遠くて近い世界で

司書Y

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5 億が一にでも 4

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「ごめんね。スイさん。笑ったりしない。大事にされて、俺、幸せ者だな」

 抱きしめたい衝動をぐ。と抑えて、ぎゅ。と、手を握り返して、耳元に囁く。
 一瞬。くすぐったそうに首を竦めてから、スイはユキの方を見て笑った。

「うわ。マジで? 信じられないくらい可愛い」

 その笑顔があまりにキュートでユキは思わず声に出していた。
 思ったことをすぐに口に出してしまうのは悪い癖だと思う。けれど、アキも、スイも、それがユキのいいところだ。と、いつも笑ってくれる。甘やかされている自覚は大いにあるけれど、そんな自分であることが彼らの望みであることも、ユキにはわかっていた。

「可愛いのは、ユキ君だよ」

 頬を染めて、そんなことを言ってから、スイは背伸びをして、手を伸ばして、ユキの頭を撫でる。

「俺。可愛いユキ君と、今日は地ビール飲みに行きたいな」

 地ビールによほどご執心なのか、スイは手を引っ張るようにしてそんなことを言った。もう、それが何のためなのかとか、気にしないことにする。何のためだったとしても、きっとユキのことを考えてくれた上でのことだと分かるからだ。

「行く」

 だから、ユキは少し食い気味に答えたのだった。

「どこの店。行こうか? セイジ君の言ってたとこじゃなくてもいいよ」

 さりげなく気を使ってくれているのか、スイが聞く。ユキのことを気遣ってくれるのは嬉しいけれど、ユキにとっては、本当は場所なんてどこでもいい。好き嫌いもほとんどないから、何を食べたってかまわない。子ども扱いも、過保護も結局どうでもいい。スイが笑ってくれるなら、ユキは大抵のことはどうでもいい。

「小鳩公園のとこでいいよ。串カツも食べたい」

 無邪気だと、他人にはよく言われる笑顔でユキは答える。
 わざと。ではない。けれど、あざとい。と、言われたら返す言葉はない。
 無邪気を装って。否。装っているかは微妙だ。意識はしていない。スイを喜ばせるためというよりも、思ったことが顔に出てしまうのは、ユキの癖なのだ。
 とにかく、外食を喜ぶ子供のように答えると、スイは嬉しそうに笑ってくれた。その手がまた、子供をあやすみたいに頭を撫でてくれる。

「可愛いユキ君には俺が奢ってあげるよ」

 きっと、アキなら、スイが言う前に会計を済ませるのだろう。
 ユキは思う。
 けれど、ユキの場合、スイとのデートではほとんどの場合スイがデート代を持ってくれる。スマートにかっこよくデート代を出すのには憧れるけれど、スイにだってプライドがあるのだ。こんなにも可愛いけれど、10歳も年上の男性である。その上、物欲がないから、ほとんど金を使わないくせに、面白半分でデイトレードをしていて通帳の桁がおかしいことになっているスイはアキやユキのために金を使うことが趣味になっている。

「いつも。奢ってくれてるじゃん。毎日ご飯作ってくれるし」

 スイは尽くすことで安心する節がある。自分を低く見る癖があるから、何かでアキやユキの役に立っていたいと思うのだとユキは思う。
 何故そんなふうに自分を低く見るのか、理由は知らない。しかし、そんなことをしなくてもスイの価値は変わらないと言い続けるアキと違って、ユキはそんなスイの愛情表現を素直に受け入れていた。恋人の願いをかなえてあげるのも、愛情表現だとユキは思う。

「でも。ありがと。早く行こ。も。さっきから、俺の腹の虫が油を摂取せよ。って、めっちゃうっさいから」

 スイがそれで安心するなら、過保護にされたっていいし、スイが喜んでくれるなら、串カツも地ビールも喜んで申し受ける。いや、串カツも地ビールも嫌いではない。むしろ大好きだから望むところだ。
 それが、好きな人に好かれるためのユキの戦略だった。
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