【これはファンタジーで正解ですか?】燈編

司書Y

文字の大きさ
上 下
72 / 123
告。新入生諸君

13 Excellent 4

しおりを挟む
 からん。と、いい音をさせて、扉が開く。それは、燈が大好きな人たちがいる、大好きな場所に通じている扉の音だ。大好きな甘いものを食べて、大好きな香りがするお茶を飲んで、大好きな人たちと話をして、笑う。その扉をくぐると大抵の嫌なことは忘れられた。
 ほんの数年前までは。
 今でも、大好きな人がいるし、大好きな甘いものがあるし、大好きなお茶の香りがする。
 そこへと通う意味とか、大好きの形が少しだけ変わっても、燈にとって、そこが大好きな場所であることに変わりはなかった。

 だから、燈はいまだに3日と開けずそこへ通う。
 少し苦く感じるようになったスイーツとか、涙が混じって淡く青く色を変えるお茶とか、どこか寂しげに見えるはかない笑顔を浮かべる大好きな人とか、大好きだと言葉に出して言えなくなってしまった大好きな人とか、そんなものたちに会うために。そんなものをもう一つも無くさないために。見失わないために。

「あ。燈。おかえり」

 カウンターの向こう側で、翡翠が微笑んでいる。その笑顔は壊れてしまいそうに綺麗だ。

「……ただいま。スイさん」

 繰り返すがここは燈の家ではない。だから本当は『おかえり』が正しいわけではない。それでも、燈は翡翠の『おかえり』に『ただいま』と、答える。

「10日ぶり? こんなに来なかったなんて、ひさしぶりだね」

 店内には燈のほかに数人の客がいた。窓際にある二人掛けの席に一人で座っている学園生徒。その人物はお茶をテーブルに置いて魔法学のものらしい教科書とノートを開いている。四人掛けのテーブルには三人組の女子。やはり学園の生徒だ。今日の日替わりとお茶が並ぶテーブルで騒がしいというほどではない声で話をしている。カウンターにも一人。物腰からプロのスレイヤーだと分かる。といっても若い。おそらく、女神川学園を卒業したばかりの若手だろう。
 数人の客がいる割に、店内はいつもに比べて静かに感じた。

「うん。ちょっと。ね」

 燈の定位置。奥から二番目のカウンター席は空いていた。だから、そこに座る。

「あの子のこと?」

 燈が注文をする前に、お茶が目の前に出てくる。燈が大好きな魔道ハーブティーだ。芳香が漂う。燈はこの香りが大好きだった。

「スイさんには隠し事とかできないな」

 茉優が電算部に入部してから、燈はこの店に一度も来てはいない。毎日、茉優の送り迎えをしていたからだ。ただ、もちろん、それを翡翠に話してはいなかったし、今までに数日店に来られない日が続くことがなかったわけでもない。それでも、何もかも知っているとでもいうように、翡翠には気付かれてしまった。

「ちょっと。面倒なことになってたから」

 あのあと、茉優からの大量のLINEメッセージは来なくなった。DDには『ブロックしろ』と、言われたけれど『様子を見てまだ来るようならブロックする』と、答えたらため息交じりに『燈は人が良すぎる』と、言われた。それでも、『それがお前のいいところだ』と、笑ってくれたし、次の授業の時にちゃんと報告することを条件にブロックしないことは許してくれた。
 ただ、DDと茉優のやり取りで不明瞭だった何かが、何だったのか、DDは、教えてはくれなかった。

「まだまだだって痛感した……」

 宿題を出された気分だった。カウンターに突っ伏して、そんなことを呟くと、翡翠は、ふふ。と、笑う。

「いいんだよ。燈はそれで。まだ、16歳だろ? ただ、ここにはもう少し来てほしい。かな?」

 茉優の護衛をしていたといっても、別に一緒にこの店に来たってかまわなかった。別に燈は仕事で茉優の護衛をしているわけではないから、燈の趣味につき合わせても問題はないはずだった。
 それでも、彼女をここへは連れてきたくなかった。

「燈の顔。見られないと、寂しいよ。でも。燈はモテるから」

 少し寂しそうに翡翠が笑う。その笑顔の向こうにあるものを思うと、胸が軋む。翡翠はいつも燈に優しい嘘ばかりつくけれど、きっと、この寂しいという言葉には嘘がない。
 それがわかっているから、燈はここに通う。

「スイさん」

 優しく笑って翡翠はカウンター横のガラスケースの上を指で軽く、とん。と、叩く。『日替わりどれにする?』という合図だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

笑わない風紀委員長

馬酔木ビシア
BL
風紀委員長の龍神は、容姿端麗で才色兼備だが周囲からは『笑わない風紀委員長』と呼ばれているほど表情の変化が少ない。 が、それは風紀委員として真面目に職務に当たらねばという強い使命感のもと表情含め笑うことが少ないだけであった。 そんなある日、時期外れの転校生がやってきて次々に人気者を手玉に取った事で学園内を混乱に陥れる。 仕事が多くなった龍神が学園内を奔走する内に 彼の表情に接する者が増え始め── ※作者は知識なし・文才なしの一般人ですのでご了承ください。何言っちゃってんのこいつ状態になる可能性大。 ※この作品は私が単純にクールでちょっと可愛い男子が書きたかっただけの自己満作品ですので読む際はその点をご了承ください。 ※文や誤字脱字へのご指摘はウエルカムです!アンチコメントと荒らしだけはやめて頂きたく……。 ※オチ未定。いつかアンケートで決めようかな、なんて思っております。見切り発車ですすみません……。

ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜

古森きり
BL
東雲学院芸能科に入学したミュージカル俳優志望の音無淳は、憧れの人がいた。 かつて東雲学院芸能科、星光騎士団第一騎士団というアイドルグループにいた神野栄治。 その人のようになりたいと高校も同じ場所を選び、今度歌の練習のために『ソング・バッファー・オンライン』を始めることにした。 ただし、どうせなら可愛い女の子のアバターがいいよね! と――。 BLoveさんに先行書き溜め。 なろう、アルファポリス、カクヨムにも掲載。

もういいや

ちゃんちゃん
BL
急遽、有名で偏差値がバカ高い高校に編入した時雨 薊。兄である柊樹とともに編入したが…… まぁ……巻き込まれるよね!主人公だもん! しかも男子校かよ……… ーーーーーーーー 亀更新です☆期待しないでください☆

処理中です...