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告。新入生諸君
16 今、言わなきゃダメ? 1
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二人の間を一瞬強い風が吹き抜けた。もう、春だというのに、ドームの中だというのに、その風はなんだか冷たい。その風に交じって何か覚えのある匂いがした。気がした。
何かを言おうと紅二の口が開きかける。けれど、言葉にはならなかった。なる前に身体が動いたからだ。
紅二と燈。二人とも、肌で感じ取った感覚に、ばっ。っと振り返る。
「あーちゃん」
振り返った刹那。燈の視界は白く染まった。足元に何かを感じて、飛びのこうとしたのと、紅二が呼ぶ声と、腕を掴まれて乱暴に引っ張られたのはほぼ同時だった。
一秒とおかず、さっきまで燈が立っていた場所に下から何かがせりあがってきた。
「氷……」
地面から突如生えたのは、巨大な氷の柱だった。氷の表面にはびっしり。と、何か文字のようなものが刻まれている。
呟いた燈の吐息が、何かがかすめた前髪が、まつ毛の先が白く変わる。まるで、霜のようだ。強く感じる覚えのある水の。否、水のエレメントの匂い。
感覚を研ぎ澄ますと、冷気は地面に近い方が強いのだと分かる。素早く足元を見回すと、燈たちがいる場所から少しだけ離れた場所に置いてある喫茶店の看板の足の部分に隠れるようにして何かが見えた。紙のようなものに見える。
ち。
と、燈は小さく舌打ちした。
氷の表面の文字の形にも、紙に書かれた文字にも見覚えがあったからだ。
「トラップ」
呟いたのを聞いていたかのように、また、足元からぞっとするような冷気が這い上がってくる。匂いが強くなる。そこから飛びのくと、また、燈がいた場所からは氷柱が突き出した。着地した場所にも、ほとんど間を置かずまた、新しい氷柱が生える。
「呪詛だ」
考える間もなく、次々と生えてくる氷柱を避けながら、燈はさらにあたりを観察した。
離れていたし、隠されてはいたが、読み取ることができた看板の下の紙に書かれた文字は、以前翡翠に教えてもらったことがある呪言の一種だ。確か、何枚かで一組になっていて、それが書かれた紙を線で結んだ中にある任意のものに呪いを付与して操る。この場合は水だ。そして、そこに入ったものに害をなす。
だから、紙を線で結んだ空間を作るには何処かに少なくともあと2枚。呪符があるはずだった。
「うわ」
さっきより明らかに生えてくる頻度が高くなった氷柱がわずかに足に触れた。凍えるような感覚が触れた部分から身体を駆け抜ける。一瞬、寒さに燈の身体が強張った。
「あーちゃん」
同時に横から伸びてきた手が燈を支える。
「紅二」
「大丈夫?」
その顔が近い。深い二重の奥の赤い瞳がじっと心配そうに燈を見ていた。
「わりい」
慌ててその腕から離れる。お礼を言う間もなく、また、燈の立っていた場所には、氷柱が生えてきた。
同じ場所にほんの数秒でも留まっていたなら、氷柱の洗礼を受けることになる。少し触れただけでも呪いは体内に蓄積されて、次第に動きづらくなる。その結果は、中に取り込まれて氷付けか、それとも鋭い先端で串刺しか。どちらにせよ、このままでは良くない。
「くそっ」
燈も、紅二も、炎のエレメントが強い。燈は正確には核熱のエレメントをもっているのだが、かなり炎寄りで氷とは特に相性が悪い。炎のエレメントで細胞を活性化させて身体能力を上げることが得意なために、冷気の呪いの影響を受けやすいのだ。
このまま、呪詛を解除できなけば最後には動けなくなって、命を落とすこともある。
しかし、考えがまとまらない。
足元から生えてくる氷柱が速度と数をどんどん増やしているからだ。しかも、近くによるだけで冷気で身体が強張っていく。その上、それは、中にいるものの行動パターンをトレースして攻撃の精度を高めるような高度な呪詛だった。
