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告。新入生諸君
20 暑い日 5
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「俺だって。あーちゃんとの約束は守るよ。絶対」
諦めの溜息をついた燈に、紅二が言った。手はまだ、握ったままだ。離したいとは思わないから、離さないでほしい。と、燈は思う。
「……いいのかよ」
紅二の手の感触に、燈は目を閉じる。
瞼の裏に、一青の顔が浮かぶ。
その顔は笑顔だった。
一青を思い出すとき、紅二の頭に浮かぶ顔はどんな顔だろう。
燈は思う。
それは笑顔だろうか。
それとも。
聞いてみたいけれど、聞けない。だから、燈の質問はひどく曖昧な問いになってしまった。
「何が?」
だから、紅二がそう問い返したのも無理はない。
「電算部に入ったら、一兄のこと、聞かれたりするかも……すごく。尊敬されてるから」
一つ。息を吸い込んでから、燈は本当に聞きたいこととは別のことを問うた。
「……うん。知ってる。兄貴。かっこよかったから」
何でもないような風を装って、紅二は答える。けれど、緊張したみたいに燈の手を握るその手には力が籠る。
「でも、別にいいよ。兄貴のことは……仕方ないし。それに、俺は、あーちゃんといたい」
きっと、『いい』なんて、『仕方ない』なんて、紅二は思っていない。浄眼なんて持っていなくても、笑顔を浮かべていても、燈にはそれがわかる。いつだって、今だって、燈はずっと紅二のことを見ていたから。
「それに。強くなりたいし」
その燈の視線に気づいたように、紅二がまっすぐに燈の方を向いた。
その言葉には嘘がないと分かる。
「スイさんのことは俺が守らなきゃ」
紅二が続けた言葉に、きし。と、心が軋む音が聞こえた。
燈の初恋の人は一青だ。
同じように、紅二の初恋の人は翡翠だ。
そして、おそらく今も。紅二にとって一番大切な人は翡翠だ。きっと今でも、思いは変わっていないだろう。はっきりと言葉にして聞いたわけではない。けれど、紅二が翡翠をどのくらい大切に思っているかはわかる。
わかるのが辛い。
燈は紅二が好きだ。
けれど、翡翠のことも好きだ。
二人とも、幸せになってほしいと、願う。そこに嘘はない。
「ほかの誰の手も煩わせないで、スイさんを守れるようになるんだ」
紅二の力強い言葉に、燈は唇を噛んだ。ただの幼馴染なら、きっと、応援できた。でも、燈にはその言葉を聞くのは、辛い。
二人の間にある、燈には割り込めない繋がりを羨ましいとか、妬ましいとか、思ってしまう自分の浅ましさが、辛い。
だから、紅二に好きだとは告げられない。
叶わないだけならいい。
でも、浅ましい自分を知られるのも、それでそばにいられなくなるのも、嫌だ。
「あ。違う……あーちゃんと二人で。スイさんを守るんだ」
きっと、そんな思いが、顔に出てしまっていたのだろう。紅二は言葉を選びなおす。
紅二の優しさが、余計に辛かった。
「うん」
それでも、思いを押し隠して、燈は小さく頷いた。
諦めの溜息をついた燈に、紅二が言った。手はまだ、握ったままだ。離したいとは思わないから、離さないでほしい。と、燈は思う。
「……いいのかよ」
紅二の手の感触に、燈は目を閉じる。
瞼の裏に、一青の顔が浮かぶ。
その顔は笑顔だった。
一青を思い出すとき、紅二の頭に浮かぶ顔はどんな顔だろう。
燈は思う。
それは笑顔だろうか。
それとも。
聞いてみたいけれど、聞けない。だから、燈の質問はひどく曖昧な問いになってしまった。
「何が?」
だから、紅二がそう問い返したのも無理はない。
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「……うん。知ってる。兄貴。かっこよかったから」
何でもないような風を装って、紅二は答える。けれど、緊張したみたいに燈の手を握るその手には力が籠る。
「でも、別にいいよ。兄貴のことは……仕方ないし。それに、俺は、あーちゃんといたい」
きっと、『いい』なんて、『仕方ない』なんて、紅二は思っていない。浄眼なんて持っていなくても、笑顔を浮かべていても、燈にはそれがわかる。いつだって、今だって、燈はずっと紅二のことを見ていたから。
「それに。強くなりたいし」
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その言葉には嘘がないと分かる。
「スイさんのことは俺が守らなきゃ」
紅二が続けた言葉に、きし。と、心が軋む音が聞こえた。
燈の初恋の人は一青だ。
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そして、おそらく今も。紅二にとって一番大切な人は翡翠だ。きっと今でも、思いは変わっていないだろう。はっきりと言葉にして聞いたわけではない。けれど、紅二が翡翠をどのくらい大切に思っているかはわかる。
わかるのが辛い。
燈は紅二が好きだ。
けれど、翡翠のことも好きだ。
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でも、浅ましい自分を知られるのも、それでそばにいられなくなるのも、嫌だ。
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きっと、そんな思いが、顔に出てしまっていたのだろう。紅二は言葉を選びなおす。
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それでも、思いを押し隠して、燈は小さく頷いた。
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