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告。新入生諸君
10 先輩って呼ぶ決まり 3
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「あの……私……ご迷惑ですか?」
ふる。と、小さく身体を震わせて、茉優は宙を見ていた。その瞳が揺らぐ。
「自分自身の問題を解決するための困難を省略して誰かに押し付けるなって言いたいだけ」
普通なら、美少女に潤んだ瞳で問われたら謝るまではいかなくても、たじろぐくらいはするだろう。けれど、宙はその茉優の表情を見ても表情を変えない。まさに、『すん』と音がしそうな表情だ。
普段。宙はどちらかというとおしゃれゆるふわ系ヲタ男子だ。きつい言葉を使うのは推しがディスられた時くらいだ。いや、もしかしたら、宙にとっての燈は推しの一種なのかもしれないけれど、とにかく、気の弱い宙が辛辣な言葉を浴びせて、再びパソコンに視線を戻す。
「せめてわかってもらう努力はしたほうがいいんじゃない?」
宙の言葉に瞳に涙をためて、彼女は一度俯いた。
「……でも……わたし……ひとりじゃ」
その唇からか細い声が零れ落ちる。同時に何かが電算室の床に落ちて、そこを濡らす。
「宙。そんくらいで勘弁して」
まるで、予定調和だな。と、ため息をついて、燈はパソコンに向かったままの宙に言った。宙は何も答えない。茉優は顔を上げて、燈を見た。
「あの人。悪い人じゃないんだろ。長く付きまとわれたりはしないって」
燈の言葉に今度は宙がため息を漏らす。そんなことを言っているんじゃない。と、言われているようだ。燈が面倒なことを持ち込むのはこれが初めてではない。2年生は散々それに付き合わさせられている。燈だってわかっている。多分、燈の反応は茉優の望み通りだろう。わかっているけれど、これ以上を宙に言わせたくなかったし、一度助けるといった茉優を放っておくことも燈にはできなかった。
「小林さんは俺が送ってくから」
燈が言うと、ぱあ。と、茉優の顔が明るくなる。
「燈先輩」
それから、彼女は燈に歩み寄って、縋るようにそのブレザーの袖をぎゅ。と、握った。さっき失った方の左手の袖だ。なぜか、強い違和感がする。
「……本当にどうしようもないなら、仕方ないんじゃない」
燈の様子に気付いたのか、気付いてないのか、何かを言いたそうに宙は口を開きかけた。しかし、その言葉を飲み込んで代わりに口から出た言葉は諦めにも似た響きを持っていた。燈の性格を宙はよく知っているからだ。
「……けどさ」
それでも、まだ、何かを言おうと、宙は口を開いた時だった。
ビー。
と、電子音が部屋に響く。プログラムのミッション終了を報せる音だ。霖の演習が終了したらしい。
「……ま。いいや」
口の中で言葉を転がして、宙は画面に向き直った。まあいいや。と、思っているようには見えなかった。その背中に燈も声に出さず『ごめん』と、呟く。
「燈先輩。ありがとうございます」
そんな燈と宙の無言のやり取りには気付かずに、こそり。と、小声で茉優が言った。少し頬を染めて、悪戯っぽい笑顔。『怒られちゃった♡』とでも言いたげな表情。
「いや」
嬉しそうな顔にため息が漏れそうになって、燈はそっけなく答えた。悪いとは思っているけれど、また、仲間を巻き込んでしまったようだ。
「帰り道にカワイイ雑貨屋さんがあって……まだ日用品揃ってないから、今度付き合ってくださいね」
さっきまでの殊勝な態度はどこへ行ったのか、内緒。とでもいうように口元に手を添えて、茉優は言う。この部屋にいる誰一人として、そんな内緒話を聞き漏らすような間抜けはいないはずなのだが、誰も突っ込みはいれなかった。呆れられているのかもしれない。
