【これはファンタジーで正解ですか?】燈編

司書Y

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おまじないって、お呪いって書くよね?

おまじないって、お呪いって書くよね? 2

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 緑風堂のカウンター。端から二番目の席に頬杖をついて、燈は大きくため息をついた。少し気崩した制服のタイは黒。女神川学園高校特殊戦闘科の制服だ。学校帰り。部活のない日、燈は殆どここへ来ている。

 水瀬緑風堂魔符魔法薬店。

 少し年上の優しくて美人で料理上手な友人? 恩人? が営む店だ。
 名前が表す通り、魔法を補助する魔符や、様々なバフをつける魔法薬を扱うのが本業なのだが、何故か店主の趣味で始めた魔道ハーブティと日替わりスイーツが人気で、どちらかというとそっちの方が本業のようになっている。
 ただ、客は殆どが女神川学園高校や大学の特戦科の学生ばかりで、燈にとっても居心地はいい場所だった。

「大きなため息をついてどうした?」

 ハーブティ用の透明なポットを洗って水切りに伏せながら、店主の翡翠が言った。

「別に」

 頬を膨らませて、燈は答える。
 本当は燈が何を考えているかなんて、翡翠にはお見通しなのだ。それなのに、敢えて聞かれたことに、思わず反抗的になってしまった。

「そんな顔していても、状況は変わらないよ」

 水切りに置いたポットを手に取って翡翠は布巾で拭き始める。その顔には優しい笑顔。友人。というよりも、弟や息子を見ている姉とか母親のような笑顔だ。

「わかってるよ」

 そう言って、燈は店内を見回した。
 店の中には誰もいない。時刻は5時を回ったばかりだが、今日の日替わりが終了したので翡翠は店を閉めてしまった。元々、この店には決まった営業時間がない。翡翠の気まぐれや都合で開けたり閉めたりしてしまう。ただ、不思議なことに、本当に必要としている人が来るとき、店は必ず開いている。その客がどんなものを必要とする場合でも。だ。

「スイさん」

 店内に誰もいないことを確認してから、真面目な顔になって、燈は翡翠に話しかけた。

「ん?」

 名前通りの綺麗な翡翠の色の瞳が燈を見返してくる。

「お願いします。お菓子の作り方。教えてください」

 がば。と、テーブルに手をついて、頭を下げる。土下座のような格好だ。

「うん。いいよ」

 まるで、分かっていたよ。とでもいうように、一呼吸も置かずに、翡翠は答えた。やっぱり、燈の考えていることなんてわかっていたらしい。

「どんなのにする? うんと甘いのにしようか? あ。そうだ。ウォータレスブラックロータスのハーブを使ってみようか?」

 少し意地の悪い笑顔を浮かべて、翡翠が言う。

「それって。確か、血の池でみつかったってやつだろ? 怖すぎる」

 翡翠と知り合ってから、魔道ハーブのことはたくさん教わった。もちろん、奥が深くて、深くて、深すぎて、全部を覚えるなんて無理だ。けれど、人気があったり、逸話が珍しかったりするものは随分と覚えたと思う。
 その中でも、今翡翠が言ったウォータレスブラックロータスは、薬効は『安眠』と、いたって普通なのだが、魔昏帯にのみ生えるその花の逸話はなかなかにグロい。ちなみにロータスと名がついているが蓮ではない。何らかの生物の血だまりで初めて発見されたことから、生き物の血を吸って育つと言われていて、さらには、暗い魔昏帯の中にあって、その血だまりが黒い池に見えたためについた名前らしい。

「体にはいいよ?」

 ぱか。と、ウォータレスブラックロータスのハーブの入った缶を開けて、翡翠は言った。顔はいたって真面目だ。

「どこで見つかったかで価値が決まるなんて、人間のエゴだよ。この子には関係ない」

 その真面目な顔のまま、翡翠はそんなことを言うのだ。けれど、きっと、体にいいから選んだのではない。はずである。その証拠(?)にかの花の花言葉は『ずっと見ている』だ。

「なんも。入ってなくていいから。普通のでいいよ。ああ。でも、数はたくさん作れるのがいい」

「うん。じゃあ、うんと甘いほうにしよう?」

 カウンター越しに翡翠が燈の頭を撫でる。
 なんだか、試されていたような気がして、少しだけ複雑だったけれど、こんなことを頼む自分の方がよっぽど悪いと思うから、何も言えない。
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