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告。新入生諸君
16 今、言わなきゃダメ? 4
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「手……大丈夫?」
後ろから燈を抱きしめるように手を回したまま、紅二は氷漬けになっていた燈の手を取った。その手が温かい。
「すごく。冷たい。けど、傷にはなってないね?」
愛おしむように、その大きな手が燈の手を握る。
「もー腕切り落とそうとするなんて、無茶しないで。心臓止まるかと思った」
耳元に吐息がかかる。
今さらながら、気付いた。
近い。
「……こ……う」
心臓が途端に鼓動を早くする。顔が熱い。握られた手は汗ばんでくる。
「あー。やっぱ、ダメ。あーちゃんがそばにいてくれないと、俺、無理そう」
戦闘中は。ちゃんと考えられた。正解だったかはわからないけれど、自分なりの答えを出して、行動できた。それなのに、今は、混乱してしまって、どうしていいかわからない。紅二の言葉の意味も分からないし、自分がどうすればいいのかも分からない。心臓の音がうるさくて、考えがまとまらない。
「……な。んだよ。それ、どういう……意味」
だから、燈はそんな言葉をつぶやくことしかできなかった。
その腕から逃げ出すことだって、考えられなかった。
だって。嬉しい。
燈は思う。
好きな人に抱きしめられて、それがどんな意味でも、嬉しくないはずがない。
「それって、今、言わなきゃダメ?」
困ったような顔で、紅二が燈の顔を見ていた。子供のころとは違う。男の顔だ。
「俺としては……っていうか。何? 何か用? 今、取り込み中なんだけど」
紅二の表情が突然変わる。見たことがないような険しい表情だった。
その視線の先は燈を通り越して、その向こう側に注がれている。振り返ってその姿を見ようとして、紅二の手がそれを止めた。
「ずっと、覗いてたよね。トラップの間もさ。覗きが趣味なの?」
大抵、紅二はどんな相手にも礼儀正しい。敬語の使い方はなっていないけれど、敬意の表し方は好感を持たれる。その紅二がはじめからこんな風に敵対心をあらわにすることは珍しい。
だから、振り返ることは許してもらえないけれど、その相手はトラップを仕掛けた相手なのだと気付いた。
水のエレメントを持ち。燈に対して敵対心を持ち。そして、呪詛の心得を持っているもの。
丸山浩紀。
「こう……」
名前を呼ぼうとすると、唇に紅二の指先が触れる。
相手は呪詛を得意としている。名前を知られるのはよくない。特定されることで、呪いの威力が増すからだ。
「この人に近づかないで」
紅二の声に炎の匂いが乗る。燐の焼けたような匂い。燈が好きな匂いだ。
「言っとくけどさ。俺には呪詛は効かないよ? 全部、見えるから」
見上げた先、紅二の瞳が仄明るく光る。すべてを見透かす浄化の目。確かに紅二には呪いの類は殆ど効かない。この瞳に灯る赤い炎は己に向けられるすべての呪いを浄化してしまうからだ。
「今後一切あーちゃんにかかわらないって約束するなら、後は追わない。街中でこんな危険なトラップ仕掛けるとか、スレイヤー協会に通報するのが当たり前かもしれないけど……正直、あーちゃんのがダメージでかいと思うし」
以前、変質者に襲われた時も、燈は被害者だというのにマスコミの取材で祖父・和臣には散々迷惑をかけた。それが、燈の心に傷を残したのは間違いない。その時は義務教育中だったこともあって、燈本人が好奇の目にさらされることはなかったけれど、スレイヤー候補生となった今はどうなるかわからない。
そんなことまで、紅二が心配してくれていると思うと、心強いような、気恥ずかしいような、申し訳ないような気持になった。
「だから……消えて。あーちゃんの前から」
ぞ。っとするような強い響きのある声で、紅二が言う。ぐい。と、強い力で身体を引き寄せられて、何も言えない。
紅二が別人のように見える。子犬のような愛らしい印象も。大型犬のような柔和な印象も。そこにはない。
