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告。新入生諸君
10 先輩って呼ぶ決まり 2
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「あの……燈さん」
雫と鼎のウザ絡みを横から聞いていた茉優が少し控えめに声をかけてきた。
「燈先輩」
突然、パソコンに向かって何かを入力していた宙が幾分か強めの口調で言う。
「え?」
言われた意味も、自分が言われたのかどうかもわからないのか、茉優が宙の方を見た。その視線に気づいていないかのように。或いは視線をわざと無視するみたいに、宙はそのままパソコンを見つめている。眼鏡にディスプレイの光が反射して青く光って暖かい色をした目が見えない。
「部活中は、学年上の人には『先輩』つけるって、決まり。だから、『燈先輩』」
たん。と、音を立ててEnterキーを押してから、宙は眼鏡を上げる。『先輩』をつけて呼ぶなんて、特に部則に明記されているわけではない。ただ、昨今では珍しくなっているが、電算部では暗黙の了解として、年下は年上の部員を先輩と呼ぶ。
「あ……え? あの」
『はい』と、答えれば済むことなのだが、戸惑う茉優に燈はため息をついた。
先輩をつけて。
なんていっておいて、茉優の返事には全く興味がなさげにパソコンに視線を戻して、宙はマイクに向かって話し始めた。そのまま一言二言、実習室にいるはずの霖に声をかける。先ほど燈たちも聞いた仮想空間実習の注意点の説明だ。
「決まりだから、電算部に入りたかったら守って」
宙が本来の仕事を始めてしまったものだから、代わりに燈は言った。
先述した通り、年上の部員に対する呼び方のことなど部則に書かれているわけではない。普段、宙はどちらかというとそういう類の決まり事などを堅実に守るタイプでもない。どちらかというと、大した意味もない部則なんて全部破棄してしまえばいいのにと、のたまう人種だ。と、言っても、現3年生のことは実際に尊敬しているものだから、『先輩』と呼ぶことには抵抗もないらしい。
「あ……はい」
燈の言葉に失敗してしまったとばかりにしゅん。として、茉優は答えた。
普段は、決まり事なんてどうでもいいというタイプの宙がここでそんなこと言いだすのには、何も意味がないわけはない。ただの意地悪でもない。その理由が燈にはわかっていた。
「……じゃあ、燈先輩。あの。今日は、寮まで送ってもらってもいいですか?」
茉優の言葉に『は?』と、言いそうになってから、言葉を飲み込む。宙はパソコンの画面を見つめたまま、言葉にぴくり。と反応した。それから、聞こえないほど小さくため息をつく。
宙がわざわざ、どうでもいい暗黙の了解について、突っ込んだ意味はここにある。
「あの人……丸山さん。廊下ですれ違って……ずっとこっちを見てて」
怯えたような茉優の表情。けれど、それは夕べとは全く別物だと燈にも分かった。守ってくれる相手を見つけたのだという安どの色が見えるのだ。
しかし、おそらく、宙は茉優を助けることに反対だったのだと思う。宙だけではない。おそらく鼎もだ。雫はどう考えているかはわからないけれど、2年生の中では意見が分かれたときは多数決で方針を決める。部員獲得のためとはいえ、電算部に守られているだけの人間は要らない。
電算部に彼女を誘ったのはあくまで燈の個人的な行動で、2年生全体の総意ではない。電算部の『やり方』に従えないのならいてくれなくても構わないのだと、宙は言いたいのだ。そして、おそらく、宙がそんなことを言っているのには、ほかにも理由がある。
「……怖くて。燈先輩がいてくれたら、大丈夫だと……」
「4年混合A組丸山浩紀。呪術師。水性の呪いを得意とする。主武器特になし。成績は上の下。ランクD。公式実習回数86回。討伐数222。部活所属なし。周囲からの評価は真面目で寡黙。交友関係は広くはないが、友人がいないタイプではない。趣味、古銭収集。ギョーザと犬が好き。酢豚のパイナップルとヒトデが苦手。好みのタイプは……自分とは正反対の明るくて元気な人。って、友人には言ってる」
茉優の言葉に幾分食い気味に宙は言った。昨日茉優を追いかけていた人物のことを調べたらしい。
「あの人。評判は悪くないよ。ちゃんと話せばわかってもらえるんじゃない?」
宙の正面のモニターにはすでに始まっている霖の実習の姿が映っている。燈と茉優が入った建物とは全く別の場所だ。彼には彼用の設定が用意されているのだろう。もちろん、和彦のオーダーで。
そのモニターに目を向けたまま、宙は茉優に話しかけた。
「……でも。昨日ちゃんとお断りしたんです」
ちらり。と、宙の目が茉優の方を見る。その目に警戒の色があるのを燈は見逃さなかった。
「……ふうん。……明るくて……元気な人。……か」
何かを言いたげに、宙が呟く。
宙は、電算部の索敵・情報収集担当だ。だから、校内の学生の情報収集など児戯に等しい。集めた情報の正確性にも自信を持っているだろう。だから、宙は警戒している。
彼女が、電算部の。正確に言うなら電算部員『石田燈』の障害物になるのではないかということ。
