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告。新入生諸君
9 第4898回演習 3
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「ありがとうございました」
しかし、顔を上げた彼女の表情は燈が想像していたのとは違っていた。
戸惑って、怯えて、燈の乱暴な振る舞いに怒っているかと思ったのに、彼女は目を輝かせ、頬を紅潮させて、燈を見ていた。
「茉優のこと。守ってくれて……嬉しかった」
夢見るように目を細め、彼女は続けた。ずい。と、寄せられた顔が近い。
「きつい言い方も、茉優のためですよね?」
茉優の言葉に、燈はなんと答えていいのかわからずに、言葉を探したけれど、言葉が見つからなかった。きつい言い方になったのが、彼女のためかと問われると、答えは否。だ。作戦を円滑に進めるため。というのも、表向きの理由だ。単純に軽い気持ちでスレイヤーを目指すことに腹を立てていたのも事実だし、正直に話をするなら、勢いで背負ってしまった厄介ごとを彼女の方から断ってくれないかという意図がなかったとも言えない。
「茉優。頑張ります。燈先輩に相応しいヒーラーになるように……だから、そばにいていいですか?」
いつの間にか、一人称が『私』から、『茉優』になっていることには気づいていた。けれど、そこに突っ込みを入れる気にはなれない。きっと、彼女は燈が理解できる範疇にいない人間だ。
「あ……いや。俺。セルフで回復できるし……」
他人を癒すことはできなくても、燈は自分を癒す術を持っている。だから、単独行動に向いた戦闘スタイルだ。ヒーラーと組むメリットは少ない。
そんな合理的な理由ではなく、茉優の言葉を『がんばれよ』と、受け入れるのには、彼女は多少以上に厄介な気がする。それは錯覚だろうか。否、錯覚だとは思えない。
燈を見つめるその表情はおそらく『電算部の尊敬する先輩』を見つめる目ではない。いまさらながら、面倒を見るといったことに別の意味での後悔が湧いてきた。
「じゃあ……あの。燈さんに相応しい……女の子になります」
ずい。と、彼女がさっきより燈に体を寄せてくる。甘い。甘い花のような香りがした。
きっと、燈の危惧は勘違いではないだろう。
「いや……そういうのは……」
近寄られた分、後ろに下がるけれど、彼女はひるまなかった。
「燈さん。彼女とか……いないんですよね? 雫先輩が言ってました」
くう。
恨むぞ。雫。
声に出さず、燈は呟く。
確かに燈に彼女はいない。
しかし、好きな人がいないわけではない。そして、それはもちろん、茉優ではないし、この先もずっと彼女が燈の恋愛対象になることはないと思う。
「……や。いないけど。別に。俺は」
茂之と和臣。祖父たち二人を見ていて、その関係が燈にはとても自然に思えていた。だから、燈の好きになった人は、初恋の人も、今好きな人も男性で、今は今現在好きな人以外、ほかの誰かを好きになるなんて想像もつかない。はっきりと相手に確認したわけではないけれど、その相手が自分に恋愛感情を持っているかと言われれば、『ない』と、言わざるを得ないけれど、それでも心変わりすることはなかったし、簡単にこの思いが消えるなんて思えない。
「『恋人』とか……特に興味は……ない。です」
少なくとも、燈は茉優の思いに答えられる気はしなかった。だから、それは燈にとってははっきりとした拒絶の言葉だった。
「……」
燈の言葉に、茉優は驚いたような表情をしていた。それでも、燈に身を寄せたままじっと顔を見つめている。まるで、不思議な生き物でも見ているような顔だ。
物理的な意味では逃げ出すのは簡単だ。けれど、逃げられない気がする。
「大丈夫ですよ」
また、予想外の言葉が茉優の口から飛び出した。
「は? え?」
茉優のとびきりの笑顔に燈は混乱する。やはり、この目の前の生き物は燈にとって未知数の生き物だ。異形よりも理解に苦しむ。
「茉優が教えてあげます」
通路に入ったところだから監視モニターからは死角になっている。音声も演習が終わるとマイクオフにするのが規則だから、この会話が聞かれている心配はない。と、思いたい。燈は混乱した頭の片隅でそんなことを考えていた。
「だから。燈さんは茉優を守ってね」
「燈。どした?」
壁際に追い詰められて、逃げられない燈に演習室のスピーカーから救いの声が響く。上がってこない燈にトラブルがあったのかと、声をかけてくれたのは、宙だ。
「今上がる!」
大声で答えて、燈は壁と茉優の間からすり抜けた。
