれは錯覚だけれど、見間違いではない。
いつも、おっとりとした、紅二の内に秘めた激情。その一端が溢れて漏れ出したようだった。燈はそんな炎が紅二のうちに隠されているのを知っていた。ずっと、そばで見てきたからだ。
紅二の言葉はただの誇張やビックマウスではない。虚勢を張っているわけでも、思いあがっているわけでもない。紅二は嘯いているつもりも、大風呂敷を広げているつもりもない。
一青がそうだったように、紅二も国内最高・最強のスレイヤーズギルド黎明月の最強の13人の一人。聖騎士『鏑木緋色』の背中を見て育った。幼かった紅二は彼のことをあまり覚えていないかもしれない。それでも、奔放で強く、揺るがない信念を持つ彼の生き方は紅二の遺伝子の中に生きている。『強くあれ』と、緋色の言葉は、生き方は、紅二にとっては人が息をせずに生きられないというような自然の理そのものなのだと、燈にはわかっていた。
「いいだろう」
何を思ったのかはわからない。けれど、く。と、小華は喉の奥で小さく笑った。少なくとも、バカにしているというようなニュアンスではない。楽しくて仕方ないことが起こったような、そんな雰囲気だった。
「諸君らの覚悟は受け取った。電算部にようこそ。諸君らを歓迎する」
両手を広げて、小華は3人の新入生に言った。新入生たちは彼女のお眼鏡にかなったらしい。それは、とりもなおさず、小華による彼らの『地獄の日々』が始まることを意味していた。
「林家。新入生用に日輪祭団体戦の対策プログラムを作れ」
状況は燈の想像していた通りの展開になりつつあった。宙が作る団体戦対策プログラムが出来上がったなら、おそらくは小華による新人の教育期間がスタートするだろう。
それに、彼らは耐えられるのだろうか。
そんなことをなんとなく考える。考えてから、自分自身で苦笑する。燈は心配などしていない。楽しみで仕方ないのだ。
「ん? そういえば、お前らは、来週、スレイヤー試験だったな。考慮に入れてやる。三週間後までだ」
この『考慮に入れてやる』は、『その代わり結果を出せ』という意味だ。つまりは、スレイヤー試験の失敗は許されない。そんな裏の意味もこの一年で、嫌というほどに学ばされた。きっと、現1年生も一年後にはこの『李語』とも呼べる言語を理解できるようになっていることだろう。
「林家」
宙の方へと歩いて行って、小華は今後の活動のための計画を離し始めた。難しい話になると、燈たちはついてはいけない。と、言うより、雫と鼎は既に考えることは放棄していて、小華の言うことに、基本『No』はない。ただのいいなりとは違う。それが、電算部の『信頼』だ。
「……一昨年のデータ参考にしていい。今年は『警泥』らしい」
そんな会話を始めた二人をよそに、燈は和彦に近寄った。
「和先輩。もしかして、ほかにも新入生入ったんですか?」
小華は致命的なまでに面倒くさいことが嫌いで、説明を大幅に省略してしまう癖がある。さっき、『まあいい』の一言で省略されてしまった部分に一体何があったのか、おそらくは問い合わせたところで説明はない。だから、燈は和彦に聞いたのだ。
「あ。うん。『新入生』は入ってないよ」
燈の問いにくすり。と、おかしそうに微笑んで、和彦が答える。彼も小華の性格は把握している。だから、燈のもっともな質問がおかしかったから笑っているわけではないだろう。
「でも。目標人数に達した。って。本気で9人で団体戦勝つ気なんです?」
和彦にしては勿体ぶった態度に燈は重ねて聞いた。
「燈にしては弱気だな」
その問いに、和彦が試すような視線を送ってくる。
燈は臆病な方ではない。
電算部は少数精鋭だと自負している。それに、今年の新入生は粒ぞろいだ。
それでも、日輪祭の団体戦は相手を舐めてかかって勝てるようなものではない。一人少ないことは致命的な欠点と言わざるを得なかった。
もちろん、和彦だってそんなことは分かっているはずだ。ただ、小華はどう思っているのかわからない。わずかでも可能性があるなら、無理難題と思われるようなことでも、涼しい顔で、さらり。と、言うのだ。『不可能でないならできるだろう』と。
「……冗談だ」
あまりに多難な前途に浮かべた複雑な表情に気付いた。というよりも、全部わかった上で、燈を試していたかのように、和彦は笑って手を振って見せた。
「さすがにシャオもそこまで無謀じゃないよ。『新入生』は入ってないけど。あ。ほら。来たみたいだ」
そう言って、スライドドアの方に顔を向けた。
同時に、廊下の向こうから足音がする。
それから、覚えのある『匂い』。
水の匂いだ。
しかし、燈はそんなことを心配してはいなかった。
「俺がしているのは……スレイヤーになるっていう覚悟です。実習ごときで死ぬ覚悟じゃない」
