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告。新入生諸君
18 裏切りの定義 4
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「勘違いしないで。あーちゃんのせいじゃない。人を呪うなら、自分だって呪いを受ける覚悟をするのは当たり前だ」
もう一度、紅二は燈と茉優の間に立ちふさがった。
「だから、言ったじゃん。あーちゃんはあげない」
立ちはだかる紅二の姿に、茉優の瞳が焦点を結ぶ。驚き、焦り、絶望。そして、憎悪。短い時間で表情が変化する。
「呪われろ! のろわれろのろわれろのろわれろのろわれろのろわれろのろわれろのろわれろのろわれろのろわれろのろわれろのろわれろのろわれろのろわれろのろわれろのろわれろのろわれろ」
茉優はまるで獣のような咆哮を上げた。びりびり。と、密度の高い何かが身体を圧迫している。充満する甘い臭気。そして、気付く。この匂いは果実が腐り落ちる寸前の、腐臭だ。
「こう……」
名前を呼ぼうとした瞬間、その場にいてはいけないという危機感に心が一瞬にして浸食されて、燈は思わず紅二を突き飛ばしていた。何が起こるか理解していたわけではない。ただ、ひどく嫌な予感がしたとしか言いようがない。
同時に、腕を強く掴まれたような感覚。それは、どこかで感じたことがある感覚だった。
「あーちゃん!」
突き飛ばされて、ほんの少しだけ体勢を崩した紅二が一瞬にして身を翻して駆け寄ってくる。けれど、その目の前に何かが立ちふさがった。
「氷……」
燈の腕は、そして、二人の間の空気は凍り付いていた。空間に呪言が浮かんでは消える。
どこかで。
否、さっき、この場所で感じていたのと同種のエレメントの匂いがする。これは、丸山のエレメントの匂いだ。まだ、彼が茉優の術中にあるのを失念していた。
「大丈夫? 今すぐ……」
二人の間にある呪詛の文字が刻まれた氷の壁を、紅二が拳で殴りつける。びし。と、鋭い音。大きな亀裂が入るが、氷は割れない。もちろん、ただの氷なら紅二に割れないわけがない。魔道の力で強化しているのだと分かった。
「くそ」
珍しく悪態をついて、紅二がもう一度、氷を殴りつける。また、大きな亀裂。しかし、氷壁の燈がいる側にいた丸山がそれに触れると、一瞬にして氷壁の亀裂が塞がった。それどころか、紅二を包み込むように氷の壁が広がり、さらに厚みを増す。
また、紅二が拳を打ち付けるけれど、結果は同じだった。少なくとも氷漬け。とまではいかないけれど、簡単に出られる壁ではない。
それを確認してから、燈に背を向けて氷に触れていた丸山が燈の方を振り返る。
「あかりさん。そんな子と一緒にいちゃダメ。あかりさんは茉優の王子様なの。茉優とずっと一緒にいるんだよ?」
丸山の口から、茉優の声がする。どんな方法を使ってるかはわからない。けれど、まるで、茉優が丸山に憑依したように見えた。
ふらふら。と、丸山の頭が頼りなく揺れている。
「自癒の参」
凍り付いて動かない腕を水平に伸ばす。そして、詠唱するとその腕は炎に包まれた。それは、燈の身体の内から出る炎で、燈の身体を傷つけることはない。逆にエレメントの力を活性化させて、傷を癒す治癒の魔法だ。
氷の解けた腕を振って、燈は丸山に正対した。少し、反応が鈍い。さっき全く同じ場所を凍らされたからだ。おそらくはまだ、呪詛が身体から抜けきってはいない。
「丸山さん……」
燈の声に、丸山の目がぎょろぎょろ。と、あらぬ方向に動く。燈を探しているわけではない。
「マル……やま。さん? 浩紀君? 呪術……しの男。……本家……のひと。茉優の道具。もう、いない。よ?」
しばらく目だけをぎょろぎょろ。と、動かして、辺りを見回した後、その瞳がまた、燈の方に向いた。瞳孔が開いたように光を反射する。本当に燈が見えているのだろうか。そんなふうに思っていると、ふと、その向こう。暗闇の中。丸く弱い街灯の灯りから逃れるようにして、白い顔が見えた。