肯定も否定もしない燈に聞こえていないと思ったのか、茉優は袖を引っ張った。
ふる。と、小さく身体を震わせて、茉優は宙を見ていた。その瞳が揺らぐ。
「自分自身の問題を解決するための困難を省略して誰かに押し付けるなって言いたいだけ」
普通なら、美少女に潤んだ瞳で問われたら謝るまではいかなくても、たじろぐくらいはするだろう。けれど、宙はその茉優の表情を見ても表情を変えない。まさに、『すん』と音がしそうな表情だ。
普段。宙はどちらかというとおしゃれゆるふわ系ヲタ男子だ。きつい言葉を使うのは推しがディスられた時くらいだ。いや、もしかしたら、宙にとっての燈は推しの一種なのかもしれないけれど、とにかく、気の弱い宙が辛辣な言葉を浴びせて、再びパソコンに視線を戻す。
「せめてわかってもらう努力はしたほうがいいんじゃない?」
宙の言葉に瞳に涙をためて、彼女は一度俯いた。
「……でも……わたし……ひとりじゃ」
その唇からか細い声が零れ落ちる。同時に何かが電算室の床に落ちて、そこを濡らす。
「宙。そんくらいで勘弁して」
まるで、予定調和だな。と、ため息をついて、燈はパソコンに向かったままの宙に言った。宙は何も答えない。茉優は顔を上げて、燈を見た。
「あの人。悪い人じゃないんだろ。長く付きまとわれたりはしないって」
燈の言葉に今度は宙がため息を漏らす。そんなことを言っているんじゃない。と、言われているようだ。燈が面倒なことを持ち込むのはこれが初めてではない。2年生は散々それに付き合わさせられている。燈だってわかっている。多分、燈の反応は茉優の望み通りだろう。わかっているけれど、これ以上を宙に言わせたくなかったし、一度助けるといった茉優を放っておくことも燈にはできなかった。
「小林さんは俺が送ってくから」
燈が言うと、ぱあ。と、茉優の顔が明るくなる。
「燈先輩」
それから、彼女は燈に歩み寄って、縋るようにそのブレザーの袖をぎゅ。と、握った。さっき失った方の左手の袖だ。なぜか、強い違和感がする。
「……本当にどうしようもないなら、仕方ないんじゃない」
燈の様子に気付いたのか、気付いてないのか、何かを言いたそうに宙は口を開きかけた。しかし、その言葉を飲み込んで代わりに口から出た言葉は諦めにも似た響きを持っていた。燈の性格を宙はよく知っているからだ。
「……けどさ」
それでも、まだ、何かを言おうと、宙は口を開いた時だった。
ビー。
と、電子音が部屋に響く。プログラムのミッション終了を報せる音だ。霖の演習が終了したらしい。
「……ま。いいや」
口の中で言葉を転がして、宙は画面に向き直った。まあいいや。と、思っているようには見えなかった。その背中に燈も声に出さず『ごめん』と、呟く。
「燈先輩。ありがとうございます」
そんな燈と宙の無言のやり取りには気付かずに、こそり。と、小声で茉優が言った。少し頬を染めて、悪戯っぽい笑顔。『怒られちゃった♡』とでも言いたげな表情。
「いや」
嬉しそうな顔にため息が漏れそうになって、燈はそっけなく答えた。悪いとは思っているけれど、また、仲間を巻き込んでしまったようだ。
「帰り道にカワイイ雑貨屋さんがあって……まだ日用品揃ってないから、今度付き合ってくださいね」
さっきまでの殊勝な態度はどこへ行ったのか、内緒。とでもいうように口元に手を添えて、茉優は言う。この部屋にいる誰一人として、そんな内緒話を聞き漏らすような間抜けはいないはずなのだが、誰も突っ込みはいれなかった。呆れられているのかもしれない。
肯定も否定もしない燈に聞こえていないと思ったのか、茉優は袖を引っ張った。
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