遠くて近い世界で

司書Y

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6 串カツと地ビール 1

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 セイジが紹介してくれた店は、数店の飲食店が並ぶ公園前の一角にあった。開店から1か月ほどしか経っていないこぢんまりした居酒屋と食堂の間のような雰囲気の店で、種類豊富な串カツと全国各地から集めたという地ビールが自慢の店だった。
 内装は和風っぽく、木目が目立つ。店のところどころにはサケをくわえた木彫りの熊から、焼き物のシーサーまで全国各地の有名観光地のお土産が置かれていて、ごちゃごちゃ。とした印象だ。しかし、賑やかで温かで不思議な統一感があった。座席は多くはなく、テーブル席が3つと後は立ち飲みのカウンターのみ。そんなに土産物を置くくらいなら席を増やしたら? と、思わずツッコみをいれたくなってしまう。

 テーブル席は全部埋まっていたので、スイとユキは立ち飲みのカウンターに入った。目の前に置いてある手毬がどこの土産物なのかと二人でやり取りしていると、二人の会話に割って入るように『松本市』と、不愛想な店主が一言呟いて、二人の前に揚げたての串カツセットを置いてくれた。続けて、スイの前には富山県の有名温泉と同じ名前のビール。ユキの前には熊本県のベリー風味のビールがどん。と、無造作に置かれた。ジョッキで。と、言いたいところだけれど、飲み比べしたいから、グラスだ。

 スイが目を輝かせている。
 地ビールが飲みたい。
 というのは、まんざら嘘や口実でもなかったようだ。

「乾杯しよう?」

 グラスを持ち上げて、スイが言う。
 スイはその細い身体のどこに入っていくのかと、びっくりするほどの酒豪だ。飲んでも顔色一つ変えない。本人は酔っていると言い張っているのだが、多少明るく、かなり色っぽくなる程度で、意識も言動もいつも通りだ。
 対するユキは酒が嫌いというわけでも、下戸というわけでもないけれど、スイに付き合うには修行が足りない。それでも、ほんのりと桜色に染まるスイの顔を見ているだけでも、十分に満足できたし、楽しかった。思い出すだけでも、ご飯三杯は軽い。

「うん」

 スイに倣ってグラスを持ち上げて、その飲み口に軽く自分のグラスを合わせる。きん。と、音をさせるとスイはグラスに口をつけた。

 ん。

 と、声にならない小さな吐息を漏らして、二口ほど飲んでから、スイはグラスを口から離す。それから、泡がついてしまった口元をぺろり。と、舌が舐めとる。ただ、それだけの仕草が妙に色っぽい。
 ユキは自分のグラスに口をつけるふりをしたつもりが、思わず生唾と一緒にビールを飲み込んでしまった。

「うま」

 うっとり。と、目を潤ませてスイが呟く。ユキに話かけたというよりも思わず漏れてしまった言葉。という感じだ。

「そっち。どう?」

 一頻り後味を楽しんでから、スイはユキに向かって尋ねた。

「え? あ。うん……は?」

 スイに見とれていたユキは思わず答えに詰まる。というか、話を聞いていなかったから答えられない。

「ど。した? そんなに美味いの? 一口貰ってい?」

 ぐい。と、カウンターに肘をついたままの姿勢でユキの方に身を乗り出して、スイが顔を寄せてくる。ふわり。と、香るスイの匂い。今日は仕事があったからフレグランスの類はつけていないはずだ。けれど、甘い。甘い匂いがする。

「ユキ君? ダメ?」

 上目づかいで見つめられて、ユキはぶんぶん。と、横に首を振った。

「ダメじゃない。飲んでいいよ」

 持っていたグラスを差し出すと、スイは不思議そうな顔をしてから、ユキのグラスを受け取る。そして、少しピンクがかった変わった色のビールが入ったグラスを持ち上げて、じっとその色を見ていた。

「綺麗な色だな。それに。いい匂い」

 すん。と、鼻を鳴らして香りを楽しんでから、スイはグラスを口元に運ぶ。
 スイの唇は少し色素が薄い。けれど、小ぶりなそれは近くで見るとふっくらと柔らかそうだ。
 その唇がほころぶ。
 赤い舌が少しだけ覗く。
 目が離せない。

「いただきます」

 小さく呟いてから、スイはグラスに口をつけた。そして、控えめに一口ビールを口に含む。細い喉が上下した。

「んん。ちょっと甘いね。こっちも。おいし」

 グラスから離した唇が濡れている。きっと、触れたらビールよりもずっと。信じられないくらいに甘いだろう。

「やっぱり。地ビール正解」

 満面の笑顔を浮かべて、スイが見つめてくる。ユキやアキにしか見せない気を許した笑顔。翠色の瞳が潤んでいる。
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