まるで、狼だ。
その表情に息が詰まる。
不快ではない。
ただ、燈は紅二から目が離せなかった。
後ろから燈を抱きしめるように手を回したまま、紅二は氷漬けになっていた燈の手を取った。その手が温かい。
「すごく。冷たい。けど、傷にはなってないね?」
愛おしむように、その大きな手が燈の手を握る。
「もー腕切り落とそうとするなんて、無茶しないで。心臓止まるかと思った」
耳元に吐息がかかる。
今さらながら、気付いた。
近い。
「……こ……う」
心臓が途端に鼓動を早くする。顔が熱い。握られた手は汗ばんでくる。
「あー。やっぱ、ダメ。あーちゃんがそばにいてくれないと、俺、無理そう」
戦闘中は。ちゃんと考えられた。正解だったかはわからないけれど、自分なりの答えを出して、行動できた。それなのに、今は、混乱してしまって、どうしていいかわからない。紅二の言葉の意味も分からないし、自分がどうすればいいのかも分からない。心臓の音がうるさくて、考えがまとまらない。
「……な。んだよ。それ、どういう……意味」
だから、燈はそんな言葉をつぶやくことしかできなかった。
その腕から逃げ出すことだって、考えられなかった。
だって。嬉しい。
燈は思う。
好きな人に抱きしめられて、それがどんな意味でも、嬉しくないはずがない。
「それって、今、言わなきゃダメ?」
困ったような顔で、紅二が燈の顔を見ていた。子供のころとは違う。男の顔だ。
「俺としては……っていうか。何? 何か用? 今、取り込み中なんだけど」
紅二の表情が突然変わる。見たことがないような険しい表情だった。
その視線の先は燈を通り越して、その向こう側に注がれている。振り返ってその姿を見ようとして、紅二の手がそれを止めた。
「ずっと、覗いてたよね。トラップの間もさ。覗きが趣味なの?」
大抵、紅二はどんな相手にも礼儀正しい。敬語の使い方はなっていないけれど、敬意の表し方は好感を持たれる。その紅二がはじめからこんな風に敵対心をあらわにすることは珍しい。
だから、振り返ることは許してもらえないけれど、その相手はトラップを仕掛けた相手なのだと気付いた。
水のエレメントを持ち。燈に対して敵対心を持ち。そして、呪詛の心得を持っているもの。
丸山浩紀。
「こう……」
名前を呼ぼうとすると、唇に紅二の指先が触れる。
相手は呪詛を得意としている。名前を知られるのはよくない。特定されることで、呪いの威力が増すからだ。
「この人に近づかないで」
紅二の声に炎の匂いが乗る。燐の焼けたような匂い。燈が好きな匂いだ。
「言っとくけどさ。俺には呪詛は効かないよ? 全部、見えるから」
見上げた先、紅二の瞳が仄明るく光る。すべてを見透かす浄化の目。確かに紅二には呪いの類は殆ど効かない。この瞳に灯る赤い炎は己に向けられるすべての呪いを浄化してしまうからだ。
「今後一切あーちゃんにかかわらないって約束するなら、後は追わない。街中でこんな危険なトラップ仕掛けるとか、スレイヤー協会に通報するのが当たり前かもしれないけど……正直、あーちゃんのがダメージでかいと思うし」
以前、変質者に襲われた時も、燈は被害者だというのにマスコミの取材で祖父・和臣には散々迷惑をかけた。それが、燈の心に傷を残したのは間違いない。その時は義務教育中だったこともあって、燈本人が好奇の目にさらされることはなかったけれど、スレイヤー候補生となった今はどうなるかわからない。
そんなことまで、紅二が心配してくれていると思うと、心強いような、気恥ずかしいような、申し訳ないような気持になった。
「だから……消えて。あーちゃんの前から」
ぞ。っとするような強い響きのある声で、紅二が言う。ぐい。と、強い力で身体を引き寄せられて、何も言えない。
紅二が別人のように見える。子犬のような愛らしい印象も。大型犬のような柔和な印象も。そこにはない。
まるで、狼だ。
その表情に息が詰まる。
不快ではない。
ただ、燈は紅二から目が離せなかった。
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