上 下
58 / 123
告。新入生諸君

10 先輩って呼ぶ決まり 3

しおりを挟む
「あの……私……ご迷惑ですか?」

 ふる。と、小さく身体を震わせて、茉優は宙を見ていた。その瞳が揺らぐ。

「自分自身の問題を解決するための困難を省略して誰かに押し付けるなって言いたいだけ」

 普通なら、美少女に潤んだ瞳で問われたら謝るまではいかなくても、たじろぐくらいはするだろう。けれど、宙はその茉優の表情を見ても表情を変えない。まさに、『すん』と音がしそうな表情だ。
 普段。宙はどちらかというとおしゃれゆるふわ系ヲタ男子だ。きつい言葉を使うのは推しがディスられた時くらいだ。いや、もしかしたら、宙にとっての燈は推しの一種なのかもしれないけれど、とにかく、気の弱い宙が辛辣な言葉を浴びせて、再びパソコンに視線を戻す。

「せめてわかってもらう努力はしたほうがいいんじゃない?」

 宙の言葉に瞳に涙をためて、彼女は一度俯いた。

「……でも……わたし……ひとりじゃ」

 その唇からか細い声が零れ落ちる。同時に何かが電算室の床に落ちて、そこを濡らす。

「宙。そんくらいで勘弁して」

 まるで、予定調和だな。と、ため息をついて、燈はパソコンに向かったままの宙に言った。宙は何も答えない。茉優は顔を上げて、燈を見た。

「あの人。悪い人じゃないんだろ。長く付きまとわれたりはしないって」

 燈の言葉に今度は宙がため息を漏らす。そんなことを言っているんじゃない。と、言われているようだ。燈が面倒なことを持ち込むのはこれが初めてではない。2年生は散々それに付き合わさせられている。燈だってわかっている。多分、燈の反応は茉優の望み通りだろう。わかっているけれど、これ以上を宙に言わせたくなかったし、一度助けるといった茉優を放っておくことも燈にはできなかった。

「小林さんは俺が送ってくから」

 燈が言うと、ぱあ。と、茉優の顔が明るくなる。

「燈先輩」

 それから、彼女は燈に歩み寄って、縋るようにそのブレザーの袖をぎゅ。と、握った。さっき失った方の左手の袖だ。なぜか、強い違和感がする。

「……本当にどうしようもないなら、仕方ないんじゃない」

 燈の様子に気付いたのか、気付いてないのか、何かを言いたそうに宙は口を開きかけた。しかし、その言葉を飲み込んで代わりに口から出た言葉は諦めにも似た響きを持っていた。燈の性格を宙はよく知っているからだ。

「……けどさ」

 それでも、まだ、何かを言おうと、宙は口を開いた時だった。

 ビー。

 と、電子音が部屋に響く。プログラムのミッション終了を報せる音だ。霖の演習が終了したらしい。

「……ま。いいや」

 口の中で言葉を転がして、宙は画面に向き直った。まあいいや。と、思っているようには見えなかった。その背中に燈も声に出さず『ごめん』と、呟く。

「燈先輩。ありがとうございます」

 そんな燈と宙の無言のやり取りには気付かずに、こそり。と、小声で茉優が言った。少し頬を染めて、悪戯っぽい笑顔。『怒られちゃった♡』とでも言いたげな表情。

「いや」

 嬉しそうな顔にため息が漏れそうになって、燈はそっけなく答えた。悪いとは思っているけれど、また、仲間を巻き込んでしまったようだ。

「帰り道にカワイイ雑貨屋さんがあって……まだ日用品揃ってないから、今度付き合ってくださいね」

 さっきまでの殊勝な態度はどこへ行ったのか、内緒。とでもいうように口元に手を添えて、茉優は言う。この部屋にいる誰一人として、そんな内緒話を聞き漏らすような間抜けはいないはずなのだが、誰も突っ込みはいれなかった。呆れられているのかもしれない。
 肯定も否定もしない燈に聞こえていないと思ったのか、茉優は袖を引っ張った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。 対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

僕の平凡生活が…

ポコタマ
BL
アンチ転校生によって日常が壊された主人公の話です 更新頻度はとても遅めです。誤字・脱字がある場合がございます。お気に入り、しおり、感想励みになります。

私の事を調べないで!

さつき
BL
生徒会の副会長としての姿と 桜華の白龍としての姿をもつ 咲夜 バレないように過ごすが 転校生が来てから騒がしくなり みんなが私の事を調べだして… 表紙イラストは みそかさんの「みそかのメーカー2」で作成してお借りしています↓ https://picrew.me/image_maker/625951

処理中です...