一瞬。炎が目の前に燃え上がった。何もかも、焼き尽くすような劫火だ。もちろんそれは錯覚だけれど、見間違いではない。
いつも、おっとりとした、紅二の内に秘めた激情。その一端が溢れて漏れ出したようだった。燈はそんな炎が紅二のうちに隠されているのを知っていた。ずっと、そばで見てきたからだ。
紅二の言葉はただの誇張やビックマウスではない。虚勢を張っているわけでも、思いあがっているわけでもない。紅二は嘯いているつもりも、大風呂敷を広げているつもりもない。
一青がそうだったように、紅二も国内最高・最強のスレイヤーズギルド黎明月の最強の13人の一人。聖騎士『鏑木緋色』の背中を見て育った。幼かった紅二は彼のことをあまり覚えていないかもしれない。それでも、奔放で強く、揺るがない信念を持つ彼の生き方は紅二の遺伝子の中に生きている。『強くあれ』と、緋色の言葉は、生き方は、紅二にとっては人が息をせずに生きられないというような自然の理そのものなのだと、燈にはわかっていた。
「いいだろう」
何を思ったのかはわからない。けれど、く。と、小華は喉の奥で小さく笑った。少なくとも、バカにしているというようなニュアンスではない。楽しくて仕方ないことが起こったような、そんな雰囲気だった。
「諸君らの覚悟は受け取った。電算部にようこそ。諸君らを歓迎する」
両手を広げて、小華は3人の新入生に言った。新入生たちは彼女のお眼鏡にかなったらしい。それは、とりもなおさず、小華による彼らの『地獄の日々』が始まることを意味していた。
「林家。新入生用に日輪祭団体戦の対策プログラムを作れ」
状況は燈の想像していた通りの展開になりつつあった。宙が作る団体戦対策プログラムが出来上がったなら、おそらくは小華による新人の教育期間がスタートするだろう。
それに、彼らは耐えられるのだろうか。
そんなことをなんとなく考える。考えてから、自分自身で苦笑する。燈は心配などしていない。楽しみで仕方ないのだ。
「ん? そういえば、お前らは、来週、スレイヤー試験だったな。考慮に入れてやる。三週間後までだ」
この『考慮に入れてやる』は、『その代わり結果を出せ』という意味だ。つまりは、スレイヤー試験の失敗は許されない。そんな裏の意味もこの一年で、嫌というほどに学ばされた。きっと、現1年生も一年後にはこの『李語』とも呼べる言語を理解できるようになっていることだろう。
「林家」
宙の方へと歩いて行って、小華は今後の活動のための計画を離し始めた。難しい話になると、燈たちはついてはいけない。と、言うより、雫と鼎は既に考えることは放棄していて、小華の言うことに、基本『No』はない。ただのいいなりとは違う。それが、電算部の『信頼』だ。
「……一昨年のデータ参考にしていい。今年は『警泥』らしい」
そんな会話を始めた二人をよそに、燈は和彦に近寄った。
「和先輩。もしかして、ほかにも新入生入ったんですか?」
小華は致命的なまでに面倒くさいことが嫌いで、説明を大幅に省略してしまう癖がある。さっき、『まあいい』の一言で省略されてしまった部分に一体何があったのか、おそらくは問い合わせたところで説明はない。だから、燈は和彦に聞いたのだ。
「あ。うん。『新入生』は入ってないよ」
燈の問いにくすり。と、おかしそうに微笑んで、和彦が答える。彼も小華の性格は把握している。だから、燈のもっともな質問がおかしかったから笑っているわけではないだろう。
「でも。目標人数に達した。って。本気で9人で団体戦勝つ気なんです?」
和彦にしては勿体ぶった態度に燈は重ねて聞いた。
「燈にしては弱気だな」
その問いに、和彦が試すような視線を送ってくる。
燈は臆病な方ではない。
電算部は少数精鋭だと自負している。それに、今年の新入生は粒ぞろいだ。
それでも、日輪祭の団体戦は相手を舐めてかかって勝てるようなものではない。一人少ないことは致命的な欠点と言わざるを得なかった。
もちろん、和彦だってそんなことは分かっているはずだ。ただ、小華はどう思っているのかわからない。わずかでも可能性があるなら、無理難題と思われるようなことでも、涼しい顔で、さらり。と、言うのだ。『不可能でないならできるだろう』と。
「……冗談だ」
あまりに多難な前途に浮かべた複雑な表情に気付いた。というよりも、全部わかった上で、燈を試していたかのように、和彦は笑って手を振って見せた。
「さすがにシャオもそこまで無謀じゃないよ。『新入生』は入ってないけど。あ。ほら。来たみたいだ」
そう言って、スライドドアの方に顔を向けた。
同時に、廊下の向こうから足音がする。
それから、覚えのある『匂い』。
水の匂いだ。
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