「あ。燈さん」
そのまま茉優に背を向ける。
「はいはい。演習終了。後がつかえてるよ」
まだ、言葉をつなげようとした茉優を残して、燈は階段を上がっていった。
しかし、顔を上げた彼女の表情は燈が想像していたのとは違っていた。
戸惑って、怯えて、燈の乱暴な振る舞いに怒っているかと思ったのに、彼女は目を輝かせ、頬を紅潮させて、燈を見ていた。
「茉優のこと。守ってくれて……嬉しかった」
夢見るように目を細め、彼女は続けた。ずい。と、寄せられた顔が近い。
「きつい言い方も、茉優のためですよね?」
茉優の言葉に、燈はなんと答えていいのかわからずに、言葉を探したけれど、言葉が見つからなかった。きつい言い方になったのが、彼女のためかと問われると、答えは否。だ。作戦を円滑に進めるため。というのも、表向きの理由だ。単純に軽い気持ちでスレイヤーを目指すことに腹を立てていたのも事実だし、正直に話をするなら、勢いで背負ってしまった厄介ごとを彼女の方から断ってくれないかという意図がなかったとも言えない。
「茉優。頑張ります。燈先輩に相応しいヒーラーになるように……だから、そばにいていいですか?」
いつの間にか、一人称が『私』から、『茉優』になっていることには気づいていた。けれど、そこに突っ込みを入れる気にはなれない。きっと、彼女は燈が理解できる範疇にいない人間だ。
「あ……いや。俺。セルフで回復できるし……」
他人を癒すことはできなくても、燈は自分を癒す術を持っている。だから、単独行動に向いた戦闘スタイルだ。ヒーラーと組むメリットは少ない。
そんな合理的な理由ではなく、茉優の言葉を『がんばれよ』と、受け入れるのには、彼女は多少以上に厄介な気がする。それは錯覚だろうか。否、錯覚だとは思えない。
燈を見つめるその表情はおそらく『電算部の尊敬する先輩』を見つめる目ではない。いまさらながら、面倒を見るといったことに別の意味での後悔が湧いてきた。
「じゃあ……あの。燈さんに相応しい……女の子になります」
ずい。と、彼女がさっきより燈に体を寄せてくる。甘い。甘い花のような香りがした。
きっと、燈の危惧は勘違いではないだろう。
「いや……そういうのは……」
近寄られた分、後ろに下がるけれど、彼女はひるまなかった。
「燈さん。彼女とか……いないんですよね? 雫先輩が言ってました」
くう。
恨むぞ。雫。
声に出さず、燈は呟く。
確かに燈に彼女はいない。
しかし、好きな人がいないわけではない。そして、それはもちろん、茉優ではないし、この先もずっと彼女が燈の恋愛対象になることはないと思う。
「……や。いないけど。別に。俺は」
茂之と和臣。祖父たち二人を見ていて、その関係が燈にはとても自然に思えていた。だから、燈の好きになった人は、初恋の人も、今好きな人も男性で、今は今現在好きな人以外、ほかの誰かを好きになるなんて想像もつかない。はっきりと相手に確認したわけではないけれど、その相手が自分に恋愛感情を持っているかと言われれば、『ない』と、言わざるを得ないけれど、それでも心変わりすることはなかったし、簡単にこの思いが消えるなんて思えない。
「『恋人』とか……特に興味は……ない。です」
少なくとも、燈は茉優の思いに答えられる気はしなかった。だから、それは燈にとってははっきりとした拒絶の言葉だった。
「……」
燈の言葉に、茉優は驚いたような表情をしていた。それでも、燈に身を寄せたままじっと顔を見つめている。まるで、不思議な生き物でも見ているような顔だ。
物理的な意味では逃げ出すのは簡単だ。けれど、逃げられない気がする。
「大丈夫ですよ」
また、予想外の言葉が茉優の口から飛び出した。
「は? え?」
茉優のとびきりの笑顔に燈は混乱する。やはり、この目の前の生き物は燈にとって未知数の生き物だ。異形よりも理解に苦しむ。
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「だから。燈さんは茉優を守ってね」
「燈。どした?」
壁際に追い詰められて、逃げられない燈に演習室のスピーカーから救いの声が響く。上がってこない燈にトラブルがあったのかと、声をかけてくれたのは、宙だ。
「今上がる!」
大声で答えて、燈は壁と茉優の間からすり抜けた。
「あ。燈さん」
そのまま茉優に背を向ける。
「はいはい。演習終了。後がつかえてるよ」
まだ、言葉をつなげようとした茉優を残して、燈は階段を上がっていった。
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