もう一度、紅二は燈と茉優の間に立ちふさがった。
「だから、言ったじゃん。あーちゃんはあげない」
立ちはだかる紅二の姿に、茉優の瞳が焦点を結ぶ。驚き、焦り、絶望。そして、憎悪。短い時間で表情が変化する。
「呪われろ! のろわれろのろわれろのろわれろのろわれろのろわれろのろわれろのろわれろのろわれろのろわれろのろわれろのろわれろのろわれろのろわれろのろわれろのろわれろのろわれろ」
茉優はまるで獣のような咆哮を上げた。びりびり。と、密度の高い何かが身体を圧迫している。充満する甘い臭気。そして、気付く。この匂いは果実が腐り落ちる寸前の、腐臭だ。
「こう……」
名前を呼ぼうとした瞬間、その場にいてはいけないという危機感に心が一瞬にして浸食されて、燈は思わず紅二を突き飛ばしていた。何が起こるか理解していたわけではない。ただ、ひどく嫌な予感がしたとしか言いようがない。
同時に、腕を強く掴まれたような感覚。それは、どこかで感じたことがある感覚だった。
「あーちゃん!」
突き飛ばされて、ほんの少しだけ体勢を崩した紅二が一瞬にして身を翻して駆け寄ってくる。けれど、その目の前に何かが立ちふさがった。
「氷……」
燈の腕は、そして、二人の間の空気は凍り付いていた。空間に呪言が浮かんでは消える。
どこかで。
否、さっき、この場所で感じていたのと同種のエレメントの匂いがする。これは、丸山のエレメントの匂いだ。まだ、彼が茉優の術中にあるのを失念していた。
「大丈夫? 今すぐ……」
二人の間にある呪詛の文字が刻まれた氷の壁を、紅二が拳で殴りつける。びし。と、鋭い音。大きな亀裂が入るが、氷は割れない。もちろん、ただの氷なら紅二に割れないわけがない。魔道の力で強化しているのだと分かった。
「くそ」
珍しく悪態をついて、紅二がもう一度、氷を殴りつける。また、大きな亀裂。しかし、氷壁の燈がいる側にいた丸山がそれに触れると、一瞬にして氷壁の亀裂が塞がった。それどころか、紅二を包み込むように氷の壁が広がり、さらに厚みを増す。
また、紅二が拳を打ち付けるけれど、結果は同じだった。少なくとも氷漬け。とまではいかないけれど、簡単に出られる壁ではない。
それを確認してから、燈に背を向けて氷に触れていた丸山が燈の方を振り返る。
「あかりさん。そんな子と一緒にいちゃダメ。あかりさんは茉優の王子様なの。茉優とずっと一緒にいるんだよ?」
丸山の口から、茉優の声がする。どんな方法を使ってるかはわからない。けれど、まるで、茉優が丸山に憑依したように見えた。
ふらふら。と、丸山の頭が頼りなく揺れている。
「自癒の参」
凍り付いて動かない腕を水平に伸ばす。そして、詠唱するとその腕は炎に包まれた。それは、燈の身体の内から出る炎で、燈の身体を傷つけることはない。逆にエレメントの力を活性化させて、傷を癒す治癒の魔法だ。
氷の解けた腕を振って、燈は丸山に正対した。少し、反応が鈍い。さっき全く同じ場所を凍らされたからだ。おそらくはまだ、呪詛が身体から抜けきってはいない。
「丸山さん……」
燈の声に、丸山の目がぎょろぎょろ。と、あらぬ方向に動く。燈を探しているわけではない。
「マル……やま。さん? 浩紀君? 呪術……しの男。……本家……のひと。茉優の道具。もう、いない。よ?」
しばらく目だけをぎょろぎょろ。と、動かして、辺りを見回した後、その瞳がまた、燈の方に向いた。瞳孔が開いたように光を反射する。本当に燈が見えているのだろうか。そんなふうに思っていると、ふと、その向こう。暗闇の中。丸く弱い街灯の灯りから逃れるようにして、白い顔が見えた。
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