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告。新入生諸君

4 噂 4

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 丸山を見送ってから、燈は大きくため息をついた。
 燈は友達が多いほうだ。確かにろくでもない噂はある。しかし、燈と実際に会って話してみれば、それがただの噂で真実とはかけ離れていると理解してくれるものも少なくないからだ。そして、そんな人の多くは燈の人柄に好感を持ってくれる。だから、燈はいつだって一人になることはない。
 ただ、最初から噂を信じ込んで敵意をむき出しにしてくる相手も少なくない。燈はそんな相手の誤解を解いて回ることをしない。分かってくれる人だけ分かってくれればいいと思っている。けれど、自分はどう思われても構わないけれど、仲間に被害が及ぶのは避けたかった。

「部員募集って……4年生誘ってどうすんだよ」

 やれやれ。と、両手を広げて、鼎が言った。

「えー。いいじゃん。何年生でも1人は1人だよ?」

 スカートをひらり。と、翻して、くるり。と、回転して、雫がにっこり。と、微笑む。瞳の色はいつもの冷たい色合いだけれど、それが色合いだけだと分かる。視線にのる感情は人肌のそれと同じ温かさだ。

「4年生の丸山って。混合Aの人だ。確か……呪術師」

 諜報担当の宙は特戦学部のほぼすべての生徒の情報を把握している。だから、相手のことも知っていたようだ。

「呪術師は珍しいから、有名」

 ポケットからスマホを取り出して、何やら確認しながら、宙は続ける。
 呪術師は、全てというわけではないけれど、家系に左右されることが多い。その上、現代においては『呪い』の類もただの魔法の一種として扱われているけれど、その名前の持つ響き故に、敬遠されがちだ。だから、呪術師を名乗るスレイヤーの数は少ない。

「実家がそこそこ有名な呪術師の家系みたい」

 スマホの画面に表示された呪術師の家系に一覧を燈たちの方向に向けて、宙が言った。中央辺りにその苗字と、出身地が表示されている。

「電算部には……いたら便利だなあ。今、トラップ系俺が中心じゃん? 戦略増えそう」

 あっけらかんと言って、宙はスマホをしまった。
 燈の噂に左右されないように、彼らは名前や出自でその人物を判断することはない。

「悪いな」

「は?」

 燈の言葉に、きょとん。とした顔で雫は燈を見た。

「なんで、燈ちゃんが謝るの?」

 本気で何を言っているのか分からないという顔だ。

「お前まさか、まだ、俺らに迷惑かけてるとか思ったんじゃないだろうな?」

 ずい。と、横から顔を出して、鼎が言う。

「うわ。何それ。燈、悲劇の主人公気取り?」

 両手で自分の肩を抱いてから、宙は『引くわ~』と、続けた。

「あほか。違うわ」

 燈も、別に余計な問題に巻き込んだことを謝ったわけではない。燈に反感を持つ相手から電算部まで悪く思われるのを心配したのではないのだ。

「使えそうな人の勧誘のタイミング逃したから謝っただけだわ。ノルマ5人なのに」

 口では冗談のように燈は言う。けれど、心の中で感謝していた。この仲間たちと出会えてよかったと、心の底から思う。そして、彼らと出会わせてくれた電算部が本当に好きだと思う。

「あーうん。そうだなー。相談もせずに方針決めたしなー」

 燈の返答に宙がにやり。と、意地の悪い笑顔を浮かべた。

「これは、奢り案件でしょ」

 この時を待ってましたとばかりに、用意してあったとしか思えないセリフを吐く。ほかの二人も何故か、うんうん。と、頷いていた。

「はあ? ちょっと待てよ。それとこれとは話が別だろ?」

 この手の抗議は絶対に聞き入れられることはない。
 燈はわかっていてそれでも抗議した。『おごり』という言葉は電算部2年生の間では発動された時点で決定事項だ。言われたものは既に負け確。3対1で勝てるはずがない。

「あ。でも、今日は宙くんの奢りね。燈ちゃんは今度の実習の後で」

「うん。ま、当然だよな。宙のペナルティだって消化してないし」

「え? じゃ、今日二人で割り勘でいいだろ?」

「何言ってんの。当然、別々でしょ」

「あ。ちょ。実習の後はねーだろ? 皆、バカみたいに食うじゃねーかよ」

 わいわい。と、いつものドタバタ劇が始まった。リーダーといえるような人物が電算部2年には存在しない。だから、こんなふうになると、話をまとめてくれる人はいなかった。

「……あ。あの」

 控えめな声が聞こえてきて、4人ははっとして、話をやめた。
 もちろん、声をかけてきたのは、例の女子生徒だった。
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