電算部で彼の役目は情報戦で先回りして、一つでも多く不安材料を取り除くことだ。一年間苦楽を共にしてきた戦友は日常生活においてもそうして燈たちを守ろうとする。
雫と鼎のウザ絡みを横から聞いていた茉優が少し控えめに声をかけてきた。
「燈先輩」
突然、パソコンに向かって何かを入力していた宙が幾分か強めの口調で言う。
「え?」
言われた意味も、自分が言われたのかどうかもわからないのか、茉優が宙の方を見た。その視線に気づいていないかのように。或いは視線をわざと無視するみたいに、宙はそのままパソコンを見つめている。眼鏡にディスプレイの光が反射して青く光って暖かい色をした目が見えない。
「部活中は、学年上の人には『先輩』つけるって、決まり。だから、『燈先輩』」
たん。と、音を立ててEnterキーを押してから、宙は眼鏡を上げる。『先輩』をつけて呼ぶなんて、特に部則に明記されているわけではない。ただ、昨今では珍しくなっているが、電算部では暗黙の了解として、年下は年上の部員を先輩と呼ぶ。
「あ……え? あの」
『はい』と、答えれば済むことなのだが、戸惑う茉優に燈はため息をついた。
先輩をつけて。
なんていっておいて、茉優の返事には全く興味がなさげにパソコンに視線を戻して、宙はマイクに向かって話し始めた。そのまま一言二言、実習室にいるはずの霖に声をかける。先ほど燈たちも聞いた仮想空間実習の注意点の説明だ。
「決まりだから、電算部に入りたかったら守って」
宙が本来の仕事を始めてしまったものだから、代わりに燈は言った。
先述した通り、年上の部員に対する呼び方のことなど部則に書かれているわけではない。普段、宙はどちらかというとそういう類の決まり事などを堅実に守るタイプでもない。どちらかというと、大した意味もない部則なんて全部破棄してしまえばいいのにと、のたまう人種だ。と、言っても、現3年生のことは実際に尊敬しているものだから、『先輩』と呼ぶことには抵抗もないらしい。
「あ……はい」
燈の言葉に失敗してしまったとばかりにしゅん。として、茉優は答えた。
普段は、決まり事なんてどうでもいいというタイプの宙がここでそんなこと言いだすのには、何も意味がないわけはない。ただの意地悪でもない。その理由が燈にはわかっていた。
「……じゃあ、燈先輩。あの。今日は、寮まで送ってもらってもいいですか?」
茉優の言葉に『は?』と、言いそうになってから、言葉を飲み込む。宙はパソコンの画面を見つめたまま、言葉にぴくり。と反応した。それから、聞こえないほど小さくため息をつく。
宙がわざわざ、どうでもいい暗黙の了解について、突っ込んだ意味はここにある。
「あの人……丸山さん。廊下ですれ違って……ずっとこっちを見てて」
怯えたような茉優の表情。けれど、それは夕べとは全く別物だと燈にも分かった。守ってくれる相手を見つけたのだという安どの色が見えるのだ。
しかし、おそらく、宙は茉優を助けることに反対だったのだと思う。宙だけではない。おそらく鼎もだ。雫はどう考えているかはわからないけれど、2年生の中では意見が分かれたときは多数決で方針を決める。部員獲得のためとはいえ、電算部に守られているだけの人間は要らない。
電算部に彼女を誘ったのはあくまで燈の個人的な行動で、2年生全体の総意ではない。電算部の『やり方』に従えないのならいてくれなくても構わないのだと、宙は言いたいのだ。そして、おそらく、宙がそんなことを言っているのには、ほかにも理由がある。
「……怖くて。燈先輩がいてくれたら、大丈夫だと……」
「4年混合A組丸山浩紀。呪術師。水性の呪いを得意とする。主武器特になし。成績は上の下。ランクD。公式実習回数86回。討伐数222。部活所属なし。周囲からの評価は真面目で寡黙。交友関係は広くはないが、友人がいないタイプではない。趣味、古銭収集。ギョーザと犬が好き。酢豚のパイナップルとヒトデが苦手。好みのタイプは……自分とは正反対の明るくて元気な人。って、友人には言ってる」
茉優の言葉に幾分食い気味に宙は言った。昨日茉優を追いかけていた人物のことを調べたらしい。
「あの人。評判は悪くないよ。ちゃんと話せばわかってもらえるんじゃない?」
宙の正面のモニターにはすでに始まっている霖の実習の姿が映っている。燈と茉優が入った建物とは全く別の場所だ。彼には彼用の設定が用意されているのだろう。もちろん、和彦のオーダーで。
そのモニターに目を向けたまま、宙は茉優に話しかけた。
「……でも。昨日ちゃんとお断りしたんです」
ちらり。と、宙の目が茉優の方を見る。その目に警戒の色があるのを燈は見逃さなかった。
「……ふうん。……明るくて……元気な人。……か」
何かを言いたげに、宙が呟く。
宙は、電算部の索敵・情報収集担当だ。だから、校内の学生の情報収集など児戯に等しい。集めた情報の正確性にも自信を持っているだろう。だから、宙は警戒している。
彼女が、電算部の。正確に言うなら電算部員『石田燈』の障害物になるのではないかということ。
電算部で彼の役目は情報戦で先回りして、一つでも多く不安材料を取り除くことだ。一年間苦楽を共にしてきた戦友は日常生活においてもそうして燈たちを守ろうとする。
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