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告。新入生諸君
17 傀儡 5
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何を話しているか、燈には何も聞こえなかった。
ただ、ひどく険悪な雰囲気だけは伝わってくる。
「……こ……」
紅二。と、呼ぼうとして言葉を飲み込む。名前は知られないほうがいいと、思い出したからだ。代わりに、ぐ。と、その腕を掴む。
燈のその反応に気付いて、紅二の視線が燈の方に向いた。途端に険しかった表情が、優しい表情に変わる。そして、その唇が動いた。
「だ・い・じょ・う・ぶ」
顔が近い。そこだけは何と言っているか燈にも分かった。
その紅二の表情に燈は何故かとても、安堵した。
きっと、紅二が大丈夫と言っているのだから、大丈夫だ。と、すとん。と、心の中に安心感が落ちてくる。混乱していた心も、す。と、波が引いていくように穏やかになった気がした。
「離れろ!!」
不意に燈の足が地面から離れた。抱き上げられたのだと気付いたのと同時に、ギン。と、金属質な音がして、さっきの再現のように地面から氷柱が生えてくる。それを、道路わきの壁の上で、紅二の腕に抱かれたまま、燈は見ていた。世界に音が戻ってくる。
「こばやし……さん?」
そこに茉優はいた。
そして、そこには丸山もいた。
「燈先輩」
茉優は制服のままだった。今時の女子高生にしては長いスカート。学校推奨のソックス。ローファー。きっちりと結んだリボン。アイロンのきいた白いシャツ。昼間見たのと変わらない。
ただ、そのわきに立つ丸山の様子は尋常ではなかった。
「いし……ダ。ア……か。コバ……やし。まゆ……はオれの……」
目の焦点は合っていない。ふらふら。と、首が左右に揺れる。とぎれとぎれの言葉は発音が覚束ない。口からは涎が糸を引いて垂れた。
「……あ。燈さん。助けて!」
茉優が叫ぶ。途端に、丸山が先ほどの様子など信じられないくらいの素早い動きで、茉優の首に手を回した。
「この人が! 茉優。殺されちゃう」
またしても、茉優の言葉に押し出されるように茉優の首に回された丸山の腕に力が籠る。苦し気に茉優の顔が歪んだ。
「あーちゃん」
地面に降りて、燈を下ろし、紅二が名前を呼ぶ。その声に顔を見上げると、その瞳がじっと見ていた。心に浮かんだ言葉があったけれど、燈は何も言わなかった。必要ないと思ったからだ。
「燈さん!」
振り返ると茉優が顔を歪ませている。瞳にはいっぱいの涙。今にも零れ落ちそうだ。
「茉優。燈さんのこと騙そうなんてしてないよ! その人の言ってることなんてみんな嘘! 信じて」
はらり。と、涙が零れる。甘い、甘い花の香。
「燈さん」
ぐい。と、足が浮くほどに丸山の腕が茉優の首に食い込む。
「やめろ!」
燈は思わず叫んでいた。
ただ、ひどく険悪な雰囲気だけは伝わってくる。
「……こ……」
紅二。と、呼ぼうとして言葉を飲み込む。名前は知られないほうがいいと、思い出したからだ。代わりに、ぐ。と、その腕を掴む。
燈のその反応に気付いて、紅二の視線が燈の方に向いた。途端に険しかった表情が、優しい表情に変わる。そして、その唇が動いた。
「だ・い・じょ・う・ぶ」
顔が近い。そこだけは何と言っているか燈にも分かった。
その紅二の表情に燈は何故かとても、安堵した。
きっと、紅二が大丈夫と言っているのだから、大丈夫だ。と、すとん。と、心の中に安心感が落ちてくる。混乱していた心も、す。と、波が引いていくように穏やかになった気がした。
「離れろ!!」
不意に燈の足が地面から離れた。抱き上げられたのだと気付いたのと同時に、ギン。と、金属質な音がして、さっきの再現のように地面から氷柱が生えてくる。それを、道路わきの壁の上で、紅二の腕に抱かれたまま、燈は見ていた。世界に音が戻ってくる。
「こばやし……さん?」
そこに茉優はいた。
そして、そこには丸山もいた。
「燈先輩」
茉優は制服のままだった。今時の女子高生にしては長いスカート。学校推奨のソックス。ローファー。きっちりと結んだリボン。アイロンのきいた白いシャツ。昼間見たのと変わらない。
ただ、そのわきに立つ丸山の様子は尋常ではなかった。
「いし……ダ。ア……か。コバ……やし。まゆ……はオれの……」
目の焦点は合っていない。ふらふら。と、首が左右に揺れる。とぎれとぎれの言葉は発音が覚束ない。口からは涎が糸を引いて垂れた。
「……あ。燈さん。助けて!」
茉優が叫ぶ。途端に、丸山が先ほどの様子など信じられないくらいの素早い動きで、茉優の首に手を回した。
「この人が! 茉優。殺されちゃう」
またしても、茉優の言葉に押し出されるように茉優の首に回された丸山の腕に力が籠る。苦し気に茉優の顔が歪んだ。
「あーちゃん」
地面に降りて、燈を下ろし、紅二が名前を呼ぶ。その声に顔を見上げると、その瞳がじっと見ていた。心に浮かんだ言葉があったけれど、燈は何も言わなかった。必要ないと思ったからだ。
「燈さん!」
振り返ると茉優が顔を歪ませている。瞳にはいっぱいの涙。今にも零れ落ちそうだ。
「茉優。燈さんのこと騙そうなんてしてないよ! その人の言ってることなんてみんな嘘! 信じて」
はらり。と、涙が零れる。甘い、甘い花の香。
「燈さん」
ぐい。と、足が浮くほどに丸山の腕が茉優の首に食い込む。
「やめろ!」
燈は思わず叫んでいた。
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