足元から生えた2本の氷柱を避けて、燈は壁際に着地した。そして、何の意識もせずに、近くにあった壁に手をついて身体を支えた。
「あーちゃん!」
何かを言おうと紅二の口が開きかける。けれど、言葉にはならなかった。なる前に身体が動いたからだ。
紅二と燈。二人とも、肌で感じ取った感覚に、ばっ。っと振り返る。
「あーちゃん」
振り返った刹那。燈の視界は白く染まった。足元に何かを感じて、飛びのこうとしたのと、紅二が呼ぶ声と、腕を掴まれて乱暴に引っ張られたのはほぼ同時だった。
一秒とおかず、さっきまで燈が立っていた場所に下から何かがせりあがってきた。
「氷……」
地面から突如生えたのは、巨大な氷の柱だった。氷の表面にはびっしり。と、何か文字のようなものが刻まれている。
呟いた燈の吐息が、何かがかすめた前髪が、まつ毛の先が白く変わる。まるで、霜のようだ。強く感じる覚えのある水の。否、水のエレメントの匂い。
感覚を研ぎ澄ますと、冷気は地面に近い方が強いのだと分かる。素早く足元を見回すと、燈たちがいる場所から少しだけ離れた場所に置いてある喫茶店の看板の足の部分に隠れるようにして何かが見えた。紙のようなものに見える。
ち。
と、燈は小さく舌打ちした。
氷の表面の文字の形にも、紙に書かれた文字にも見覚えがあったからだ。
「トラップ」
呟いたのを聞いていたかのように、また、足元からぞっとするような冷気が這い上がってくる。匂いが強くなる。そこから飛びのくと、また、燈がいた場所からは氷柱が突き出した。着地した場所にも、ほとんど間を置かずまた、新しい氷柱が生える。
「呪詛だ」
考える間もなく、次々と生えてくる氷柱を避けながら、燈はさらにあたりを観察した。
離れていたし、隠されてはいたが、読み取ることができた看板の下の紙に書かれた文字は、以前翡翠に教えてもらったことがある呪言の一種だ。確か、何枚かで一組になっていて、それが書かれた紙を線で結んだ中にある任意のものに呪いを付与して操る。この場合は水だ。そして、そこに入ったものに害をなす。
だから、紙を線で結んだ空間を作るには何処かに少なくともあと2枚。呪符があるはずだった。
「うわ」
さっきより明らかに生えてくる頻度が高くなった氷柱がわずかに足に触れた。凍えるような感覚が触れた部分から身体を駆け抜ける。一瞬、寒さに燈の身体が強張った。
「あーちゃん」
同時に横から伸びてきた手が燈を支える。
「紅二」
「大丈夫?」
その顔が近い。深い二重の奥の赤い瞳がじっと心配そうに燈を見ていた。
「わりい」
慌ててその腕から離れる。お礼を言う間もなく、また、燈の立っていた場所には、氷柱が生えてきた。
同じ場所にほんの数秒でも留まっていたなら、氷柱の洗礼を受けることになる。少し触れただけでも呪いは体内に蓄積されて、次第に動きづらくなる。その結果は、中に取り込まれて氷付けか、それとも鋭い先端で串刺しか。どちらにせよ、このままでは良くない。
「くそっ」
燈も、紅二も、炎のエレメントが強い。燈は正確には核熱のエレメントをもっているのだが、かなり炎寄りで氷とは特に相性が悪い。炎のエレメントで細胞を活性化させて身体能力を上げることが得意なために、冷気の呪いの影響を受けやすいのだ。
このまま、呪詛を解除できなけば最後には動けなくなって、命を落とすこともある。
しかし、考えがまとまらない。
足元から生えてくる氷柱が速度と数をどんどん増やしているからだ。しかも、近くによるだけで冷気で身体が強張っていく。その上、それは、中にいるものの行動パターンをトレースして攻撃の精度を高めるような高度な呪詛だった。
足元から生えた2本の氷柱を避けて、燈は壁際に着地した。そして、何の意識もせずに、近くにあった壁に手をついて身体を支えた。
「あーちゃん!」
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